インタビュー

第2回「高まる海外からの関心」(永宮正治 氏 / 日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構J-PARCセンター長)

2008.09.24

永宮正治 氏 / 日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構J-PARCセンター長

「めざすは国際的研究施設 - 多目的加速器『J-PARC』の魅力」

永宮正治 氏
永宮正治 氏

物質の根源を探る粒子加速器の建設競争が続く中、そのユニークさで内外から注目されている日本の加速器の完成が迫ってきた。高エネルギー加速器研究機構と日本原子力研究開発機構とが共同で開発を進め、茨城県東海村に建設した大強度陽子加速器「J-PARC」だ。原子核物理、素粒子物理、物質科学、生命科学など、基礎研究から産業界への応用までさまざまな分野での活用が期待されている。この大型研究施設の魅力と可能性について、永宮正治・日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構J-PARCセンター長に聞いた。

―多目的であるのが特徴とのことですが、J-PARCの新しい点についてもう少し詳しく伺います。

20世紀の加速器開発というのは、エネルギーを上げることに精力が注がれ、そちらに向かってまっしぐらに進みました。しかし、それだけでは加速器が大型化するだけなので、加速器の使い方として強度を上げたらどうかという新たな考え方が出てきたのです。加速器というのは、荷電粒子しか加速できませんから、加速するのは電子か原子核になります。電子ビームの強度化として具体化したのが、放射光施設です。放射光は、電子を円形加速器で加速したときに出てくるエックス線で、本来高エネルギー物理学では邪魔者扱いにされていた電磁波のことです。それが役に立つことが分かり、日本の大型放射光施設「SPring-8」をはじめ世界各国で施設が建設されました。

原子核の中で最も原子番号の小さいものは陽子です。この陽子ビームの強度化は、放射光に比べると、やや遅れて進んできました。ただ、電子の場合、出てくるのは放射光くらいでしかないのに比べ、強度化した陽子ビームを原子核に当てると、中性子・ミュオン・ニュートリノ・中間子といったさまざまな粒子が出てきます。多目的化に向いているんですね。

さらに、放射光はエックス線ですから、物質と衝突する場合、電子と衝突します。このため、原子番号が大きい金属などはよく見えるということになります。エックス線診断で骨はよく見えますが、服とか体液など軽い原子からできているものは通り抜けてしまい見えませんね。ところが中性子の場合、電子ではなく原子核に衝突します。逆に水素のような軽い原子が見えやすいのです。中性子で人体を見ると水しか見えませんが、植物の根の中を水分がどのように流れていくかといったことが実によく分かるのです。また、水素を用いた燃料の開発や、水素が重要な役割を果たす創薬研究の面からも注目されています。

日本の加速器は、放射線医学総合研究所以外は、大強度化を狙ったものとなっています。電子加速器では、前述の「SPring-8」以外に、電子・陽電子を衝突させる高エネルギー加速器研究機構のBファクトリーもそうです。原子核ビーム加速器の大強度化の例は、理化学研究所のRIビームファクトリーに見られます。最後に残っていたのが陽子ビームだったのです。

―海外の事情はいかがですか。

2001年にJ-PARCの建設がスタートしたころは、陽子ビームの大強度化が世界の流行になるとは分からず、一抹の不安を抱きながらのスタートでした。ところが、J-PARCと相前後して、他の国でも次々と提案が出ました。

中性子だけを見ると、米国のSNSが日本より1年ほど先行しています。ゴア副大統領(当時)の一声で、1,600億円を投じて「パルス中性子源」をテネシー州に誘致する計画がスタートしました。欧州でもJ-PARCと同じようなものを造ろうという計画がありますし、中国でもパルス中性子源を造る計画が中国科学院によって最近認められ、建設チームがわれわれのところによく来ます。中性子だけをとってもそのような状態です

ニュートリノビームについても世界的な関心を呼んでいます。神岡にあるスーパーカミオカンデでは、実に多くの発見がありました。しかし、ニュートリノに質量があることを突き止めるだけでなく、さらにその奥を極めようと、人工的にコントロールできるニュートリノビームの要求が出てきました。すなわち、J-PARCでニュートリノビームを作り、300km離れた神岡でそれを検出したいという計画がハイライトを浴びることになったわけです。海外では、米国のフェルミ国立研究所や欧州合同原子核研究所(CERN)でも、J-PARCの前段階のようなニュートリノプロジェクトが走り出し、データ収集が一部始まっています。にもかかわらず、J-PARCで実験したいという外国人が急激に増え、もっか、ニュートリノの研究チーム400人中、7分の6は外国人となっています。

K中間子ビームの利用も、陽子などの「重さ」の起源を極めるといった研究が始まることになっており、国際的な注目を浴びています。米国からビーム輸送系や実験装置を持ってきて研究したいという希望が寄せられています。さらに、グループとしては小さいのですが、ミュオンビームでも独創的な研究を行なう国際的チームが形成されており、J-PARCは「中性子、ニュートリノ、K中間子、ミュオン」ビームを4本柱とする国際的研究センターとなりつつあります。

J-PARC完成予想図
(提供:日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構 J-PARCセンター)
J-PARC完成予想図
(提供:日本原子力研究開発機構・高エネルギー加速器研究機構 J-PARCセンター)

(続く)

永宮正治 氏
(ながみや しょうじ)
永宮正治 氏
(ながみや しょうじ)

永宮正治(ながみや しょうじ)氏のプロフィール
1967年東京大学理学部卒、72年大阪大学大学院理学系博士課程修了。東京大学理学部助手、カリフォルニア大学ローレンス・バークレイ研究所研究員、東京大学理学部助教授、コロンビア大学教授、東京大学原子核研究所教授、高エネルギー加速器研究機構教授、同機構大強度陽子加速器計画推進部長を経て、2006年から現職。1991-94年コロンビア大学物理学科長を務める。専門分野は原子核物理学実験。理学博士。日本学術会議会員・物理学委員会委員長。

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