インタビュー

第4回「若手をもっと表に」(岸 輝雄 氏 / 物質・材料研究機構 理事長)

2008.05.26

岸 輝雄 氏 / 物質・材料研究機構 理事長

「世界トップレベルの材料研究拠点を」

岸 輝雄 氏
岸 輝雄 氏

ものづくり立国に直結する先端分野としてナノテク・材料への期待は大きい。第3期科学技術基本計画でも、ライフサイエンス、情報、環境とともに、重点推進分野の一角を占めている。日本の材料科学の研究レベルが世界に誇るレベルにあることは、論文の被引用数データからも明らかだ。日本の物質・材料研究の拠点というだけでなく、世界のトップレベルの研究拠点を目指す物質・材料研究機構の岸 輝雄理事長に材料研究の方向を尋ねた。

―大学院教育の重要性を言われましたが、それ以前に小中高校生の理科離れが深刻との声が強いですが。

グローバル時代になるとイノベーションをどうやるかが、大きな課題です。最大の問題は理工系に人が来ないということです。親が子どもに勧めないのです。例えばエレクトロニクス関係の企業で働く人たちはたくさんいますが、この人たちでさえ、子どもを理工系に進ませたがらないという現実があります。理工系出てもあまりいい思いをしないことを知っているからです。官庁を見てください。修士、博士を増やせと大声を上げているのに、修士、博士出ても学部卒と待遇は同じです。政策を作るところが、言っていることを自ら実行していないのです。理工系に行ったら損をするということが知れ渡った結果、例えば東京大学の博士課程進学者が激減するという事態が起きています。

もう一つの問題は、理工系の中でも工学系がさらにひどい状態に陥っているということです。イノベーションを技術から起こすには最後にものを作り上げなければなりませんが、工学系が衰えるとこの部分を担う人材が不足するということです。まさに国策に合わない憂うべき実態が生じているのです。

日本の科学技術をどうするかという前に、日本の高等教育をどうするかを考えないと駄目。特に大学院の強化が最大の課題だ、と総合科学技術会議などにも強く言っているのですが、なかなか理解されません。

大学院教育を重視するのは、もう一つ理由があります。私は日本の小中高校の教育が悪いというのはうそだと思っています。野依良治さん(注1)は、塾の存在を批判しますが、塾と大学入試の受験勉強のおかげで日本人の学力は学部まではよいのです。ところが、博士課程の教育がきちんとしていないから、修士を終えると出て行ってしまう人が増えているのです。博士課程は小学校から勉強をしたいという子、本当に勉強したいという子の目標です。最後の姿、ゴールである大学院教育をしっかりしないと大変なことになる、と言うのはそういう意味も込めているのです。小学校からしつけが大事、などと言ってもそれだけでは駄目です。

グローバル時代にもう一つ重要なことに英語の問題があります。感染症にしろ、株価にしろ、どこかでくしゃみをしたらすぐ全世界に波及するという時代です。美しい日本語をまず大事にすべきだという人がいますが、英語能力をきちんと身につけないとどうにもなりません。特に科学技術に関しては英語を公用語にしないと、当面、何十年間は生きていけません。日本人の英語能力は大きな問題があります。小中高校からきちんとやり、大学では徹底してやる。英語で授業し、英語を話す機会を増やすという単純なことをきちんとやることが必要です。そんなことをしたら日本語がおかしくなるという人もいるので、いろいろ聞いてみましたが、バイリンガルが進んでいるルクセンブルク、オランダ、ベルギーといった国で母国語がおかしくなったなどという話は聞きません。小さいうちから英語をやってもなんとでもなるということです。

―大学、大学院側に求められていることについてはいかがでしょう。

若手を自立させないといけません。私は、教授・助教授制度を廃止せよと言ってきました。助教授は准教授と名前が変わりましたが、教授と准教授の数が同じというのがそもそもおかしいのです。教授が定年になってやめない限り、准教授は教授になれないわけですから、平均すれば日本の准教授は45とか47歳にならないと教授になれません。教授は研究資金を取って来て、准教授に自由に研究をさせているなどという人もいますが、結局、准教授が論分を発表するときは教授の名前も併記されていることが多いのです。これでは黒川清さん(注2)が言うように「出る杭は打たれる」ことが起きやすい状況は変わりません。教授を7~8割、残りの2~3割を准教授にして、もっと若いうちに教授になれるようにし、若いうちから力を発揮させるようにすることが必要です。若手をもっと表に出さないと駄目です。

日本の技術力について私は十分強いと思っています。中国や韓国の人たちに聞いてもまだまだ日本との差はあると言いますよ。韓国のサムソンなど、日本からの部品供給が止まったらすぐに困ります。持続可能な社会に向けて地球環境とエネルギーが大きな問題になっていますが、例えば太陽エネルギー活用に必要な発電技術、送電技術、蓄電技術どれをとっても日本は世界のトップレベルの技術を持っています。十分対応できるのです。

金融革命は確かに最悪でしたし、情報革命も遅れた部分はあります。しかし、ものづくり革命となればナノテクを使った技術でまだまだ日本は大丈夫です。若者を大事にし、若者の力を十分発揮させるようにしさえすれば、悲観することなどありません。

注1:野依良治氏
理化学研究所理事長。不斉合成反応に関する研究業績で2001年ノーベル化学賞受賞。安倍首相時代に政府に設けられた教育再生会議の座長。同会議の審議の過程で、塾の存在を批判する発言をしたことが報じられた。

注2:黒川清氏
内閣特別顧問。前日本学術会議会長。内閣特別顧問として2025年の日本社会のあるべき姿とそれに向けての長期戦略指針となる「イノベーション25」を昨年6月にまとめた。その中に「『出る杭』を伸ばす人材育成が最重要」との基本的考え方が盛り込まれている。

スイス連邦素材研究所(EMPA)の所長Louis Schlapbach教授(右)と姉妹機関の覚書に調印する岸 輝雄理事長(2007年10月29日、物質・材料研究機構で)
(2007年10月29日、物質・材料研究機構で)
(提供:物質・材料研究機構)
スイス連邦素材研究所(EMPA)の所長Louis Schlapbach教授(右)と姉妹機関の覚書に調印する岸 輝雄理事長(2007年10月29日、物質・材料研究機構で)
(2007年10月29日、物質・材料研究機構で)
(提供:物質・材料研究機構)

(完)

岸 輝雄 氏
(きし てるお)

岸 輝雄(きし てるお)氏のプロフィール
1939年生まれ、69年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、東京大学宇宙航空研究所助教授、88年東京大学先端科学技術研究センター教授、95年同センター長、97年通商産業省工業技術院産業技術融合領域研究所所長、2001年から現職。日本学術会議会員(03~05年は副会長)。専門は材料(金属、セラミックス、複合材料、スマート材料)、特に金属材料の微視破壊に関する研究、セラミックス、複合材料の高靭化を主な研究テーマとする。02~07年文部科学省ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター センター長。

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