インタビュー

第4回「社会とつながる宇宙開発へ」(永田晴紀 氏 / 北海道大学大学院 教授(工学研究科機械宇宙工学専攻 宇宙システム工学講座))

2008.04.28

永田晴紀 氏 / 北海道大学大学院 教授(工学研究科機械宇宙工学専攻 宇宙システム工学講座)

「宇宙開発を小型化したい」

永田晴紀 氏
永田晴紀 氏

北海道大学と、北海道赤平市の民間企業である(株)植松電機との連携により、ポリエチレンと液体酸素の組み合わせで推力を発生する「CAMUI型ハイブリッドロケット」の開発が進められています。開発の狙いは、我が国に宇宙利用産業を創出することです。そのための鍵が、ロケットの無火薬・小型化。なぜロケットの小型化が必要なのか、火薬を使わない理由、それを可能にした CAMUI方式の基盤技術、宇宙利用産業がもたらす未来を、4回シリーズで紹介します。

本シリーズの最初で述べたように、CAMUIロケットは小型宇宙産業の誕生を目指して開発が行われています。技術的な目標は超小型衛星を地球周回軌道に投入することですが、その前段階として、弾道飛行を利用した研究への応用が始まっています。小型ロケットの無火薬化により、地上設備を簡素化でき、小規模な飛行環境試験(第一宇宙速度に達しない打ち上げ試験)を安価かつ機動的に実施することが可能となるためです。

2005年4月に発表されたJAXA(宇宙航空研究開発機構)長期ビジョンでは、宇宙輸送、宇宙観測・惑星探査、月探査、および有人宇宙活動を今後取り組むべきテーマとして挙げています。我が国は打ち上げロケットおよび宇宙科学ミッション機器の開発においては世界をリードしていますが、大気圏突入、地表への帰還、および有人ミッションでは実績が乏しいです。これは、飛行環境試験の蓄積が足りないためです。図1および2に示すように、飛行環境試験がカバーする技術領域は広範囲に及びます。図2中の太文字が、我が国が苦手とする技術領域です。

図1. 飛行環境試験
図1. 飛行環境試験
図2. 飛行環境試験がカバーする技術領域

これまで我が国が実施してきた飛行環境試験としては、OREX、HYFLEX、HSFD、ALFLEXなどが挙げられますが、いずれも大規模かつ単発的であり、そのため長期的な開発戦略の立案が困難でした。これは、国内で継続的に飛行環境試験を運用する拠点が整備されていないためです。基盤技術の蓄積のためには、小規模、安価、機動的な飛行環境試験の実施拠点を国内に整備する必要があります。無火薬式ロケットであるCAMUIロケットであれば、火薬類や危険物管理のための設備が不要なため、小規模な国内実施拠点で飛行環境試験を機動的に運用することが可能となります。既に2007年度から、次世代推進機関であるエジェクタロケットエンジンの飛行環境試験実施を目指したJAXA-北海道大学の共同研究が始まっています。

また、有人宇宙往還機のための基盤技術開発を目的としたCAMUIロケットによる飛行環境試験の実施も検討されています。到達高度およびダウンレンジが数km程度の小規模な実験であっても、1回の飛行環境試験の費用がロケットの価格と射場使用料だけで数千万円に達するというのが現状です。この状況を改善し、限られた宇宙開発予算の中で経験および研究成果を蓄積することが可能となります。

飛行環境試験への応用は、無火薬式小型ロケットによりもたらされる宇宙工学研究の新展開の一例です。限られた宇宙開発リソースで人材と技術の蓄積を継続していくためには、国のプロジェクトとして実施される大規模な宇宙開発と大学・民間主導で実施される小型宇宙開発の効果的な連携が不可欠です。そのような連携の中で、CAMUIロケットが欠くことのできない技術として運用されていくことが重要です。

宇宙開発に関わる研究を行う立場にある一人として常に心に留め、色々な機会に申し上げていることがあります。それは、宇宙開発は目的ではなく、手段に過ぎない、ということです。目的は社会づくりです。どのような社会を目指すのか?(社会意識)、そのためにどうするのか?(戦略)、そのために何が必要か?(手段)。正しい社会意識の下で正しい戦略を選んだ上で初めて、手段の価値が出てきます。いい宇宙開発をするために最も重要なことは、正しい社会意識を持つことです。

2006年12月11日、CAMUIロケット開発の実施主体とすべく、(株)カムイスペースワークスを設立しました。出資者は、CAMUIロケットの開発を北海道大学と共同で行っている、北海道赤平市の民間企業、(株)植松電機の植松努専務と、筆者の2名です。社長は植松氏にお願いしました。本社の設立目的には以下のように記述されています。「北海道発宇宙産業の創造に寄与することにより、宇宙開発の夢を北海道民全体で共有できる財産とし、同時に地域社会に支えられた新しい宇宙開発の姿を我が国に実現する」。色々な思いを込めて、2つの目的を書きました。どちらも植松氏と筆者が共有している思いですが、2人が思っている方向は180度違います。

自力で宇宙開発を行う力を持つ国は世界に数えるほどしか存在しません。自国の宇宙開発に胸を躍らせる、恵まれた国民は、世界のごく一部です。日本が「おおすみ」により初めて衛星の打ち上げに成功したのは、筆者が5歳の時です。おおすみの記憶はありませんが、科学衛星、静止衛星の打ち上げで日本の宇宙開発が発展していく様子は強く記憶に残っています。当時は宇宙開発の誇りを日本人全員が共有できた幸せな時代でした。当時に比較して、現在の我々はこの幸せを享受できずにいます。H2ロケットの打ち上げをワクワクしながら待っている人は少数派です。打ち上げが新聞の一面を飾るのは失敗したときだけです。これは自国の宇宙開発を我が誇りとして共有する喜びを得られない社会にとって不幸なことだし、社会の応援と誇りを背負って働く喜びを得られない宇宙開発コミュニティにとっても不幸なことです。宇宙開発と社会とのつながりを再構築する必要があります。そのための戦略は、第1回の記事で述べた通りです。

植松氏と筆者は同じ夢を見ています。宇宙開発コミュニティと社会とが太いつながりで結ばれた姿です。けれども、その夢を眺める方向は、前述のように、180度違います。筆者は、宇宙開発コミュニティの側から社会に向かって一生懸命に手を伸ばしています。植松氏は、社会から宇宙開発コミュニティに向かって一生懸命に手を伸ばしています。「宇宙開発の夢を北海道民全体で共有できる財産とし」は、植松氏の視点から見た表現です。「地域社会に支えられた新しい宇宙開発の姿を我が国に実現する」は、筆者の視点から見た表現です。手を伸ばす方向が違うだけで、夢見ている姿は同じです。宇宙開発コミュニティの知恵と勇気と忍耐力を我が誇りとして共有できる幸せな社会。社会の誇りと応援を背負って懸命に能力を磨く幸せな宇宙開発コミュニティ。我々は、まず北海道でこの夢を実現したいと思います。それがひいては我が国の宇宙開発コミュニティの未来を切り拓くことにつながると信じています。

(完)

永田晴紀 氏
(ながた はるのり)
永田晴紀 氏
(ながた はるのり)

永田晴紀(ながた はるのり)氏のプロフィール
1994年東京大学大学院 航空宇宙工学専攻 博士課程修了、日産自動車入社、宇宙航空事業部で固体ロケットの研究開発に従事。96年北海道大学大学院 助教授。2006年現職(機械宇宙工学専攻)。06~08年宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 客員教授。01年無火薬式で大幅な推力向上と小型化を実現した「CAMUI 型ハイブリッドロケット」の開発に成功。08年この業績で日本航空宇宙学会賞(技術賞)を受賞。
北海道大学大学院 工学研究科機械宇宙工学専攻 宇宙システム工学講座 宇宙環境システム工学研究室

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