インタビュー

第2回「CAMUIロケット誕生秘話」(永田晴紀 氏 / 北海道大学大学院 教授(工学研究科機械宇宙工学専攻 宇宙システム工学講座))

2008.04.14

永田晴紀 氏 / 北海道大学大学院 教授(工学研究科機械宇宙工学専攻 宇宙システム工学講座)

「宇宙開発を小型化したい」

永田晴紀 氏
永田晴紀 氏

北海道大学と、北海道赤平市の民間企業である(株)植松電機との連携により、ポリエチレンと液体酸素の組み合わせで推力を発生する「CAMUI型ハイブリッドロケット」の開発が進められています。開発の狙いは、我が国に宇宙利用産業を創出することです。そのための鍵が、ロケットの無火薬・小型化。なぜロケットの小型化が必要なのか、火薬を使わない理由、それを可能にした CAMUI方式の基盤技術、宇宙利用産業がもたらす未来を、4回シリーズで紹介します。

ロケットを小型化したい場合、現有技術では、火薬を使った固体ロケットということになります。部品点数が多い液体ロケットの小型化は困難だからです。火薬には管理コストが必要となるため、1kg当たり100万円という打ち上げコストを固体ロケットで実現することはできません。大型の液体ロケットが提供する打ち上げ単価(1kg当たり100万円)を小型ロケットで実現する鍵は、火薬の管理コストをいかに削減するかにあります。火薬を使用しない小型ロケットを開発できれば、この課題をクリアできます。我々が無火薬式小型ロケットであるCAMUI型ハイブリッドロケット(以後、CAMUIロケットと略称)を開発しているのはこのためです。

従来型のハイブリッドロケットは、図1のような形をしています。燃料は竹輪(ちくわ)状に成型され、そのポート内を軸方向に酸化剤と燃焼ガスが流れます。燃料のポート内面が燃焼面になります。燃焼面近傍の流れ場の様子は図2のようになります。燃料蒸気がポート内面から噴出し、ポート内を流れる酸化剤と混合して火炎を形成します。この火炎の熱がポート内面を炙(あぶ)り、固体燃料をガス化させます。この熱のフィードバックにより、火炎が維持されます。

図1. 一般的なハイブリッドロケットの概念図
図1. 一般的なハイブリッドロケットの概念図
図2. 燃焼面近傍の流れ場の様子
図2. 燃焼面近傍の流れ場の様子

ハイブリッドロケットの欠点は、燃料を燃やすのに時間がかかることです。なかなか燃えないので、推力が大きくなりません。地球の重力と競争しながら搭載物を加速するのが仕事のブースタロケットにとって、推力が小さいというのは致命的です。何とかして早く燃やす必要があります。

ポリエチレンなど、我々が燃料に使用するプラスチックは炭化水素です。炭化水素が燃えるとは、酸素と分子レベルで混合して化学反応し、熱とともに二酸化炭素や水を生成するということです。分子レベルで混合するためには、液体酸素とプラスチックの両者ともガスになる必要があります。ガスにさえなってしまえば、混合と化学反応はあっという間です。プラスチックがなかなか燃えないのは、プラスチックのガス化に時間がかかるからです。

ポリエチレンのガス化速度を決めているのは、火炎からポリエチレンへの熱流量です。これを増やすことができれば、ガス化速度を増やすことができます。要するに、強烈に炙ってやればいいわけです。そのためには、温度境界層をどれだけ削れるかが重要になるのですが、温度境界層って何でしょうか。

ガスには粘性がありますので、固体表面に接触するガスは動けません。つまり、流速0です。固体表面から離れた位置ではある流速でガスが流れています。この間、流速は固体表面からの距離に従って連続的に変化しています。この領域を境界層と呼びます。これと同じことは温度についても起きています。僕たちの体温は36℃くらいです。気温が10℃の場合、皮膚近傍には36℃から10℃までガス温度が連続的に変化する層が存在しています。これも境界層です。皮膚に風が吹き付けると、この境界層が削られます。境界層が削られると熱伝達が活発化します。皮膚からより多くの熱が奪われるようになるわけです。その結果、寒い、と感じます。

境界層をどうやって削るか? 最初のアイデアは、従来はまっすぐなポートを、ジグザグに曲げよう、というものでした。ポートが曲げられる部分では旋回流ができますので、外側の境界層が削られます。蛇行している川の外縁がさらに削られるのと同じ理屈です。確かに効果は見込めそうですが、劇的な改善というわけにはいかないだろうな、と思いました。けれども頭の中で、曲げる角度を変えるとどうなるんだろうかという思考実験をしてみました。

どの程度の角度で曲げるのが最適でしょうか。例えば、思い切って直角に曲げてしまうとどうなるでしょうか。ここまで曲げると、角部での流れは旋回流というよりも衝突流です。旋回流が生じる遠心力ではなく、衝突流がもつ運動量がそのまま境界層を削ります。これは衝突噴流熱伝達ではないか、と思いました。ジェットエンジンのタービンブレード冷却技術にも応用されている現象で、熱伝達率の大きさにかけては実証済みです。この瞬間、頭の中から旋回流という発想が消え、効率的に衝突噴流を得るためにはどうすればいいだろうかと考えを切り替えました。その結果出てきたのが、今の形です(図3)。縦に並べられた燃料ブロックに燃焼ガスが何段も衝突を繰返しながら下流に流れる形状から、縦列多段衝突噴流方式と名付けました。CAMUIという名称は、この方式の英語名、Cascaded Multistage Impinging-jetの頭文字に由来しています。

図3. 境界層を削るアイデアの変遷
図3. 境界層を削るアイデアの変遷

最初に作った燃焼器の内径は20 mmでした。酸化剤にはガス酸素を使いました。推力は概算で3 kgfくらいだったと思います。衝突噴流熱伝達による燃料ガス化速度向上の効果を確認するにはこれでも充分な規模でした。1998年のことでした。

(続く)

永田晴紀 氏
(ながた はるのり)
永田晴紀 氏
(ながた はるのり)

永田晴紀(ながた はるのり)氏のプロフィール
1994年東京大学大学院 航空宇宙工学専攻 博士課程修了、日産自動車入社、宇宙航空事業部で固体ロケットの研究開発に従事。96年北海道大学大学院 助教授。2006年現職(機械宇宙工学専攻)。06~08年宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 客員教授。01年無火薬式で大幅な推力向上と小型化を実現した「CAMUI 型ハイブリッドロケット」の開発に成功。08年この業績で日本航空宇宙学会賞(技術賞)を受賞。
北海道大学大学院 工学研究科機械宇宙工学専攻 宇宙システム工学講座 宇宙環境システム工学研究室

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