「宇宙開発を小型化したい」
北海道大学と、北海道赤平市の民間企業である(株)植松電機との連携により、ポリエチレンと液体酸素の組み合わせで推力を発生する「CAMUI型ハイブリッドロケット」の開発が進められています。開発の狙いは、我が国に宇宙利用産業を創出することです。そのための鍵が、ロケットの無火薬・小型化。なぜロケットの小型化が必要なのか、火薬を使わない理由、それを可能にした CAMUI方式の基盤技術、宇宙利用産業がもたらす未来を、4回シリーズで紹介します。
真空中や高速飛行環境等、外部と運動量の交換を行うことが困難な環境で推力を発生することが要求されるロケットは、搭載した質量に運動量を与えて外部に放出することにより推力を得ます。これを絵にすると図1のようになります。運動量を獲得するために外部に放出される質量のことを推進剤とよびます。この絵の場合は、石が推進剤ということになります。搭載される推進剤の相により、化学ロケットは液体ロケットと固体ロケットに二分されます。推進剤を液相で搭載するのが液体ロケット、固相で搭載するのが固体ロケットです。我が国の基幹ロケットであるH2ロケットでは、図2に示すように、メインエンジンであるLE-7が液体ロケット、周囲に取り付けられたブースタが固体ロケットという構成になっています。液体ロケットは機体の構造が複雑で高コストであり、小型化が困難ですが、推進剤は安価です。液体酸素、ケロシン、液化天然ガスなど、1 kg当たり100~200円程度で入手可能なものが多いです。一方、固体ロケットは機体の構造が簡単で低コストで小型化が容易である反面、推進剤に火薬類管理コストが発生します。その額はロケットの規模に強く依存しますが、液体ロケットより2桁程度高い推進剤コストになるのが一般的です。
宇宙関連技術の開発は国の仕事であるとこれまで認識されてきました。宇宙開発は夢の国家事業として行われ、その夢と誇りを国民全体が我がものとして共有してきました。しかし、この幸福な状況は近年では消えつつあります。アポロ11号により打ち上げられた月着陸船「イーグル」が月面に到達してから来年で40年になろうとする今、宇宙開発はもはや夢の技術開発ではありません。かつては夢だけで社会と繋がれるという特権を持っていた宇宙開発の神通力は失われつつあり、我が国の宇宙開発は国民から乖離しつつあります。宇宙開発を行う力を持つ国は世界に数えるほどしか存在せず、自国の宇宙開発に胸を躍らせるという恵まれた国民は世界のごく一部に限られているにも関わらず、国民の多くはこの幸せを享受できずにいます。社会資本により進められる宇宙開発が社会から乖離して存続するわけがないことを考えると、これは我が国の宇宙開発にとって危機的な状況です。宇宙開発と社会との繋がりを再構築する必要があります。
夢だけで社会と繋がるという特権を失った今、宇宙開発も他の事業分野と同じ方法で社会と繋がる必要があります。すなわち、魅力的な商品とサービスを介して社会と繋がるということです。その仕事は誰がやるべきでしょうか。商品やサービスの開発です。国がやるべき仕事ではありません。産業界が担うべき仕事です。宇宙開発は国の仕事であるという固定観念を捨てる必要があります。今社会が必要としている仕事は、国がやるべき仕事ではありません。民間がやるべき仕事をやらないと、我が国の宇宙開発は消えます。このような観点から、我々は産学連携で新型ロケット開発を進めています。
産業界が宇宙利用分野に参入するにあたっての最大の障壁は何でしょうか。多くの人はコストだと答えますが、この認識は問題の本質を射ていません。障壁はコストではなく、規模の大きさです。地球周回軌道に衛星を投入するコストの相場は、1kg当たり100万円程度です。例えばH2ロケットは10 tonの衛星を地球周回軌道に80~90億円で投入します。1kg当たり80~90万円です。衛星のバス機器は、電源、通信、CPU(中央演算処理装置)、構造体、姿勢制御系、熱制御系から構成されますが、このうち携帯電話に含まれていないのは姿勢制御系と熱制御系だけです。最新のマイクロエレクトロニクス技術を用いれば10 kg程度の衛星で多くのミッションが達成可能です。その打ち上げ費用は一千万円程度であり、参入障壁となるような金額ではありません。衛星を使用するビジネスモデルに参入することが中小企業レベルの資本力でも可能なくらい、打ち上げ単価(衛星1kg当たりの打上げコスト)は安いのです。
問題は、10kg級の衛星を打ち上げてくれるロケットが無いことです。現在実用化されている打ち上げシステムで最小のものは、米国Orbital Science社のペガサスロケットであると思われますが、それでも衛星の重量は350 kgです。例えば牛肉が1kg当たり2,000円で売っていれば多くの消費者が購入可能ですが、1ton単位でしか売ってくれないとなれば購入者は激減します。衛星打ち上げの供給はこの状況にあります。
コストを削減する必要はありません。小型化すればいいのです。10kg規模の衛星を1,000万円で打ち上げるシステムが供給されれば、宇宙開発の様相は一変します。今まで誰も見たことが無い「小型宇宙産業」が目の前に現れます。資本規模のメリットが発揮できないこの新産業を担うのは中小企業です。
(続く)
永田晴紀(ながた はるのり)氏のプロフィール
1994年東京大学大学院 航空宇宙工学専攻 博士課程修了、日産自動車入社、宇宙航空事業部で固体ロケットの研究開発に従事。96年北海道大学大学院 助教授。2006年現職(機械宇宙工学専攻)。06~08年宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究本部 客員教授。01年無火薬式で大幅な推力向上と小型化を実現した「CAMUI 型ハイブリッドロケット」の開発に成功。08年この業績で日本航空宇宙学会賞(技術賞)を受賞。
北海道大学大学院 工学研究科機械宇宙工学専攻 宇宙システム工学講座 宇宙環境システム工学研究室
関連リンク
- 参考文献)
- (1) R. W. Humble, G. N. Henry, and W. J. Larson, “Space Propulsion Analysis and Design”, McGraw-Hill, 1995.
- (2) JAXAフォトアーカイブス