インタビュー

第3回「原子力は信頼が大事」(渡海紀三朗 氏 / 文部科学大臣)

2007.11.12

渡海紀三朗 氏 / 文部科学大臣

「研究者、技術者育てるシステムを」

渡海紀三朗 氏
渡海紀三朗 氏

科学技術を語ることのできる文部科学大臣として、渡海紀三朗氏(衆議院議員)が就任した。日本の政治の世界では「票にも金にもならない」科学技術に、本気で取り組む政治家は少ない。そうした状況の中、渡海氏は科学技術をライフワークとしてきた珍しい政治家だ。最近の科学技術政策課題について、渡海大臣に話を聞いた。波大学の渡海紀三朗学長に、このプロジェクトとその基盤となる計算科学の重要性と、目指す新しい筑波大学像について聞いた。

―高速増殖炉(FBR)については、どのようにお考えですか。

FBRはもんじゅが事故を起こして11年間止まりました。これは大変痛かった。ナトリウムがあの部屋の中で暴れるというのは当たり前のことです。だけどもちゃんと部屋の中に閉じこもっているわけですから、「まあ止まったね」ということなのですが、後からビデオが出てくるといったことで不信感を買ったわけです。

原子力というものは、常に説明責任があるし、みなさんに安心をしてもらわなければならないわけですよ。経済産業省の甘利大臣は商業炉でいろいろ起こっていることについて、かなり厳しいことをやっているわけですが、やはり信頼を回復していれば、こんなロスはなかったと私は思っています。私は当時、検証するための副大臣でした。その時申し上げたのは、高速増殖炉が必要だという論理だけでは駄目だ、やはり国民に対して説明責任があるのだ、と。

やはり日本には資源がないため、原子力が選択肢として捨てられないわけです。最近では、一時低調であったFBRは再評価されています。フランスでもあれを止めたのは間違いだったとか言っているわけですから、日本の役割は非常に大きいので、着実に進めていくことが重要です。もんじゅは来年くらいから運転再開したい。ただ、そのためには何よりも信頼が大事です。

―国際熱核融合実験炉(ITER)についてはいかがでしょう。

ITERの経緯はご存じの通りです。選定過程では、私もカダラッシュも中国も韓国もアメリカも行きましたが、結果はあのようになりました。ただ、最終的に日本は機構長も取りましたし、バーチャルITERも建設されますし、18%の工事は日本企業が受注することになっています。

勝負はついたわけですから、しっかり国際協力を進めていきます。国際協力という意味でも、工事の18%を担うという意味でも重要なことだと思います。ITERの中心を占める超伝導コイルなどは日本しかできないものです。科学だけでなく、技術も、そういう意味でも大切なものです。

もんじゅ全景
もんじゅ全景

もんじゅ:
もんじゅ全景福井県敦賀に設置されている高速増殖炉の原型炉。動力炉・核燃料開発事業団(現、日本原子力研究開発機構)が開発した。電気出力約28万キロワット。増殖率約1.2。1968年から設計・建設計画に着手、91年完成、95年8月に初送電を行った。直後の95年12月、2次冷却系ナトリウムの漏えい事故が発生した。ナトリウム温度計の保護管(さや管)の細管部が破損し、そこからナトリウムが配管の外に漏れ出た。温度計の破損は、配管内を流れるナトリウムの流体力により、さや細管部に振動が発生し、さや段付部に高サイクル疲労が生じ破損に至ったことが、調査の結果判明した。事故現場を撮ったビデオ公開にからむ動力炉・核燃料開発事業団の対応が事故隠しという激しい批判を浴び、運転再開をさらに困難にする結果を招いた。98年にまとめられた安全総点検報告書に基づき、点検作業が行われた。本体の改造工事は今年5月に完了、8月からプラントの確認試験が行われている。

ITERの鳥瞰図
ITERの鳥瞰図

国際熱核融合実験炉(ITER):
ITERの鳥瞰図核融合エネルギーが科学技術的に成立することを実証するための超大型国際プロジェクト。1985年ジュネーブで行われたレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連書記長による米ソ首脳会談がきっかけで開始された。カナダが途中で脱退、米国も途中、一時離脱するなどの経緯を経て、現在の参加メンバーは、欧州連合(EU)、日本、ロシア、米国、韓国、中国、インド。2006年11月に、これら参加7カ国・機関によるITERの建設と運転に関する国際協定が締結された。日本は、1988~90年の概念設計活動、92~98年の工学設計活動から中心的役割を果たしている。98年の日本の提案により、定常運転に比重を移して、実験炉としての意義を維持しつつ小型化、低コスト化を図るという設計の大転換が行われた。炉の誘致については、日本、EUが最後まで争った結果、2005年の政府間協議において、建設サイトがフランスのカダラッシュに決定した。日本は誘致できなかった見返りとして、本部機能の一部設置、機構長のポスト、資金負担の倍となる設備製作、研究員枠を確保した。

(科学新聞 中村 直樹)

(続く)

渡海紀三朗 氏
(とかい きさぶろう)
渡海紀三朗 氏
(とかい きさぶろう)

渡海紀三朗(とかい きさぶろう)氏のプロフィール
1948年生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業後、設計事務所で働いていたが、父渡海元三郎氏が急逝し、その後を継ぐため約15年勤めた設計事務所を退職。安倍晋太郎外相の秘書を経て、86年7月初当選。現在では当選7回のベテラン。自民党では科学技術創造立国調査会会長などを務める。一級建築士。趣味は、映画・音楽鑑賞・読書・家庭菜園。座右の銘は「最善を尽くす」。

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