「役に立つ地震学目指して」
大きな地震を発生とほぼ同時にキャッチし、被害軽減に役立てることを狙った緊急地震速報が1日、スタートした。昨年8月1日から交通機関など一部利用者に限って提供していたサービスを一般にも広げたもので、NHKはテレビ・ラジオとも即日、民放ラジオ各局は来年4月から放送開始を決めるなど、今後の地震対策の中で重要な役割を果たす期待が高まっている。国際的に知られる地殻変動計算式「オカダモデル」を提唱した地震学者で、気象庁とともに緊急地震速報システムをつくりあげた防災科学技術研究所の理事長でもある岡田義光氏に、地震学の現状と可能性について尋ねた。
—最初に小さな揺れが来て、しばらくすると大きな揺れが来るという地震の性質は、多くの人が実感として知っています。それだけをとっても一般の人は、地震予知より緊急地震速報の方が役に立ちそうだと感じているのではないでしょうか。
はっきりいって地震予知は当分ものになりません。数十年のうちに起きる確率といった長期的な予測は可能になっていますが、期待されている短期的な予知は当分不可能に近いと言えます。短期的な予知の実現に向けた研究は粘り強く続けるとして、つくり上げた立派な地震観測網を調査研究の面だけでなく、防災にも役立てられないか、ということでできたのが、緊急地震速報システムです。
実は新しい考えではなく、100年前からアイデアとしてはありました。1960年代には「10秒前システム」と呼ばれ、検討が進んでいました。急に実現可能になったのは、阪神・淡路大震災(1995年)のあと、高密度の観測網が全国に敷かれたことが決定的な要因です。6,000人を超える阪神・淡路大震災の犠牲者の方々の人柱の上に出来上がったシステムともいえます。
起きた地震を震源に一番近いところでキャッチし、直ちに伝えるわけですから、地震計を全国に据え付けておくのが不可欠になります。地震はどこで起きるか分かりませんから。全国的な地震観測網ができたことと、IT技術の進歩によりコンピュータや通信インフラが急速に進展したこととが組み合わさって、確実に役に立つシステムが可能になったのです。
気象庁とは5年前から協力し、リーディングプロジェクトとしてこのシステム開発を進めてきました。既に3年目くらいから実験的に情報配信をしており、役に立ちそうだという感触を得ました。たとえばエレクトロニクスメーカーは、免震台のうえでウエハーの製造をやっていますが、それでも強い揺れが来ると作業が台無しになるそうです。これから強い揺れが来るときにパッと止められれば経済的なメリットは大きいということです。鉄道にとっての効果はだれでも思いつくでしょう。また、危険な建設現場で、いち早くクレーン操作をやめるなど、もろもろの利用法が考えられます。
仙台の長町小学校をモデル校として、教室で緊急地震速報を受け取る実験もやりました。2005年8月に宮城県沖を震源とする最大震度6弱の地震が起きているのですが、このときは最初の弱い揺れ(初期微動)が来てから、大きな揺れ(主要動)が来るまでに16秒もの余裕があったことを確かめています。
リーディングプロジェクトというのは、科学技術をシーズにして景気浮揚に役立つようなプロジェクトということで始まったのですが、緊急地震速報が実用化することで、経済活性化にも効果が期待されます。マンション業者が、緊急地震速報によるガス機器の自動消火や、ドアの自動開放などを売りにした新築マンション販売を始めたり、この情報を付加価値として組み込んだ携帯端末など、いろいろな話を聞いています。
われわれの仕事はなかなか商売に結びつくということはないのですが、産業界に役立つ数少ない例となりました。
(続く)
岡田義光(おかだ よしみつ)氏のプロフィール
1945年東京生まれ、67年東京大学理学部地球物理学科卒、69年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、70年東京大学地震研究所助手、80年理学博士号取得、国立防災科学技術センター第2研究部地殻力学研究室長、93年防災科学技術研究所地震予知研究センター長、96年同地震調査研究センター長、2001年同企画部長、06年から現職。06年から地震調査研究推進本部地震調査委員会委員長代理も。専門は地球物理学(とくに地震学および地殻変動論)。