インタビュー

第3回「功を奏した欧米と異なる方式」(石川哲也 氏 / 理化学研究所 播磨研究所・放射光科学総合研究センター長)

2007.09.05

石川哲也 氏 / 理化学研究所 播磨研究所・放射光科学総合研究センター長

「もっと光を!-新しい科学を拓くX線自由電子レーザー」

石川哲也 氏
石川哲也 氏

数々の研究成果を生み出している大型放射光施設(Spring-8)を抱える理化学研究所播磨研究所(兵庫県佐用町)で7月、日本の基礎科学界の期待を集める新しい大型研究施設の建設工事が始まった。化学反応など超高速で変化するナノの世界の現象もリアルタイムで観測できるX線自由電子レーザーだ。国家基幹技術に据えられている重要なプロジェクトである。世界のどの国もまだ手にしていない画期的な装置がなぜ実現可能になったのか、この装置を手にした研究者たちはどのようにそれを利用しようとしているのか。プロジェクトを率いる石川哲也氏(理化学研究所播磨研究所・放射光科学総合研究センター長、理化学研究所X線自由電子レーザー計画合同推進本部プロジェクトリーダー)に聞いた。

—普通の光でうまくいくのがX線になると急に難しくなるというのは、なぜでしょう。

原子の中にある電子を一緒に動かしてやらなければならないと言いましたが、原子の中に入っている電子というのは、非常に速くは一緒に動かない。光というのは波長が短いほど振動数が大きいという性質を持っていますから、X線を出すためには速く電子を動かす必要があります。原子の中の電子は速く動かせないわけですから、うまくいかない。

そこで、何が考えられたかというと、原子から電子を引っぱがして自由な電子にしてやればいいのでは、と。その自由電子を加速器の中で思うように動かしてやることによって、レーザーにできないか、というわけです。これが「X線自由電子レーザー」の名前のいわれです。

光の波長の間隔に電子が1個ずつ並んで、並んだ方向に同じように動いて光を出すと重なったところで大きくなります。しかし、どうやって波長の間隔にl個ずつ並ばせるのか、ということになりますね。最初の自由電子レーザーというのは鏡を利用し、繰り返し反射することによって光を強くし、電子と光の相互作用を強くしようという考え方です。しかし、現状ではX線用の高性能の鏡は作れないため、この方法ではうまくいきません。ところが、ある時全く違う考え方をした人がいました。鏡で強くする代わりに、光を出すところを長くすればいいのでは、と。

光を出すところ、アンジュレーターと呼ばれますが、この部分を長くしてやることによって、鏡と鏡の間を往復(反射)させるのと同じ効果があるのではないか、というわけです。こういう装置を作れば鏡が扱えない光もレーザーになる、と。光の速さに近い電子を長いアンジュレーターに入れてやると光を出します。その光と電子が相互作用をしながら、光の波長の間隔に電子が並び始める。並んだ電子が同じように動いて光を出すと、光が波として重なり合い、どんどん強くなる。これがX線自由電子レーザーの原理です。

—しかし、実際にそれを実現する装置を作るというのは、また別の話ですね。

確かに、加速器の技術としては非常に難しいのです。電子と光の相互作用と言いましたが、たくさんの電子がギュッと詰まり、きれいに並んで動かないとこうしたことは起こりません。電子は負の電荷を持っていますから詰め込もうとすると飛び散ろうしますね。その力を押さえ込んでギュッと固めた電子を加速器の中で動かさなければいけません。

そこで登場するのがアインシュタインの相対論です。光と同じような速さで動く物に乗っている人の長さと、動いている物を見ている人の長さは違う、という。動いている人から見ると電子と電子はえらく遠く離れているのです。非常に離れているからエネルギーを大きくしてやるとかなり簡単にギューッと詰めても、電子同士は離れているということになります。

いま、X線自由電子レーザー装置は、日本のほか米国、欧州連合(EU)も造っていますが、電子の詰め込みかたで考えが違います。最初から固まった電子をつくり、ばらけないようにサッと高エネルギーに持って行ってしまう。これが米国、EUの考え方。低エネルギーから高エネルギーになれば電子はばらける、それなら最初に固めることなど考えず、こぼさないように固めていくのはどうか、というのがわれわれの考え方です。これは非常にうまくいきました(注)。

外国とは全く違うやり方でアンジュレーターを造ったことが功を奏したのです。

(続く)

石川哲也 氏
(いしかわ てつや)
石川哲也 氏
(いしかわ てつや)

石川哲也(いしかわ てつや)氏のプロフィール
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻を1982年に修了し工学博士を授与された後、高エネルギー物理学研究所助手、東京大学工学部助教授を経て95年から理化学研究所主任研究員。大型放射光施設SPring-8のビームライン建設を統括し、コヒーレントX線光学を開拓した。2006年から、X線自由電子レーザー計画合同推進本部のプロジェクトリーダーを務めるとともに、理化学研究所播磨研究所・放射光科学総合研究センター長も。

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