「もっと光を!-新しい科学を拓くX線自由電子レーザー」
数々の研究成果を生み出している大型放射光施設(Spring-8)を抱える理化学研究所播磨研究所(兵庫県佐用町)で7月、日本の基礎科学界の期待を集める新しい大型研究施設の建設工事が始まった。化学反応など超高速で変化するナノの世界の現象もリアルタイムで観測できるX線自由電子レーザーだ。国家基幹技術に据えられている重要なプロジェクトである。世界のどの国もまだ手にしていない画期的な装置がなぜ実現可能になったのか、この装置を手にした研究者たちはどのようにそれを利用しようとしているのか。プロジェクトを率いる石川哲也氏(理化学研究所播磨研究所・放射光科学総合研究センター長、理化学研究所X線自由電子レーザー計画合同推進本部プロジェクトリーダー)に聞いた。
—新しい光が何にもまして決定的な力を持つわけですが、レンズもまた重要な役割をしているということに?
その通りです。レーザーのようによくそろっている光でなく、バラバラな光でもレンズさえあればフーリエ変換によって像をつくることができるということです。問題は、ある大きさの物を見たいときに、どのような光が必要かということなのです。分解できる限界は波長と同程度の大きさ、つまり普通の光ですと、零点(0.)何ミクロンまでしか見ることができないということになります。
一方、原子、分子の世界はミクロンより3桁下のナノメートルのさらに1桁下の零点(0.)何ナノメートルです。ですからこの波長の“光”があれば、となるわけですが、それがまさにX線なのです。しかし、X線はランプと同じバラバラの光しかない。そこでレンズがあれば像がつくれるではないか、ということになりますが、残念ながらX線にはレンズに相当する物が原理的にないか、あってもつくるのが非常に難しいのです。
そこでX線で小さい物を見ようとする場合、いろいろなことを工夫しなければならない。一番やられていることが、見たい物の方を結晶にしてきれいに並べてやるということです。そうすることで結晶からのX線の反射を解析することで分子の形が分かる。これはタンパクの結晶構造解析などといわれて、実際に行われています。
問題は結晶になりにくいタンパクがあるということです。例えば膜タンパクという生物の中で重要な役割を果たしているタンパクがあります。細胞膜の内と外の情報の伝達を決めており、薬などが細胞の中に入るのをコントロールするといったことをしているのですが、もともと2次元(膜)だから3次元の結晶にはならない。ですからこうした大事なタンパクが今の技術では形が決めにくいというのが現実です。
材料関係でも、ある特定の部分がどのようになっているかで材料の機能が決まってくるということが沢山あります。金属や半導体はたいてい結晶をつくっているのだけれど、全体の性質ではなく、どこか一部がちょっと違っていることによって新しい機能が表れるということがしばしばあります。そのある部分の違いを見てみたいという要求があるのです。
こうした要求にこたえる光こそ、X線レーザー。われわれはそう思っておるわけです。
もし、X線にもレーザーのようなそろった波の光源ができれば、ホログラフィーと同じ原理を使って結晶をつくらなくてもナノ・レベルの大きさの物でもきちんと形を決められるはずだ、と。
—X線レーザーの考え方は、近年、急に生まれたのですか。
昔から分かってはいたのです。レーザーができたのは1960年ごろですが、70年ごろにはX線レーザーをつくりたいという声がどんどん出てきました。沢山ある原子の中の電子をコフィーレント(干渉可能)に一緒に動かして、波として同じ光をどっと出す。これが普通のレーザーの原理です。ところがX線でやろうとするとこれがなかなかうまくいかないのです。
(続く)
石川哲也(いしかわ てつや)氏のプロフィール
東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻を1982年に修了し工学博士を授与された後、高エネルギー物理学研究所助手、東京大学工学部助教授を経て95年から理化学研究所主任研究員。大型放射光施設SPring-8のビームライン建設を統括し、コヒーレントX線光学を開拓した。2006年から、X線自由電子レーザー計画合同推進本部のプロジェクトリーダーを務めるとともに、理化学研究所播磨研究所・放射光科学総合研究センター長も。