インタビュー

第4回「いい輸送系を持つことが月への道」(河内山治朗 氏 / 宇宙航空研究開発機構 宇宙基幹システム本部長)

2007.06.11

河内山治朗 氏 / 宇宙航空研究開発機構 宇宙基幹システム本部長

「高い信頼性と低コストのロケットを目指し」

河内山治朗 氏
河内山治朗 氏

日本が必要とする衛星などを必要な時期が打ち上げることのできる宇宙輸送システムの開発が、昨年度から始まった第3期科学技術基本計画の国家基幹技術に据えられた。ロケット開発は、長年、国家プロジェクトとして進められてきた実績がある。この時期、あらためて国家基幹技術とされたことの狙いや目標について、プロジェクトを率いる宇宙航空研究開発機構の河内山治朗宇宙基幹システム本部長に聞いた。

—米国もスペースシャトルの時代はそろそろ終わりでしょうから、次を考えていると思います。日本の次の宇宙輸送システムというのは、どのようなものでなければ、と考えていますか。

これまで話してきたのは、基幹ロケットのことですが、宇宙輸送系としては人や物をある地点からある地点へ運ぶというのが、原点です。有人対応が可能なレベルまで、われわれの技術を持っていくことが一番大事だと考えています。

私の夢は「ロケットに乗って、米国に行こう! JALのマークの付いたロケットで」というものです。「ロケットに乗って米国に行こう」というのは、糸川英夫博士が言い出した言葉なのですが、私はそれに「JALのマークの付いた」という言葉を付けたい。JALというのはもちろん「公共輸送機関」」という意味です。冒険ではなく、公共輸送機関に乗るようにして、ということです。

使い捨てのロケットではなく、自分で飛べるロケットプレーンというのが将来の形になると考えられます。今、考えている基幹ロケットの一番上に付けて飛ぶ、という形のものも、基幹ロケットの信頼性を上げて行けば初歩的なものとしてあり得ると考えます。

有人に関しては、10年後に開発を始めることになっていますので、われわれとしてはロケットプレーン型の有人機の実現を目指して、研究を加速していきたいと考えています。

—この先の開発スケジュールは、どのように。

ロケットの基本はやはりエンジンです。1段と2段のエンジンをよいものに変えていきたい。特に1段のエンジンの信頼性を大幅に上げてコストを半分以下にしたい、と考えています。今のH-ⅡAロケットの信頼性は1、2段とも同じようなものですが、2段のエンジンの方が1段に比べてシンプルだ、ということが言えます。

シンプルでないと、どういう問題があるかということですが、複雑でよく判らないところがどこかにある可能性が高い、ということです。何らかの支障を起こす原因というのは、単に設計の問題だけでなく、製作とかいろいろある。ちょっとしたミスをしたのが、表面に出ないで隠れたまま検査を通ってしまい、それが分からなかった、といったものも含まれます。

1段目のロケットエンジンは極めて高い性能を追求した結果、複雑になってしまっている。2段目ロケットのシンプルさの延長上で、1段目の信頼性も高め、コストも下げることを追求できないか、ということなのです。ただし、今よりよいものになるという保証はありませんから、今後、総合的な比較検討が必要になりますが。

いまのH-ⅡAロケットは当面使い続けるので、この信頼性は維持し続ける。同時に、将来、さらに一つ上を目指すにはロケット全体として変わっていく必要がありますから、その第一段階のスタートとして、次のエンジンのためのデータ収集、基礎試験も行っている段階にある、ということです。

やろうとしていることの二つ目は、飛行のための電気系、アビオニクス系の革新です。ロケットは工場整備から射場整備を経て打ち上げますが、これに手間と時間がかかっている。信頼性を維持しつつ運用性の向上を狙うには、どんな電気系のシステムがいいかということが大事になってきます。例えば、検査は地上設備とロケット搭載の機器を組み合わせたシステムで行っているが、地上の機能もロケットに積み込んでしまうことが考えられる。ロケット搭載の機器に比べ、地上設備の機器には老朽化した部品が使われがち、といった問題も解消でき、全体としてシンプルなシステムにもなります。

さらにネットワークの技術をうまく使って、効率的な電気系のシステムを作りたい。規模は大きいが、いい例がJRにある。自律分散ネットワークシステムというものですが、安全を司るところのシステムは、とにかく壊れては困るという考え方で作られていますから、参考になります。

三つ目は材料系の革新です。もっと安くて軽いものないかという。現在のアルミ主体から、基本的には複合材化がどこまでできるか、ということになります。これは航空機も同じで、すべて複合材料にできないかという形になりつつある。ロケットも材料の革新を狙おうということです。

四つ目は、設備との効率的な整合性をもう一度考えてみようということです。ロケット製造設備だけでなく、試験設備、打ち上げ設備について、これまでの経験を基に、考えてみようということですね。

—それでは、この先、日本は有人活動として何を狙うのでしょう。

基本的に月に行くことを狙うわけですが、有人宇宙活動の一番の問題は何かといえば、いい輸送系がないということなのです。非常にコストが高い。例えば米国でも、基本的にはアポロと同じレベルの話しかされていない。確かな安全性があって、どれだけ効率を上げることができるかを考えないと、宇宙開発の発展はない。やはり、基本は輸送系をよくすることが一番重要であり、それに向かってわれわれ自身が努力するのが原点だと思っています。

輸送系が重要だということについては、歴史が証明していると思います。これまで社会を大きく変えてきたものは何かといえば、輸送手段と通信手段なんですね。この2つが変革されることによって社会は発展してきたという事実があります。東京がなぜこれほど発展してきたかと言えば、山手線をぐるぐる回すとか、中央線をまっすぐ通したからなのです。最初は乗る人がいないという状態からこれだけ発展して来た。つまりいい輸送系と、いい使われ方があったということなんです。いい輸送系をまず先に考え出すことがこれから先、非常に大事になるわけです。

そういう意味では月を目標にすることはいいので、月に行く輸送系として、もっともっといい輸送系はないのか、ということが大きなテーマになるわけです。それがあって初めて月を狙う本当の意義が出てくる、と考えています。

米国も中国も月に行くことは考えていると思います。しかし、輸送系に関しては旧来の枠を出ていないというところが、一つの問題点です。パラダイムを変えるくらいでないと大きな発展はありません。そういう意味では、アポロ計画は偉大だった。これを超えないと、ということです。われわれの次のテーマというより、目指すべき将来のテーマということになるでしょうが。

しかし、輸送系を考えるのは時間がかかることです。長期にわたってのビジョンがないとパラダイムの革新などできません。われわれも議論は始めています。

(完)

河内山治朗 氏
(こうちやま じろう)
河内山治朗 氏
(こうちやま じろう)

河内山治朗(こうちやま じろう)氏のプロフィール
1970年早稲田大学理工学部機械工学科卒業、宇宙開発事業団入社、98年宇宙輸送システム本部宇宙往還技術試験機プロジェクトマネージャ、宇宙輸送システム本部HOPE-Xプロジェクトマネージャ、2002年宇宙輸送システム本部H-ⅡAプロジェクトマネージャ、03年独立行政法人宇宙航空研究開発機構宇宙基幹システム本部H-ⅡAプロジェクトマネージャ、05年宇宙基幹システム本部事業推進部長、06年理事・宇宙基幹システム本部長

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