「真善美への情熱-イノベーションの源」
世界中が政策のキーワードを、科学技術からイノベーションへとシフトしてきている。日本でも、安倍首相の肝いりで「イノベーション25」の検討が進んでいる。いま、なぜイノベーションなのか。イノベーション25戦略会議の座長を務める、黒川 清・内閣特別顧問に聞いた。
—そういう中で日本にできることは何なのでしょう。
こういう世界情勢だからこそ、日本の一番の強みは何かを考えることです。これは、いくつもあります。省エネ技術、環境技術、水処理技術や生活排水処理技術であり、これらは日本が絶対に強い。それをなぜ中国やインドに導入し、自分で売りに行かないのか。そういう発想がない。みんな国内でやろうとする。
確かにグローバルで見たときの日本の強さは、ものづくりなんです。でも、製品だけでは中国でもすぐに作れるようになる。日本の強さは、東大阪や蒲田といった下請け的な企業の技術力です。いまはグローバルなフラット時代ですから、下請的企業は親会社なんか見ないで、世界に向けて「こういうことができます」と自分の強さ(core competence)などをウェブサイトに英語で載せて営業活動をすればいいんですよ。
日本だけで商売しようと思うから、発想が小さくなって、国や親会社に頼ろうとしてしまう。世界の検索エンジンは主として「Yahoo」「Google」ですから、その検索によく引っかかるよう工夫する。ウェブサイトを魅力的で、情報発信力をお客さんに向けて強める。
国はあるゴールを設定したら、あとは口を出してはいけない。それをやるのが私企業だから。
1970年に米国ではマスキー法を出して、車の排気ガス量を大幅に制限しました。デトロイトはみな不可能だと言ったのを、3年でホンダが最初にクリアした。世界がびっくりした。これで日本の自動車産業は一挙に信用を高めたのです。だからこそ、これからのエンジンは環境対策ということで、ハイブリッドエンジンを自ら開発していく。国がやるわけではないということが大事です。何が世界の課題なのかを考えて、自ら動くことが企業としては大事なのです。
—結局はイノベーティブな人をどうやって作るかになるかと。
今までの日本の経済成長は大成功した。大きな国家政策は冷戦と日米安保の枠組みにあった。大きな国家目標がないために、すぐに成功モデルの型にはめようとするからいけない。このモデルはフラットな世界では「古い枠組み(ancient regime)」であり、この枠組みで成功した人たちが既得権を持ち、ここが抵抗勢力なのです。
科学技術に投資する。その成果に対して「これは役に立つぞ」という人たちは、基本的に研究者とは別です。多くの研究者は自分の興味に従って研究をする。それはそれで大事なことです。それを見て「これは面白いぞ」と思ういろいろな人がいます。ただ、それで事業化しようとして、銀行に行くと、それはリスクがどれだけあってとか、担保はどうだとか、できない理由ばかり言う。
基本的に年功序列でヨコに動けないサラリーマンとか役人とかでは、こういうことはなかなか起こらない。ここで必要なのは起業家精神(entrepreneurship)なのです。そういう起業家精神にあふれる人たちをたくさん生み出す、企業家精神を伸ばす、起業家精神あふれる、ダイナミズムにあふれる社会、そして変化に弾力的に、すばやく対応できる社会システムに変えなければならない。
いままでの社会システムを変えるとなるともっと難しい。従来の社会システムでは能力の一番高い人たちの多くは、役所とか大企業に入って、15年もすると縦の神経結合ばかりが発達してヨコの思考が延びないので、できない理由ばかりいう。
イノベーターを育てるには、異端の出る杭を増やす、伸ばす、出る杭のぶつかる可能性を増やす。だからブラウン現象と同じだと野中郁次郎さんは言っている。ぶつかり合っても変わり者同士だからうまくいかないことも多い。だけど、ぶつかっていく中でとんでもないのが出ることが大事で、それが世の中を変えていくのです。
(続く)
(科学新聞 中村 直樹)
黒川 清(くろかわ きよし)氏のプロフィール
1962年東京大学医学部卒、69年東京大学医学部助手から米ペンシルベニア大学医学部助手、73年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部内科助教授、79年同教授、83年東京大学医学部助教授、89年同教授、96年東海大学医学部長、総合医学研究所長、97年東京大学名誉教授、2004年東京大学先端科学技術研究センター教授(客員)、東海大学総合科学技術研究所教授等を歴任。この間、2003年日本学術会議会長、総合科学技術会議議員に就任、日本学術会議の改革に取り組むとともに、日本の学術、科学技術振興に指導的な役割を果たす。06年9月10日、定年により日本学術会議会長を退任、10月、内閣特別顧問に。
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