「分かりやすく科学を伝える」

科学や技術が進歩するにつれ、その本質を理解するのは、一般の人間にとってますます困難になっている。一方、十分な研究、開発費を公費でまかなうには、一般の人々(納税者)の理解がますます欠かせない。さらにこの問題を放置していると、科学者や技術者になろうとする若者たちが、ますます減ってしまう恐れがある。
科学をやさしく解説する科学者として著名な英国人の物理学者、ブライアン・コックス博士が、科学コメンテーターを務めたSF映画「サンシャイン2057」(注1)の宣伝のために来日した。同博士に、分かりやすく科学を伝えることの意義について聞いた。
—科学を分かりやすく説明することを始められたきっかけは。
物事を人にかみ砕いて話すことは、元々好きだったのです。分からないといわれると「それはこうですよ」と。
それから私は、17歳の時に誘われてロックバンドに入り、世界中をツアーしました。5年ほど楽しんで、元々好きだった物理学の世界に戻ったのですが、一度、舞台に立って注目を浴びると、その快感は忘れられないものです。テレビやラジオで科学について話すようになったのは、研究者になったものの、チャンスがあればまた拍手を浴びたい、という気持ちがあったのかもしれません。ここまで、正直に話していいものでしょうか(笑い)。
人間というものは、自分でよく知っていると思っていることでも、それをほかの人に説明することで、より深く理解することができるものだ。教えることは、すなわち学ぶことなのだ、と実感しました。
だから、研究することと、分かりやすく説明することは、どちらも私にとっては楽しいことなのです。「サンシャイン2057」の俳優たちからも、自分がそもそもなぜ科学者になりたかったのか、と考えざるを得ないような質問を受けたのですから。
—一般の人に、科学を分かってもらう必要については、どのようにお考えですか。
科学、私の場合は物理学ですが、物理学が何であるかを次の若い世代に伝えることは、大事だと思っています。若い世代から科学者が育ってほしい。そのためには、科学の面白さを伝えなければならない、ということです。
それから、一般の納税者に対しても、科学を理解してもらい、税金の中から研究に向けられるお金が支出されることを、喜んで認めてもらう必要があります。研究は、財政的な裏付けがなければ続けられませんから。喜んで研究費を負担してくれるよう、ややこしい専門用語ではなく、一般の人が理解できる言葉で、科学の面白さを分かってもらうことが、いまや物理学者、科学者の義務の一部だと考えられているのです。
科学を分かりやすく説明する活動に対して、いろいろな賞も受けていますが、何かコツといったものありますか。
どのレベルで話してほしいと相手が望んでいるか、を的確につかむことですね。最初から聞きたくないという対応で聞く人もいれば、「かみ砕いて話してくれるなら聞きますよ」という人もいます。食わず嫌いの人もいますが、これらの人たちも、大事だと思うことは興味があるのです。興味があれば、必ず理解できるということですね。
話す相手がどんな人だろうかの判断は、相手の表情で分かります。最初から興味を持とうとしない人には、どうやっても理解させることはできません。大事なことは、相手が興味を持ってくれるかということです。
もう一つ、大衆はばかだと思わないこと。どんなことでも、その人のレベル、その人の言葉でなら理解できるのです。そういう言葉を使うことが、大事だということです。
(続く)

(Brian Cox)
ブライアン・コックス(Brian Cox)博士のプロフィール
1968年英国生まれ、キーボード奏者としてロックバンドを編成、世界中をツアーする青春時代を送った後、物理学の世界に。マンチェスター大学で物理学の学位を取得、2005年から英王立協会大学研究フェローシップを与えられ欧州原子核研究所(CERN)で研究生活を続けている。この間、テレビやラジオのプレゼンターやキャスターとしても数多くの番組に出演するなど、積極的な科学の啓蒙活動に対し、02年にエクスプローラーズクラブのインタナショナルフェローに選出され、06年にはロード・ケルビン賞を授与された。