インタビュー

第5回「脳科学の真実 前頭前野の活性化で子どもが伸びる」(川島隆太 氏 / 東北大学 加齢医学研究所 教授)

2006.07.04

川島隆太 氏 / 東北大学 加齢医学研究所 教授

「道を拓く 脳のメカニズムに迫る」

川島隆太 氏
川島隆太 氏

脳の研究成果をもとにしたゲームの監修などでおなじみの川島隆太東北大学教授を迎え、脳のメカニズムに迫ります。

前頭前野の活性化で子どもが伸びる。脳のメカニズム、能力活性化の手法とは?脳を鍛えることでコミュニケーション能力も向上する、脳科学の真実とは…。

—右脳と左脳に働きの差はありますか?

私たちの大脳は右の大脳と左の大脳、二つに分かれています。

よく右脳は直観で左脳は言語とか、右脳は図形だと、右と左は全く違う働きをしているという考えがあります。
この考えというのは実は分離脳と言って、てんかんなどの病気の人に行う手術として、右の脳と左の脳をつないでいる情報連絡をする繊維の束が脳の真ん中に走っているんですが、これを手術で切ってしまう状態があります。これを分離脳と呼びます。この状態になってしまうと、脳は右の脳と左の脳が情報交換できなくなるので、別々に働くんですね。
こういう特殊環境の中では、左側に入った情報は言葉の情報を扱うのに長けている。右の脳に入った情報は図形の情報を扱うのに長けていることはわかっています。

でもこれはそういう特殊状況の話なんですね。
最近私たちが行っているような健康な脳の人間の研究からは、私たちの脳は右も左も一緒に働く。言葉であろうと図形であろうと右も左もちゃんと使う。
情報交換を常に行いながら両方の脳を使っているのだということが見えてきました。
健康な私たちにとっては右脳だけ働く、左脳だけ働くということはありえなくて「右脳の機能」「左脳の機能」という言葉自体も非常にナンセンスな言葉だと考えています。

—指先を動かすと脳が良く働くというのは本当ですか?

よく指先を細かく使うと脳がたくさん働く。だから「指先を使って脳を刺激するのがいいんですよ」と語る方がいらっしゃいます。
その証拠として、ペンフィールドという人が『ホムンクルス』、脳の中の小人という写真がよく出てきて、あれを見ると脳の内側に足とかお尻があって顔が大きく描いてあって、手がすごく大きく描いてある。手の支配している範囲はすごく大きい。だから指を使うといいんですという話がなされています。

でも実はあのペンフィールドが描いた絵というのは脳の中での運動野と呼ばれている極めて狭い場所の中で、そういう分布に差があるというだけの話でして、実は私たちの脳というのは人間の脳研究をしてきて初めてわかったことですが、指先をいくら細かく使っても働くのは脳の運動支配をしている場所の手の動きだけである。その他の場所は全く働かないということがわかっています。
ですから、指先を細かく使うトレーニングは確かに指の運動のトレーニングにはなりますけど、それ以上でもそれ以下でも何でもないということがわかっています。

あともう一つこの誤解を広める原因になったのは、実は脳研究というのは、特にサルなどを使った神経生理学研究が盛んに日本では行われていて、サル等に指先を使わせると脳のいろんな場所が働くんですね。
これは動物園に行ってぜひおサルさんの手を見てきてほしいんですけど、おサルさんの手はモノを掴むようにできていないんですね。
親指がこっちの方向を向いていますから、グッと握るようにしかできていない。そんな猿たちが小さなものを掴もうとしたら、ものすごい努力がいますから、脳のいろんな場所が働く。
サルの脳の研究をそのまま人間の脳に当てはめてしまうことからも起こってきた誤解だと考えています。

—ゲームをしている時の脳は?

一時期、「ゲームをしすぎると脳が壊れる」という考えが出たことがあります。「ゲーム脳」という言葉で代表される考え方です。
これは全くの迷信、妄想だということがわかってきています。
私たちが脳研究で見つけてきたものがあるんですが、ゲームというものは一括りにはできない。ゲームの種類によって使う脳が違うということがわかってきました。
ある種のゲームは確かに脳のある部分を働かせないという作用があっても、違う種類のゲームはその場所が働いたりする。ゲームという言葉を一言で括ることは全くできないことがわかった。

でもそうした中でも100あるゲームのうち80くらいのものは、前頭葉の前頭前野の働きが下がるということが計測でも見えてきました。 眼を閉じて何もしていない時よりもさらに低くなるんですね。

この状態は危険な状態か、ということですが、これと同じ状態を我々大人は肩が凝っている時に、肩を揉んでもらって「ああ、気持ちいい」と思った瞬間と全く同じ反応が出るんです。
脳がリラックスした状態がつくりだされていると私たちは今、考えています。これは脳のリラクゼーションのアイテムだと私たちはとらえています。
もちろん、ひがな一日、リラクゼーションしていたら、それは何かまずいことが起こる。でもバランスよく扱う分にはそんな悪いことはないだろうと今は考えています。

ただし、実はそれだけではないということが、ごく最近の研究で見えてきまして、ゲームをした直後には前頭前野が働きづらい状態がどうも起こるということが証明されました。
これは大学生たちが、言葉を扱う課題をしている時の脳の働きを、ゲームをする前とゲームをしおわった後に計ったんですが、ゲームをしおわった後には実は脳はほとんど働いていない。
実際にいろんな心理学的なテストをすると、前頭葉を使う課題の成績が落ちるということが見えてきました。

ただその逆に、頭の後ろの部分、特に視覚情報処理をするような作業をさせると、逆に脳がゲームをした後の方が、より働くようになることも見えてきました。能力も高まるという結果まで出てきました。
ですからゲームというものは、やったことによって我々の脳に何らかの影響を与えるらしい、その直後の作業に。特に前頭葉系の作業は抑制的に働いて、視覚情報処理系の作業には、どちらかというと亢進的に働くという、ものすごく面白い不思議な性質を持っていることが見えてきました。

その中から生活の中でどう一緒に付き合ったらいいのか。
子どもたちは何か学ぶという時には明らかに前頭葉を使いますから、そういう意味では学習をする前にはしない方がいいだろう。ただ本を読んだり、学習した後にゲームで遊ぶ分には何も起こらないと私は考えています。

—ご家庭で息子さんたちはゲームをしますか?

これは我が家のルールですけども、ゲームは週に1時間、それも平日はやっちゃだめ。土日に一人1時間の持ち時間の中てあれば遊んでもいいというふうにしています。

—ゲームをする時間は一日にどれぐらいまでですか?

実はこれを知ろうとする研究は今、私たちはJSTの補助を受けて行っています。
「子どものコホート研究」と呼んでいますが、子どもたちが家の中で、たとえばどれくらい家庭でゲームをするか。それによって子どもたちの脳の発達の度合いに差が見えてくるかどうかということを全国調査で、今、始めだしています。
こうしたデータがたまってくれば、「1日30分までなら安心」とか「2時間以上やると、前頭葉の発達が少し悪くなっているよ」というデータが見えてくるかもしれません。
何とか3年以内に結果を出したいと思っています。

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