ハイライト

研究者としての「用意された心」が、無用の金属イオンからMOFを生み出した(北川進氏/京都大学高等研究院特別教授)

2025.12.08

一條亜紀枝 / サイエンスライター

CSJ化学フェスタ2025公開企画「世界一早いノーベル化学賞受賞記念講演」(日本化学会主催、2025年10月22日)からー

講演する北川進氏

 10月8日に発表された今年のノーベル化学賞は、Metal-Organic Frameworks(MOF/金属有機構造体)の発展に貢献したということで、ロブソン教授(オーストラリア・メルボルン大学)とヤギー教授(米カリフォルニア大学)と私が受賞することになりました。

 MOFはPorous Coordination Polymer(PCP/多孔性配位高分子)とも呼ばれる多孔性材料です。金属イオンと有機分子を溶液中で混ぜると、「これとこれを結合しなさい」という事前に与えた情報を元にして自動的に構造体が組み上がるのです。

 今日は「MOF化学の開拓と展開―集合・空間・動性の用意された心での歩み―」と題して、3つのパートでお話しします。1つ目では、「私たちの世界」をちょっと眺めてみましょう。2つ目は、私の専門である「ナノ空間をつくる化学」。3つ目は、社会への貢献に少し触れます。

会場のタワーホール船堀(東京都江戸川区)では約260人、オンラインでは約1500人が聴講した

人類が気体をコントロールするには

 歴史を振り返ると、18世紀半ばから19世紀にかけての産業革命では、エネルギーとして石炭が使われ、20世紀には石油に変わります。では、21世紀はというと、気体だと私は考えています。

 酸素、二酸化炭素、窒素、水蒸気などの気体は、環境、資源、エネルギー、そして我々の生命にまで関わっていて、非常に重要なものですね。この気体をうまく取り出して、化学原料や肥料、燃料、食料、医薬品、日用品を作る。これが実現したら、非常に素晴らしい。地下資源は有限ですから、どこにでもある空気のようなものを資源にする科学技術が必要だと考えています。

 しかしながら、気体を操作するのは非常に大変なことです。技術は進化していますが、それでも人類はまだ気体をコントロールできていません。気体は、高速拡散していて、見えません。それから、寿命の短いもの、毒性のものがある。それらを判別する必要があり、そういうときに多孔性材料が役に立ちます。

 多孔性材料とは、多数の小さな穴の開いた材料です。混合している気体を分離し、貯蔵し、他の物質に変換することができます。ただ、高効率での分離や大容量の貯蔵には、従来の多孔性材料はまだ不完全で、新しい材料が必要です。

多孔性材料の歴史。活性炭やゼオライトは古くから使用されてきた(講演時のスライド)

「集合」「空間」「動性」がキーワード

 さて、私の科学の背景となる3つの概念、これが重要です。近代細菌学の開祖といわれるパスツールは「幸運は用意された心のみに宿る(Chance favors the prepared mind.)」と言っています。私にとっての「用意された心」は、Assembly(集合)・Space(空間)・Dynamicity(動性)の3つのキーワードです。

 まず、学部生のとき、ボルツマンの原理から集合の重要性を理解し、「構造機能は要素の集合から生まれる」という視点を得ました。次に、大学院生になってNMR(Nuclear Magnetic Resonance/核磁気共鳴)を勉強して、スピンダイナミクスと非平衡に興味をもちます。

 精神的には、高校時代の哲学の授業で、自然科学のルーツであるギリシャ哲学に非常に感銘を受けました。ヘラクレイトスは「同じ川に二度足を踏み入れることはできない(No one ever steps in the same river twice.)」と言っています。万物は流転するのだと。

 また、私の思考のルーツは、湯川秀樹先生の著書にあり、特に『続 天才の世界』に書いてある荘子の「無用の用」にいたく興味をもちました。荘子が言うには、「人は皆、有用の用を知るも、無用の用を知ることなきなり」。役に立たないことも実は役に立つというわけです。

京都大学からは10人のノーベル賞受賞者が輩出している。創立以来の「自由の学風」のなか、北川氏は物理化学と有機化学を学び、研究してきた(講演時のスライド)

サッカー場より大きいナノ空間を作る

 多孔性材料というのは、何もないところに仕切りを入れて、何の役にも立ちそうにない空間を作る—―そういう化学でもあります。

 例えば清水寺の舞台は、139本のケヤキで釘を1本も使わずに見事に作られています。では、分子のようなナノスケールの場合はどうでしょう。釘を使っていない清水の舞台と同じように、3次元に展開することができるでしょうか。実は、ナノスケールでもマグネット(磁石)になるものがあったのです。正電荷の金属イオンと負電荷の有機分子がくっつく「配位結合」です。

 金属イオンと有機分子を配位結合させると、非常に大きな空間を有する多孔性材料ができます。1グラム当たりの細孔表面積を比較すると、活性炭はサッカー場の半分くらい、ゼオライトでバスケットボールのコートくらい、我々のMOFはサッカー場まるまる1つか、それより大きいくらいです。

北川氏の開発した新しい多孔性材料は、1ミクロンの結晶に100万個の穴が開いている(講演時のスライド)

偶然の発見が多孔性材料への転換点

 私は近畿大学に就職したのがきっかけで、錯体化学と出会い、研究を続けてきました。この錯体化学は1価銅から始まったのですが、1価銅は無色で磁性をもたず、「無用の金属イオン」と考えられていました。ところが、これこそ「無用の用」で、球形の1価銅は無限ネットワークの結晶化に適していることがわかったのです。

 もともとは、穴の開いていない緻密な構造の材料を作ろうと考えていました。ところが、構造解析の過程で偶然にも、穴の中にアニオン(負電荷のイオン)と、アセトンという有機分子が入っているのが見つかりました。ここから、ナノ細孔をもつネットワーク構造、つまり多孔性材料へとつながる研究に方向転換します。

 1価銅をやめてコバルト2価で研究を続け、私たちが第2世代と呼んでいる多孔性材料ができました。これは結合が強すぎず、でも壊れずに安定した構造をもっています。「活性炭やゼオライトがあるのに、わざわざ新しい材料が必要なのか」と、よく言われました。ですが、活性炭やゼオライトにはない機能をいろいろと付与できました。貯蔵や分離はもちろん、デリバリー、高分子合成、触媒、イオン伝導、磁性のセンシング等々です。

 さらに研究を続けて、Mo-Mo四重結合ユニットを作ることに成功します。これは、固体なのに動く、すなわち物理的な刺激によって構造が変化するのです。従来の材料とは異なり、しなやかな構造をもち、室温かつ常圧で物質の出し入れができます。この第3世代の多孔性材料は、「集合」「空間」「動性」のすべてが実現できたことになります。

Mo-Mo四重結合ユニットの回転(講演時のスライド)

応用への可能性と新たなチャレンジ

 最後に、MOFの将来的な使い道をお話しします。

 もうすでに世界でいろいろな使い道が考えられています。例えば、砂漠の空気から水を取り出すほか、キャパシタ(蓄電器)や熱交換器、コーティング、生物医学、センサー、空調、食品包装、抗菌剤など、あらゆる分野で応用できると思います。

 これからは、学術界だけではなく、もっと多くの人たちにMOFを知っていただきたいですね。そこからいろいろな展開がもっと出てくるはずなので、それに対して、私たちはまたチャレンジしていきます。

MOFの現状と将来(講演時のスライド)

北川 進(きたがわ すすむ)

京都大学高等研究院 特別教授

1951年京都市生まれ。1979年京都大学大学院工学研究科博士課程石油化学専攻修了、工学博士。専門は錯体化学。近畿大学、東京都立大学を経て、2007年京都大学物質細胞統合システム拠点に着任。17年より現職。20年より京都大学高等教育院副院長。24年より京都大学理事(研究推進担当)・副学長。

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