公益社団法人日本記者クラブ主催3月10日記者会見から(注:記事中の感染に関する数字などは記者会見当時の状況による)
2002年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)では最初は原因が分からず、どうやって感染するかも分からず、ぞっとした。当時私は国立感染症研究所にいたが、現地にスタッフを派遣した時に「無事に帰ってきて」と言ったほどだ。SARSは2002年の11月から12月にかけて中国広東省で原因不明の肺炎が発生したことから始まった。流行は早期に収まるかに見えたが、広東省の人が香港に行って集団発生した。香港は国際都市なので世界に広がった。患者数は約8000人でその6、7割は中国本土とシンガポール、香港、台湾などの人だった。WHOが世界に警告を出したのは2003年の3月で、ウイルスはその年の4月に見つかった。この間、原因が分からないまま過ぎた。これが今回の新型コロナウイルスとの大きな違いだ。今回は発生から間もなくウイルスが分かり、早期に世界にオープンになっている。
SARSの教訓から院内対策の「国際保健規則」ができた
SARSの時は香港の大病院で院内感染の集団感染が起きた。当時は今や装着が常識となっているマスクや手袋、ガウンをしていない病院スタッフもいて院内で多くの感染者が出た。その反省からその後これらの装着が院内標準予防策となった。ベトナムの病院でこうしたSARSの院内感染対策を実施したところ2次感染は起きなかった。こうした院内対策が基になって2005年に「国際保健規則」ができて2007年に発効した。2009年にメキシコに端を発した新型インフルエンザはあっという間に世界に広がったが、この規則を各国の医療関係者が共有した。
中東呼吸器症候群(MERS)も最初は原因不明だったが、SARSによく似ているがウイルスは異なることが分かった。ラクダが持っているコロナウイルスと共通でラクダから人にうつって人の間で感染したが元々はコウモリが持っていたウイルスだった。2015年8月までに韓国で広がって日本にも来るかと当時ぞっとした。SARSの致死率は約10%だったがMERSは30%と非常に高かった。しかし患者は主に入院中の患者や家族、医療関係者だったので院内対策をしっかりとれば収まると分かった。今でもわずかずつ出ているが何とか収まっている。SARSのように消えるコロナウイルスも、MERSのように生き残るコロナウイルスもある。今回の新型コロナウイルスがどのようなタイプなのかはまだ分からない。今回のウイルスのストーリーはまだ書けない。私は昨年12月末にへんな肺炎が中国ではやっていると聞いた。中国当局は12月30日にWHO(世界保健機関)に原因不明の肺炎が出て広がる可能性があると報告している。
人の動きがリスクファクターとなって世界に拡大
中国でウイルスの遺伝子配列が分かって世界に公開され、1月16日に日本人の初感染報告が出た時はウイルスがまだ日本で確認されていないのに検査できる状態だった。中国での流行曲線を見ると最初ちらちらと出ていたが武漢市で広がってぐっと上昇した。中国では「封鎖」に近い対策をとって広がりを抑えようとした。中国全土に広がったが症例数では湖北省が中心でほかの地域は少ない。だが中国国内に広がることは全世界に広がることで、日本、韓国、オーストラリア、欧州、米国に広がり、アフリカでも感染者が出ている。SARSと比較して大きな違いは、早くウイルスが見つかったことだ。しかし、人の動きは当時と全く違うので人の動きがリスクファクターとなって世界の感染者は増大している。現状では中国は落ち着きを見せているがイタリアなど(欧米中心に)世界に広がっている。
インフルエンザと似ている点は、ある年代(若い年代)では軽症が多いが、放置すると広がってハイリスクの人に感染して死者が出る。インフルエンザでは毎年1万人ぐらいの人が亡くなるが背景には1000万人ぐらい感染している実態がある。新型コロナウイルス感染症については、3月初めのデータでは、武漢市での致死率は4.6%、湖北省では4.2%と高いが中国全土では0.86%と低くなっている。医療が崩壊して重症の患者を診察できなくなり、外来患者が押しかける状態になると致死率が高くなるが、医療体制が整っていれば致死率は抑えられる。医療崩壊させてはいけない。重症の人をきちんとしかるべき所に入院させて治療をすることが大切だ。心配な人や軽症の人が入院するとベッドが足りなくなる。現時点で海外での致死率は2.8%と結構高い。日本の致死率はクルーズ船の感染を除くと1.7%(3月初め時点)。感染者の年齢分布も重要で、中国を見ると、30〜79歳は87%だが10代、10歳未満はともに1%と低い。重症度では軽症が81%、重症は14%、重篤は5%。致死率を年代別に見ると80歳以上は14.8%と高い。
重症者対策が最も重要
元々高齢者の肺炎はハイリスク要因だ。日本国内の2月24日の時点のデータでも中国と似ている。無症状感染者が5.4%。年齢分布では60歳以上が約6割で10代は1.8%で少ない。軽症者は83%と圧倒的に多い。軽症の人は大丈夫だから放置していいということではない。軽症で、まずは大丈夫な人でもハイリスクの人にうつすと、うつされた人はさらにハイリスクになるので皆で気をつけようということだ。感染した人は皆危ないと頭抱える病気ではないといつも説明している。武漢市からのチャーター便で帰って来た人のうちPCR検査陽性の人の中に無症状の人もいた。どきっとする受け止め方が多かったが、このウイルスは感染しても症状なく終わる人が多くいるとも言える。もちろん重症になる人はしっかり警戒する必要がある。
1人の患者が周囲の何人にうつすかを「基本再生産数」と言うが、新型コロナウイルスをMERSやSARSと比べると新型コロナウイルスは1人から2、3人にうつすとされている。MERSは1人以下でSARSは2〜3人。新型コロナウイルスは(現段階の情報では)SARS並みか、インフルエンザよりやや高いか、という印象だ。致死率はSARSは10%だがすぐ消えた。MERSは37%。消えずにじわじわ続いている中で今回の新型コロナウイルスの感染の広がりは新型インフルエンザより遅いが世界に広がっている。基本再生産数は痲疹(はしか)が(空気感染なので)一番高く、1人から20人近くにうつる。外国から沖縄に来た人が痲疹にかかりながらレンタカーで県内を回った。それだけで100人ぐらいにうつした。麻疹とか百日咳は基本再生産数が高いがワクチンがある。新型コロナウイルスは1.4〜2.5人だがワクチンはない。国別で基本再生産数を見ると、香港が平均的でイタリアが急に上がって1人から6〜8人にうつしている。シンガポールは下がってきている。日本は最初高い時もあったが今は1前後で人から人へのうつし方は弱まっているとみられる。密集していると別だが離れてさえいれば感染しやすい状況ではない。(感染110例の分析では)感染者の8割は他人にうつしていないが、スポーツジムとか屋形船とかでは複数の人に感染している。換気が不十分で狭いところで、しかも不特定多数の人が密集している場所は感染が拡大しやすいとして専門家会議のメンバーも注意を呼びかけている。
政府の専門家会議が行動自粛の声明を出した。至近距離での対面が、一定時間以上、一対一でなくて不特定多数の人の間で行われることを避けようと呼びかけた。どうしてもやるのならアルコール消毒や手洗いをしっかりする。風邪症状の人はそうしたイベントに行かないことだ。風邪引いても無理して会社に行く人が多いが具合悪い人が安心して休める社会が望ましい。インフルエンザにしてしてもノロウイルスにしても人が移動して人にうつしてしまう。今後の感染の広がりは重症度や致死率を見て判断することが大切だと専門家会議でも声明で指摘している。
新型インフルエンザ対応の反省を生かして
新型コロナウイルス感染症に効果がある新しい治療薬は現時点ではない。既存の薬で何とかならないかと考えているわけだが、抗HIV薬や抗マラリア薬、吸入ステロイド、抗インフルエンザ薬などが候補に挙がっている。しかし副作用もある。吸入ステロイドは効果があるといって使うとぜんそくの人用の薬が足りなくなるという問題も出てくる。
潜伏期間は幅がある。435例の分析では95%は、潜伏期間は12.5日以内、平均5.2日なのでウイルスの暴露から14日様子を見て発症がなければその人はかからないと言える。しかし何でも例外はあって3週間目で発症した人もいる。このため厳密にやるには1カ月は家にいて、ということになるがそれは無理なので2週間というのが安全枠としてとらえた数字になる。潜伏期間を経て発症した人は、最初は微熱や咳症状。この間4、5日で80%の人は治る。ところが残りの人は咳がひどくなったり熱がさらに高くなったりする。この段間で黄色信号が出た人をきちんと診ることが重要だ。
最初の4、5日で検査してもウイルスが出ていないために陰性となることがあるし、大丈夫だと思っても後で(実は陽性で)症状がひどくなることもある。検査にはタイミングがある。5日前後は様子を見るというのはいいと思うが、具合が悪ければ他の病気の可能性もあるので早く診てもらう必要がある。ハイリスクの人は5日より手前で悪くなるので早めに診てもらうということになる。
病原性と感染力を考えた場合、病原性が強い病気は感染しやすいとも限らない。感染しやすい、広がりやすい病気が重いとも限らない。例えばエボラ出血熱は非常に重症だが感染力は高くない。季節性インフルエンザは、感染力はまあまああるが、病気の重症度は中程度と言えそうだ。新型コロナウイルスは、最初は病原性が強くて感染力は弱いとみられたが、最近では感染力は結構強いが病原性、致死率では季節性のインフルエンザより上回る程度とみられている。
大切なのは重症の程度がどのように推移するかを見ることだ。SARSの時に一般の人に次のように話した。感染症の発生をゼロにすることは困難だが、広がりを皆の努力で最小限にすることはできる。そのために手洗いやマスクの用意など標準予防策の考え方が感染症の基本的な対応になる。通常の医療を維持することが大切で慢性疾患のコントロールをきちんとする必要がある。日ごろからインフルエンザや麻疹、風疹などの予防接種をしておくことも大切だ、と。
新型インフルエンザの時の反省点がある。発生したウイルスによって病原性、感染力はさまざまで、行動計画のたぐいは運用の弾力化を図ること。新型インフルエンザの教訓だが、(ウイルスの)多様性を踏まえて対策も一律ではなく多様に考えることが大切ということ。ウイルスの特性が分かってきたらその特性によって実施すべき対策を実施すること。これらが新型インフルエンザの時の総括だった。意思決定システムの明確化や地域の状況に応じた対策が必要で状況によって判断することも大切だ。振り返ると今回の新型コロナウイルス感染症ではあまり反省が生かされてないという感じがする。
(サイエンスポータル編集長、共同通信社客員論説委員 内城喜貴)
岡部信彦 氏プロフィール
1946年東京都生まれ。1971年東京慈恵会医科大学卒。小児科医として臨床経験を積み、米国バンダービルト大学に留学。帰国後、国立小児病院(現・国立成育医療研究センター)、世界保健機関(WHO)西太平洋地域事務局、東京慈恵会医科大学小児科助教授勤務などを経て1997年国立感染症研究所勤務。同研究所感染症情報センター長などを務めた後、2013年から川崎市健康安全研究所所長。現在、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議メンバー。
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