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有人潜水船、掘削船に注力 中国の海洋開発技術(磯﨑芳男 氏 / 海洋研究開発機構 海洋工学センター長)

2015.11.09

磯﨑芳男 氏 / 海洋研究開発機構 海洋工学センター長

科学技術振興機構中国総合研究交流センター主催研究会(2015年10月15日)講演から

300mから一挙に7,000mの有人潜水船開発

 世界に4,000メートルより深く潜れる有人潜水船は7隻ある。一番古い潜水船は米国の「ALVIN」だ。「ALVIN」という名前こそ変わっていないものの、中はどんどん改良が加えられている。耐圧殻という一番重要な部分などもゴソッと替えながら「ALVIN」という名前だけが残っている。海洋研究開発機構の「しんかい6500」はその名の通り6,500メートルまで潜れる潜水船で1989年に造られた。もうすぐ1,500回の潜水を達成する。フランスの「NAUTILE」、ロシアの「MIR」も6,000メートルを超える。ロシアの「CONSUL」は6,270メートルまで行ける。

磯﨑芳男 氏

 2012年にできたばかりの中国COMRA (China Ocean Mineral Resources R&D Association=中国大洋鉱産資源研究開発協会)の「蛟竜(ジャオロン)」は、7,000メートルまで潜ることができる。日本ではまず2,000メートルまで潜れるものを造り、その技術をベースに6,500メートルに挑戦した。中国の有人潜水船は潜る深さがそれまでせいぜい300メートルだったのに、一気に7,000メートルになった。実のところ、6,000メートルを達成するには耐圧容器やケーブルを接続させるコネクターなどいろいろな要素技術が一つのバリア(障壁)になっている。それを乗り越えるのが大変なため、最初は6,000メートルを考えたようだが、日本の「しんかい6500」を意識して、苦労しながらも7,000メートルの潜水船を造り上げたという。

 「しんかい6500」は1989年から2012年までの23年間、世界で最も深くまで潜れる有人潜水船だった。1,500回近くの安全な潜航記録を持ち、事故は一度も起こしていない。2012年1月、中国を訪問した時、彼らはわれわれを非常に歓待してくれた。「知りたいことがたくさんあるのだ」と言い、質問書が並んでいた。毎年メンテナンスをしながら、長年にわたり安全に動かしてきた実績こそが中国には無いノウハウだ、と。われわれも教えられることと教えられないことがある。しかし、中国の有人潜水船が事故を起こせば世界的な影響は非常に大きいと考え、とにかく事故だけは起こしてほしくないという思いで、できる範囲で協力をした。

有人潜水調査船「蛟竜の活動」実績は不明

 「しんかい6500」は、日本周辺だけでなく、インド洋にも行ったし、2013年はブラジル沖、カリブ海とあちらこちらに行っている。地質的調査、生物調査、資源調査で非常に成果を挙げてきた。「蛟竜」も7,000メートルまで潜ったと聞いてはいるが、実際にどこを調査したかというのは明らかにされていない。国際海底機構(International Seabed Authority)という海底資源を管轄する機構の支援で太平洋を調査するという話が漏れ聞こえたことがあるが、どう使われているかはあまりよく分からない。

 「蛟竜」の特徴は、後ろの“エックス翼”である。新しい潜水艦はこのような“エックス翼”を取り入れている。今までのものは十字型だ。エックス型になると何が良いか。十字型だと横は上下運動だけ、縦は左右だけとなり、横のコントロールは2枚だけでしかできないが、エックスになるとこの一枚一枚が垂直と横、両方で操作ができるので、例えば横のコントロールを4枚全部で行うことができる。何かダメージ(損傷)が起きても対応しやすい。十字では一枚のダメージで機能が半減するが、エックス型では75%が維持されるということだ。

 窓の素材にはガラスだと割れる可能性があるので「しんかい6500」と同じく少し粘り気のあるアクリルを使用している。有人潜水船の中から人が外を見るエリアは狭いが、ここは円錐台形になっていて、中から見ると外に広がっているので視界は思った以上に開けている。定員は3人。最近の有人潜水船の乗員はパイロットが1人、観察者・研究者が2人という構成で、「蛟竜」もそのようになっている。

 「しんかい6500」と「蛟竜」を比べると、全長は「蛟竜」の方が少し短いが幅がある。空中重量は「しんかい6500」が26.7トンに対して「蛟竜」は22トン。しかし耐圧殻の内径は「蛟竜」の方が大きい。大きいほど居住性が良くなる。材料はチタン合金だが、こういったものを作れるかどうかということも重要な技術の一つになる。のぞき窓は大きければ大きいほど良い。主電池はわれわれはリチウムイオンだが、「蛟竜」は銀亜鉛電池だ。これは一時代前の電池でメンテナンスに手間が掛かる。

 耐圧殻の径が大きくなるほど圧力には弱くなり、小さくなるほど圧力に強くなる。「蛟竜」の方が軽く、しかも大きな径でありながら深く潜れる。これはなぜか。日本は安全に対して厳しいルールがあり、国土交通省の船舶安全法を踏まえて日本海事協会が設計診断を行う。設計深度が600メートルより深い潜水船に対しては、設計深度×1.5+300メートルという構造強度基準で、「しんかい6500」でいうと10,050メートルの深さの水圧に耐えられる耐圧殻の設計となっている。一方、中国では国際標準化機構(ISO)部会に対し、6,000メートルの深度については適用圧力を設計潜水深度の1.1∼1.25倍でよいではないかと提案している。米国も設計潜水深度×1.25を適用圧力としている。日本だけが少し厳しいといえるのかもしれない。もし「しんかい6500」を1.25の安全率で潜らせるとしたら現状のままでも8,000メートルまで潜ることができる。つまり、安全率を見直すだけで「蛟竜」より深く潜ることができるということだ。技術思想の違いともいえる。

講演会場のようす

国産化率高め11,000m級有人潜水船にも着手

 「蛟竜」のモデルはロシアの有人潜水調査船「MIR(ミール)」だ。「蛟竜」は半分程度がロシア製の技術で、国産とは言い難い。耐圧殻の製造方法を見てみよう。「しんかい6500」では厚さ73.5ミリメートルのチタン合金の板をプレスで押して半球を作り、それを成型してレーザーで溶接する。きれいな半球を精度高く作るには、熱で万遍なく温めないと偏りが出てしまうので、温度管 理が難しい。一方、「蛟竜」は花びらのような形の部材を溶接して半球を作り全球にする。こちらの方が一枚一枚の管理が簡単だが、いろいろなところを溶接するのでその分のリスクは大きい。しかし、技術的にはこの方が楽だ。「蛟竜」の国産化率は58.6%といわれている。これを85%以上にしたいということで、自分たちで耐圧殻を3個製造している。一足飛びに6,000メートルは難しいが、まず4,500メートル級の耐圧殻を国産技術で造りたいという。

 さらに先を行くのが11,000メートル級有人潜水船。世界で最も深いのはマリアナ海溝のチャレンジャー海淵というところで、10,911メートルという深さだ。そこにも潜れるように造ろうとしているのが「彩虹魚号」。公表されている姿は宣伝のためのモデルと言ってもいいかもしれないが、「張謇」という母船のイメージなども報じられている。私たちもポスト「しんかい6500」として次は12,000メートルまで潜れるものにしたいとチャレンジしているところだ。

 次に海洋石油開発技術について話したい。海洋で石油を掘削する装置には3種類ある。一つはジャッキアップと呼ばれる甲板昇降型で昔から使われているものだ。脚を立てているので安定しており波を受けても動かない。技術的にも比較的やさしい。二つ目がドリルシップで船に櫓(やぐら)を立てる。三つ目のセミサブ型は半潜水型だ。使う時に半分沈めて波の影響を受けにくくする。中国で建造中の石油掘削船は全部で61あり、ジャッキアップが47、セミサブ11、ドリルシップ3といった内訳だ。

 日本も昔は米国の会社から支給された図面に基づいて建造しながら勉強することで、自分たちの設計力を養ってきた。日本で米国の石油掘削装置を造り始めたころ、本国から監督者がたくさん来てドサッと図面を出し、「言われた通りに造れ」と言った。米国よりも安く造れるが品質が心配だ、と製造工程を監視していたわけだ。同じような状況が今の中国にあるのだと思う。外国からある程度の図面を持って監督が来て、造らせている段階だと思う。しかし、造っている物自体は非常に先端的な掘削船など、当初に比べたら随分進歩していると思う。数を重ねれば技術はどんどん向上する。監督の数も減り、少ない図面で造れるようになると思う。何にせよ、造り続けているというのが何よりの強みだ。

 海洋石油産業界にはOTC(Offshore Technology Conference)という大きな催しがある。1969年に始まり、論文発表・講演会と、展示会からなる。海洋技術に関する論文もOTCで採択されることは非常に名誉なこととされている。毎年、5月の日本の連休ごろに米テキサス州のヒューストンで開催される。石油産業の盛衰により繁閑を繰り返してきたが、近年にぎやかになっている。今年は10万人くらいが参加したということだ。1970年代後半あたりまでだったろうか、かつては“日本村”と呼ばれる展示区域があった。掘削船をたくさん造って景気が良かったころ、日本の各社が競ってブースを出していたからだ。しかし今は6社程度で、片や中国が“中国村”を作っている。OTCでも、中国が今、掘削用の機器に挑戦していることが分かる。まだ欧米の会社が使った事例は聞かないが、まず国内で造るものには使われていくと思う

動機は国威発揚

 中国を大きく見ると、国家海洋局の存在はやはり大きいように思う。海洋をコントロールする力を一元的に持ち、“国威発揚”だけでも大きなモチベーション(動機付け)となってプロジェクトになっていく。その辺りはわれわれとは少しスタンス(立場)が違う。われわれはいろいろな研究開発や技術開発を進めることによって少しでも先に進みたいと思っている。機器類を作るだけでなく、それらを統合してどうオペレーション(稼動)させるか。海洋調査・観測には時間軸というものも必要である。今の現象だけを見ても事象を真に理解したということにはならない。

 過去に起きたことを振り返りながら現在と比較し、時間軸を入れた四次元的思考とさまざまなツールを使いながら、それらに総合的なネットワークを持たせ、統合し、海洋調査を進めていく。そして、隣国中国の技術動向も見ながらわれわれなりの技術を極めていきたい。

(小岩井忠道)

磯﨑芳男 氏
磯﨑芳男氏(いそざき よしお)

磯﨑芳男(いそざき よしお)氏プロフィール
1950年生まれ。大阪大学大学院工学研究科修了、75年三菱重工業入社。広島造船所、本社船舶・海洋事業本部、長崎造船所勤務を経て2006年海洋研究開発機構 地球深部探査センター技術開発室長。10年4月から現職。

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