ハイライト

中国の環境対策 日本も協力を(染野憲治 氏 / 東京財団研究員)

2015.05.20

染野憲治 氏 / 東京財団研究員

第83回CRCC(科学技術振興機構 中国総合研究交流センター)研究会 講演「中国の環境問題 -現状と課題」(2015年4月9日)から

講演中の染野 憲治 氏
講演中の染野 憲治 氏

 日本の場合、40年、50年という長い時間をかけて、一歩一歩、環境対策に取り組んできた。今まさに中国では環境問題が日本の四大公害(水俣病、第2水俣病、イタイイタイ病、四日市ぜんそく)のころのような社会の共通認識になっている。ここから一気に日本の環境状況に追いつこうとしても、技術や科学的知見は先進国が使ってきたものをそのまま利用することはできるが、解決しなければならない問題が同時多発的に存在している。

 問題の解決には教育や社会倫理、信用がなければうまく回らない。例えば循環型社会をつくるとして廃棄物を分別する時に、その分別した廃棄物がきちんとリサイクルされなければ循環型社会にはなり得ない。日本の場合は法制度もあり、法制度に伴ったソフトロー(権力による強制力は持たないが違反すると経済的、道義的な不利をもたらす規範)もあり、社会には一定程度の信用が出来上がっている。

 確かにPM2.5 事件が起きたことで、中国の人々の環境問題に対する意識は非常に高まった。しかし、例えばもうけるために処理を請け負ったのに裏でそれを捨ててしまうといったことが起き、人を信用できないとなると、環境問題の解決は容易ではないと思う。

 昨年11月の気候変動に関する米中合意の際、中国は二酸化炭素(CO2) のピークアウト(頂点に達し減少に転じる)は2030 年ごろだと言った。つまりエネルギーピークが2030 年までには来ると予測している。

 この2月に国務院発展研究センターの資源環境政策研究所が、環境汚染の分析に関するレポートを出した。レポートの概要を整理すると、大気と水への汚染物質排出量のピークアウトは次の第13次五カ年計画(2016〜2020年)の期間内に来るだろうとしている。2030年より前、2020 年までに大気や水への汚染物質排出はピークアウトするかもしれない、ということだ。しかしピークアウトと環境の改善にはタイムラグが出る。大気と水が良くなるにはあと20 年くらいはかかるし、土壌に関してはそれ以上かかる。実際に環境が改善されるのは2035 年から2040年ごろになるだろう、という。

講演風景
講演風景

 日本のように奇麗になるのは相当先かもしれないが、それでもCO2 やPM2.5 といった大気の問題も2030年くらいには、相当程度、改善されると思う。ただし水の問題はそれほど容易ではない。土壌はさらに深刻だ。中国全土の1%くらいになると見込まれている土壌の重度汚染については、全て奇麗にするとなると想像できないほどのお金がかかる。そうなれば優先的に奇麗にすべき土壌と諦めざるを得ないところを分けて対策を取らざるを得ないし、回復には相当の時間もかかると思う。

 中国の環境問題に対する報道や書物では、PM2.5 が日本にも影響しているといった被害者意識や、「がん村」などの極端な例ばかりが強調され、それが中国の全体像だとする傾向が見受けられる。それにより中国の環境問題について不健全な危機感が形成され、ともすれば攻撃的な発言に終始するということが起きている。日本にも原発事故の収束や気候変動問題などの課題があることには無自覚なままにだ。

 日本は公害を経験した国である。水俣病問題に関する1995年の村山富市首相(当時)談話は、「このような悲惨な公害は、決して再び繰り返されてはならない」との決意とともに、世界の国々に対し、日本の経験や技術を生かして積極的な協力を行うことを約束した。このような日本の責務や品格が忘れられていないだろうか。中国がこれだけ経済的に発展したのに、なぜ、これ以上日本が協力しなければならないのか、という声が聞かれる。しかし、中国の現場にいると欧州連合(EU) や米国、韓国といったところが皆、中国へ来て協力を進めていることが分かる。日本は世界で最も中国に環境協力をしてきた国だ。今1990 年代、2000 年代に積み上げた先人らのレガシー(遺産)がどんどん失われるとともに、さらに輪をかけて両国民の感情も悪化している。中国の留学生は日本ではなく他国へ向かい、日本の留学生は中国には行かない。

 環境問題は人類の問題だ。真面目にやらなければ中国人にとっても日本人にとっても不幸なことになるし、協力により科学的な知見を得られればそれは第三国の人にも役立つ。それを好き嫌いの感情で、窓口を閉ざすというのはいかに愚かなことか。

 具体的には何をすればよいか。客観かつ冷静に日本と中国の問題を分析し、情報を収集、提供し、知的な人材を育てることが大事だと思う。また、トラック2 (政府間でも話し合いがもたれている問題について民間で並行して議論する会合)で交流したり、あるいは個人の人的ネットワークをつくったりすることも大事だと思う。そういう意味では今、中国の方がたくさん日本に観光に来られているのは良いことで、例えばごみが落ちていない日本を見て「どうしてだろう」と考えてもらえれば、中国の社会にも良い影響があるのではないかと期待している。

 中国に今、足りない部分は政策あるいは法制度を施行するためのソフトローやガバナンス(統治)だ。お金があれば、機械や設備は買えるが、買った後にどう使うかが問題。機械や設備を使いこなす人材やシステムを中国が育て、つくりあげるために日本が経験した知見を伝えることもできる。

 日中がきちんと協力して環境対策を進めていくことが一番望ましいことだと思っている。

(小岩井忠道)

東京財団研究員 染野憲治 氏
染野憲治 氏
(そめの けんじ)

染野憲治(そめの けんじ)氏のプロフィール
1991年慶應義塾大学経済学部卒、環境庁入庁。環境省(庁)のほか、厚生省、資源エネルギー庁、在中国日本大使館一等書記官を経て、現在、環境省中国環境情報分析官。桜美林大学非常勤講師。2011年10月から東京財団研究員を兼ねる。

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