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全脳・全身透明化の先に見えてくること(上田泰己 氏 / 東京大学医学系研究科教授、理化学研究所グループディレクター)

2015.03.24

上田泰己 氏 / 東京大学医学系研究科教授、理化学研究所グループディレクター

科学技術振興機構 理事長定例記者説明会(2015年3月11日)から

体内の細胞を見る夢

東京大学医学系研究科教授、理化学研究所グループディレクター 上田泰己 氏
上田泰己 氏

 理化学研究所(理研)の神戸の研究所で2003年から研究してきました。いつかは、頭の中、体の中、まだ見えないものがしっかり見えれば、治らないような病気にアプローチできるのではないか。そんな思いでした。研究を始めたころから、興味を持っている課題は体の中の時間です。マウスもずっと活動を続けて遊び回ったり、えさを食べたりすると、頑張ったという時間を体のどこかに刻んで、巣作りのような行動をして眠っていきます。こういう体に刻むことをしっかり目に見えるようにしたいと思っています。個体レベルの出来事は、それをつかさどる脳や分子を見ていく必要があります。しかし、それは細かすぎて、目に見えないわけです。

 私たちの体は細胞という単位で構成されます。細胞1個1個を観察できれば、さまざまなことがわかってきます。英国のロバート・フックが顕微鏡で細胞を発見してから約350年たっていますが、ヒトやマウスの体の中の細胞を1個1個見た人はまだいません、人類の夢のひとつと言っても差し支えありません。マウスは手に乗るくらい小さく、30 グラムぐらいの重さです。1グラムに約10億個の細胞があると言われています。ですから、マウスの体には300億個の細胞があります。300億個の細胞を1個1個見るのは難しいわけです。重要な臓器の脳にフォーカスしても、マウスの脳は重さ0.5グラムで、5億個ぐらい細胞があります。日本列島の外側から日本人1人1人を見分けるよりも難しいのです。

CUBICで課題解決へ

 細胞1個1個を見るのにつながる技術革新が必要でした。見えないのであれば、透明にすればよい、ということです。私たちが昨年4月に発表したCUBIC(キュービック)という技術です。3次元的に見えるのと、理研の生命システム研究センター(QBiC)から発表したので、こう名付けました。マウスが死んでから、脳を固定化した後に、液につけておくと、ゼリー状に透明になる技術です。これによって、1個1個の細胞が見えるようになりました。透明化の試みは古くから研究されてきました。光は物質の中を進むとき、スピードが決まっています。体の中には、水以外にタンパク質や脂質などが混ざり合っています。光の速度も物質によって違っているので、反射したり散乱したりしてしまい、不透明になります。ただ、脂質や水を抜けば、光はまっすぐ進むだろうと長い間、言われていました。

 いろいろな研究者が臓器の透明化に、有機溶媒などで取り組んできました。理研の宮脇敦史(みやわき あつし)先生らが2011年に、水溶性の尿素を使って透明化する技術を開発されました。理研の今井猛(いまい たけし)先生らがフルクトースを使って透明化することを考え出されました。この方向性は蛍光タンパク質にやさしいという意味で素晴らしいのですが、透明度という観点で有機溶媒などを用いた方法よりもパフォーマンスが落ちるという問題がありました。私たちのラボで、主に3人の研究者が透明化技術に取り組みました。まず九州大学医学部出身の洲崎悦生(すさき えつお)さんです。彼が化学出身の田井中一貴(たいなか かずき)さん、情報科学のフランス人のディミトリ・ペリンさんと協力して、透明度の課題を解決しようとしました。

化学物質スクリーニング

 私は製薬会社の研究所にいた経験があって、ケミカルスクリーニングをしてみようと考えました。難点があって、1つの脳に、1つの化合物を使うと、膨大な数のマウスを犠牲にしないといけません。これは倫理的に許されません。1つの脳で多くの化合物をテストできれば、理想的です。そう考えていたときに、東大医学部から6年生の岸野文昭(きしの ふみあき)さんがインターンとして神戸にやってきて3カ月ほどいました。彼は「まず脳をすりつぶして、懸濁液を作って、これを小分けにして化合物を加えればよい」と提案しました。非常にワイルドなアイデアです。われわれはできないと思っていたら、見事それがうまくいきました。これによってケミカルスクリーニングができるようになりました。

 宮脇敦史先生らが最初に作った3つの組成の化合物をスクリーニングし直して、試してみました。そのうち、尿素も界面活性剤のトリトンも非常によいが、グリセリンはもっとよいものがあるだろうな、となりました。アミノアルコールという1群の化合物が重要だとわかってきました。それで、このアミノアルコールを入れた液を作って、今井猛先生たちがフルクトースで使ったところをショ糖にして、CUBICプロトコルを作り上げました。この液にマウスの脳を10日間つけておくと、透明になります。去年4月に論文で発表しました。すぐ、この技術は世界中で使われて、再現性は十分あります。

マウスの脳を透明化

 透明になると、古くて新しい光シート顕微鏡が使えます。普通の顕微鏡は、光を照射する軸と観察する軸が一致していることが多いのですが、この顕微鏡は直交しています。横から光をシート状に当てて上から観察します。2次元画像を非常に速く捉え、シートの高さを変えることによって、3次元画像を高速に、1時間ぐらいで脳の構造や機能を見ることができるようになってきました。透明化液は、タンパク質にやさしいので、さまざまな蛍光タンパク質も使えます。脳を1細胞解像度でしっかり観察できるようになってきたわけです。

 光が通るようになると思って作ったプロトコルで、光だけでなく、抗体などの物も通るようになりました。それは驚きでした。病理組織を観察するときによく抗体で染め上げます。これが3次元的に行えるようになることが新たにわかってきました。全脳ではまだですが、数ミリのブロックであれば、しっかり染色できます。脳の神経細胞が活動すると光る仕掛けもできます。光を与えると、緑色に染まっている部分は神経が活動している部分になります。マウスが物を見るときに、活動する視覚野の神経細胞もこの方法でわかります。脳の部位には千種類ぐらい名前がついているので、どこが光っているかを解析するのが大変です。そこで、計算機科学を駆使して、コンピューターに判定させるようにしました。マウスの1センチぐらいの脳であれば、詳細に解析できるようになりました。

 ヒトに近い霊長類のマーモセットの脳も透明にできます。ただ、問題があって、マウスより10倍くらい大きいマーモセットの脳を入れられる顕微鏡が世の中にはまだないんです。泣く泣く、私たちはマーモセットの脳を切片にして観察しました。そしたら、アクソンやスパインという神経細胞の細かな構造も見えました。透明化技術の発表はかなり好評で、江戸時代に解体新書を翻訳した杉田玄白先生とともに、私たちのCUBIC技術が日本分子生物学会誌Genes to Cells2014年12月号の表紙に描かれて紹介されました。

個体も丸ごと透明に

 マウスの個体を透明にできれば、理想的です。もうひとつ難点があります。血液の色素が光を吸収してしまいます。肝臓とか、脾臓とか、血液がリッチな組織や臓器はいっぱいあります。そういう部分で、毛細血管の中の血を抜くのは完全にはできません。血の中のヘムという色素が光を吸うので、これをいかに抜くかが課題になります。私たちは偶然、この難点も解決して、最終的には、個体が丸ごと透明のマウスを作り出すことができました。体の外側から骨も透けて見えます。こうなると、全身を1細胞解像度で見ることができます。脳だけでなく、肺や心臓、腎臓なども見ることができます。

 これを実現したのが田井中一貴さんと名古屋大学医学部卒の大学院生の久保田晋平(くぼた しんぺい)さんです。東京大学医学部で隣の飯野正光(いいの まさみつ)教授の研究室に、この透明化液を「使ってみてください」と出していました。いろいろ使い回しを飯野研のメンバーがやっていました。普通はやらないことですが、血液が含まれる肝臓をそのまま、ちゃぽんと入れたら、意外にも、肝臓が透明になったのです。しかも、液がオリーブ色に濁ってきます。何が出ているか、化学出身の田井中さんが興味を持って調べて、血液のヘムが抜けていることを確かめました。しかも、アミノアルコールがヘムを脱色していることを見つけました。血液の問題も解決できそうだとなって、各臓器に応用する道が開けました。すべての臓器で透明になり、全身に応用したところ、生まれたてだけでなく、おとなのマウスも2週間で透明になりました。

体内時計の脳活動性を探る

 この手法で、心臓の線維、1本1本を観察できるようになりました。こうして世界で初めて、マウスの全身と各臓器を透明化する技術ができ、脱色という新しい概念を出せるようになりました。2014年11月の米科学誌セルに発表しました。将来は、大型望遠鏡の性能を飛躍させるために最近使われだした補償光学などの物理や光学の力で壁を乗り越え、透明度をさらに上げたいと思います。異分野融合はますます重要になってくるでしょう。ヒトは大きいので、透明人間でなく、病理サンプルに応用するのが現実的です。

 最後に、ここからの展開を話します。この技術を作り上げた目的は、目に見えない体内時計の時間を見たいということです。いま、1日のさまざまな時間帯のマウスでどんなことが起きているか、比較しています。マウスが眠りがちな時間帯で、脳で何が起きているか、調べています。寝ているときにも海馬の細胞の活動性が上がっているのがわかってきました。こういう観察を重ねると、3次元に組織が見えます。病気も、病理学的に解析することによって診断できるようになります。薬が効く場所を見極める薬理学や細胞学にも役立つと考えています。脳の生理学や病理学の研究者からの問い合わせが多い。われわれも、成果を出せるよう研究に取り組んでいます。これからが楽しみです。

講演する上田泰己東京大学教授
写真1. 講演する上田泰己東京大学教授=3月11日、東京都千代田区五番町の科学技術振興機構別館
透明化試薬処理で生体マウス全脳の透明化
写真2. 透明化試薬処理で生体マウス全脳の透明化
(提供:理化学研究所)
マウス全身の透明化、左が幼児マウス、右は生体マウス
写真3. マウス全身の透明化、左が幼児マウス、右は生体マウス
(提供:理化学研究所)

(ジャーナリスト 小川 明)

東京大学医学系研究科教授、理化学研究所グループディレクター 上田泰己 氏
上田泰己 氏
(うえだ ひろき)

上田泰己(うえだ ひろき)氏のプロフィール
1975年福岡県生まれ。20代からこれほど注目された研究者も珍しい。2000年東京大学医学部卒、03年に27歳の若さで理化学研究所(理研)発生・再生科学総合研究センターチームリーダー、04年に東京大学大学院医学系研究科博士課程修了、医学博士。08年に「細胞を創る」研究会初代会長、11年に理研生命システム研究センターグループディレクター。13年に東京大学大学院医学系研究科教授。15年に日本学術会議若手アカデミー会議の初代代表。体内時計を研究し、大容量生命情報解析でシステム生物学を開拓して、日本イノベーター大賞・優秀賞(04年)、東京テクノフォーラム21・ゴールドメダル(05年)、文部科学大臣賞若手科学者賞(06年)、日本IBM科学賞(09年)、日本学術振興会賞(11年)、塚原仲晃記念賞(12年)などを受賞。

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