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「ナノインプリント技術」の展開(宮内昭浩 氏 / (株)日立製作所 日立研究所 主管研究員)

2013.07.09

宮内昭浩 氏 / (株)日立製作所 日立研究所 主管研究員

バイオミメティクス・市民セミナー「ナノインプリント技術による表面構造の模倣とバイオミメティクス」(2013年6月1日、主催:北海道大学総合博物館 協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会、高分子学会北海道支部)から

(株)日立製作所 日立研究所 主管研究員 宮内昭浩 氏
宮内昭浩 氏

 自然界と人間の“モノづくり”は、どのように違うだろう。その比較考察を、英国・バース大学のJ.F.V.ヴィンセント教授が「100%積み上げ面グラフ」を用いて、『Journal of the Royal Society Interface 2006』に発表している。

 そのグラフでは、X軸にナノメートル(nm*)からキロメートルまで、作るモノの大きさの単位が5段階表示され、Y軸には、モノが形成されるための6要素「情報、エネルギー、時間、空間、構造、元素」の構成比が示されている。生物と人工物では、各サイズにおいてどんな要素が大きな比重を占めているのか、その違いが分かりやすい。「生物のモノづくりは、全般的にDNA情報に負っており、省エネである。人工物では、ミリメートルより小さなものは、エネルギーの占める割合が大きい」ことが顕著に見て取れる。
*ナノは10億分の1。1nmは10億分の1メートル=100万分の1ミリメートル

 例えば半導体は、従来「光リソグラフィ法」や「電子線直接描画法」で製造してきたが、1台数十億円の大型装置や巨大な電力消費がコスト高になっている。しかもLSI(大規模集積回路)の集積密度を増やすために世界でしのぎを削っている中で、より小型の高性能なデバイス(機器)が求められている。そこで、原子レベルで「自己組織化(自己集積化)」を図り、組み立てるというボトムアップ手法の開発が進んできた。そもそも「原子操作(Atomic manipulation)」は、1990年にIBMが走査型トンネル顕微鏡(Scanning Tunneling Microscopy:STM)を使ってキセノン(Xe)原子を動かし、ニッケルの表面に文字を描いたことが発端だ。STMは、原子の観察がしやすい極低温(マイナス268度以下)の温度制御ができる。

 また米国・ハーバード大学のG.M.ホワイトサイズ教授らは、1993年に「マイクロ・コンタクト・プリンティング」を報告している。この技術はソフトリソグラフィの一種で、PDMS(ポリジメチルシロキサン)などで微細構造の凸版を作り、版の凸部にチオール(有機化合物)などを付着させて印刷するものである。

次世代の微細加工技術「ナノインプリント」

 1995年、米国・プリンストン大学のS.Y.チョウ教授らが、ナノ構造の大量複製を可能にする技術「ナノインプリント」を提唱した。金型(モールド、あるいは「スタンパ」とも言う)に超微細な凹凸を刻み、基板の表面に塗布した樹脂材料にプレス加工の要領で転写する仕組みだ。この技術は、米マサチューセッツ工科大学が『Technology Review 2003』で発表した「世界を変える10の新技術(10 emerging technologies that will change the world)」に選ばれている。

 日立製作所は、低コストで簡便なナノ構造の成型加工と量産化を目指して、ナノインプリント装置の開発に取り組んできた。2003年、世界で初めて、直径300mmのシリコンウエハー(半導体基板)上に塗布したポリスチレン薄膜への微細構造の一括転写に成功し、2004年のナノテク大賞を受賞した。

 ナノインプリント技術は、片面だけでなく両面にも複雑な凹凸パターンを形成できる。大別すると熱方式の「熱ナノインプリント」(転写する樹脂の熱可塑性と熱硬化性を利用する)と紫外線方式の「光ナノインプリント」(光硬化樹脂を使い、紫外線を照射する)がある。熱方式は、さまざまな樹脂に広く一括転写が可能だ。紫外線方式は、高精度の加工と単位時間当たりの処理能力の向上が見込まれ、製品化されている。さらに新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの受託研究で、「シートナノインプリント装置」を開発した。

ナノインプリントによる微細加工の応用例

 ・液晶ディスプレイの反射防止膜:ガの眼(モスアイ)は闇のなかで光を反射しない。バイオミメティクス(生体模倣工学)を融合して、このモスアイ構造を広い面積に形成し、製品化した例が報告され始めた。

 ・ナノピラー(nanopillar)プレート:直径および高さがナノスケールの柱状(剣山状、ピラー)の構造体で、細胞の3次元培養を可能にするプレート。日立製作所の微細加工技術が生み出した。東北大学の下村正嗣教授(当時:北海道大学)とマウスの神経細胞をナノピラー上で培養する共同研究を行った。神経細胞の軸索(神経突起)の伸展方向や細胞体の形状は、ナノピラーの構造(直径と間隔)に依存することが分かった。つまり神経細胞の成長の制御につながる。また、ヒト子宮頸がん由来のHeLa細胞の培養を、産業技術総合研究所と共同研究した。

ナノピラーによるラット肝細胞の「スフェロイド」形成

 日立製作所の研究所の3つの技術、「半導体微細加工技術を応用したシリコン金型」「ナノインプリント」「細胞培養」を結集し、ナノピラー細胞培養シートを用いて、ラットの肝細胞の「スフェロイド」(3次元組織体)の培養に成功した。スフェロイドの形成状態は、ナノピラーのレイアウトに応じて変化している。そして従来の培養法による2次元組織よりも、生体肝に近い環境が生じていることが確認できた。

 具体的な特徴を挙げると、「生体の肝臓組織同様に、細胞の骨格を形成するタンパク質のアクチンフィラメントが細胞膜を裏打ちするように局在し、肝細胞の接着に関与している糖タンパク質のカドヘリンも高発現。細胞間接着面に毛細胆管の形成・排泄機能が出現した」。薬剤の代謝は主に肝臓で行われ、胆汁から胆管に排泄される薬剤の場合は肝臓も関与する。身体の中の薬物動態を知る上で意義深い。創薬において、効き目や副作用など薬の候補化合物のスクリーニング(ふるい分け)の効率が上がる。再生医療に向けても3次元化は重要だ。

ナノインプリントの課題と展開

 基礎研究10年を経て製品化に踏み出した今、課題は少なくない。パターンの転写の精度や評価、樹脂材料の粘度、ナノ金型の耐久性、複写に伴う劣化などを解決し、微細な構造と新しい機能の発現を研究して行きたい。

 ナノインプリントを1本の木に例えると、樹脂材料とナノ金型が「根」、ナノインプリント製造装置が「根元」、同プロセス技術が「幹」に当たるだろう。そしてバイオ・ライフサイエンス(免疫分析チップ、肝臓がんの腫瘍マーカー)、IT(光デバイス、ストレージメディア)、環境・エネルギー(燃料電池、太陽電池)などが枝となって成長することが期待される。

(サイエンスレポーター 成田優美)

(株)日立製作所 日立研究所 主管研究員 宮内昭浩 氏
宮内昭浩 氏
(みやうち あきひろ)

宮内昭浩(みやうち あきひろ)氏のプロフィール
1986年東京工業大学物理情報工学修士課程修了。同年㈱日立製作所日立研究所入社。工学博士。95-96年Massachusetts Institute of Technology(MIT)客員研究員。応用物理学会ナノインプリント研究会委員、(財)光産業技術振興協会 光技術動向調査委員、高分子学会バイオミメティクス研究会委員、ISO/TC266(バイオミメティックス)国内審議委員会分科会委員、電子情報通信学会次世代ナノ技術に関する時限研究専門委員会委員、文部科学省元素戦略運営統括会議専門委員、ナノ学会理事。著書は『次世代バイオミメティクス研究の最前線』(共著:シーエムシー出版、『ナノインプリントの開発とデバイス応用』(共著:シーエムシー出版)、『オプト・エレクトロニクス・エネルギー分野における精密加工と微細構造の形成技術』(共著:技術情報協会2013年7月末発刊予定)など。

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