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自然界に学ぶ持続可能なテクノロジーと心豊かな暮らし(石田秀輝 氏 / 東北大学環境科学研究科 教授)

2013.03.25

石田秀輝 氏 / 東北大学環境科学研究科 教授

バイオミメティクス・市民セミナー「ネーチャーテクノロジーと持続可能性社会」(2013年2月2日、主催:北海道大学総合博物館 協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会)から

東北大学環境科学研究科 教授 石田秀輝 氏
石田秀輝 氏

 文明がテクノロジーの集積だとすれば、東日本大震災では、その文明がガラガラと崩れていく音を聞いた。エネルギーの供給と通信や公共交通などのインフラが停止し、自給率100%を超える東北の食糧生産地も潰滅的な被害を受けた。だが、農漁業の被災は余り大きなニュースにならなかった。第一次産業は、日本のGDP(国内総生産)の1.3%にすぎないからだろうか。GDPは金額ベースで計算するから、このような数字になる。けれども、この1.3%は我々の生命をつないでいる。多くの人が、物事をお金というモノサシで見ているということを、この震災で強く思った。

 そんな中にも、子供たちのきらきら光る笑顔があった。その輝きを原点に、もう一度社会のあり方、暮らし方を考え直したい。10年ほど前、企業で技術戦略と環境戦略の両方を担当していたとき、経済と環境の両立がミッションだった。だが達成できなかった。資源とエネルギーの乏しい日本のモノづくりについて自ら問い続け、大学教員になった。バイオミメティクス(生物模倣工学)という分野を知り、答えに通じる扉が少し見えてきた。

いかに人間活動の肥大化を縮小できるか

 日本では、1980年代から「実質GDP*」の上昇が続き、今では物質的な豊かさの頂点にあるかのようだ。しかし2011年の内閣府「幸福度に関する研究会報告」によると、幸福度と生活満足度は、横ばいから下降気味だ。ある大学の調査では、80%を超える学生が将来に不安を抱いているそうだ。求められているのはモノではなくて、時間や知識あるいは新しい価値観ではないか。
* 実質GDP:物価変動の影響を取り除いて算出した国内総生産

 我々の周りには、社会科学的な問題を別として次のリスクがある。「資源・エネルギーの枯渇」「人口の急増」「水・食糧の分配」「生物多様性の劣化」「地球温暖化による気候変動」。これらは人間活動の肥大化によるものだ。そして1つのことに対応した結果、いろいろな問題が起きて、それを解決するために新たな問題が生じることがある。典型的な例は、地球温暖化を軽減するために、硫酸エアロゾルを成層圏に撒くアイデアだ。2011年の第1回気候工学国際会議(米国)で、トップ10に選ばれた。安価で確実に温度を下げる方法だが、まき続けると青い空が赤色になる。「日陰効果」といって、太陽の光が散乱され、地上に届かなくなるのだ。水や食料、気候はどうなるのだろう?

 地球環境問題を考えるとき、人間活動の抑制には2つの視点が欠かせない。1つは地球のことを考えた循環型社会の構築。もう1つは、人間の欲望を満たす暮らしの創案である。人間は一度得た利便性を放棄できない。快適性を知ってしまったら元に戻れない。節水、節電と我慢ばかりでは楽しくない。「生活価値の不可逆性の肯定」が必要だ。

発想を変えてテクノロジーの転換を

 日常生活で、日本人は1日13万キロカロリー、米国人は24万キロカロリーのエネルギーを消費していると言われる。自動車を使うと、仮に体重60キログラムの人のために、重さが平均1.6トンの道具を動かすことになる。多くの日本人は、そういうことをおかしいと分かっているはずだ。我々の調査では、何と日本人の9割が、地球環境に関心をもっている。

 いま、日本のエコテクノロジーは世界の最先端だ。家庭のエネルギー消費の4割を占めるエアコンと冷蔵庫は、特に省エネ技術が進んでいる。エアコンは15年前の6割、冷蔵庫は同2割のエネルギーで運転する。ところが市場にエコ技術が導入されるのが早くなるほど、環境劣化が加速しかねない。いわゆる「エコジレンマ」である。エコ商材が消費の免罪符になり、エアコンやテレビを複数所有する。自動車の走行距離が増え、高速道路1,000円で乗り放題のお墨付きまでついた。エコ技術が環境に貢献するよりも、大きな消費が生まれる。エコテクノロジーは、新旧置き換えの技術であることを再認識しよう。

 今後、厳しい環境制約が予想される中では、“未来の暮らし方を思い描き、いまどうすべきかを判断する”バックキャスト思考が有用だ。反対にフォアキャスト思考は、“生活の価値観を変えずに未来を予測する”ので、環境負荷を減らせない。避難所の子どもたちに「電気を消しなさい」と言うのではなく、「その灯りは要るのかな」と聞いた。バックキャスト思考だ。すると子供たちは「これは要る、要らない」と走り回って、あっという間に1割ほど消えた。

 将来、水資源の不足で毎日の入浴が不可能になったら、どうすればよいだろう。大抵は「入浴回数を減らす」「身体を拭くだけ」「川で水浴び」などと考える。自然から発想を得て、泡を使ったお風呂ができた*。泡は熱を運び、汚れを取り、汚れは表面張力で泡にくっついて元に戻らない。必要な水は3リットル、車椅子のまま入ると5-6リットルほどだ。これなら毎日入浴すればいい。物質文明から、生きることを楽しむ生命文明に転換を図る技術、僕はそれを「ネーチャーテクノロジー」と呼んでいる。

* LIXIL(リクシル)グループのフォーム・スパ(製品名 Sphiano)

未来のライフスタイルは

 以上を踏まえて、我々は2030年のライフスタイルを1,500個描いた。そのうち150個における社会受容性について、20-60歳の1,000人に調査した。判断する根拠の上位は「利便性22.1%」「楽しみ20.7%」だった。バイオミメティクスは自然をベースにしているので、「自然19.9%」に少し安心した。「自分を成長させたい」「清潔感」「社会と一体になりたい」が続いていることも嬉しかった。この結果から潜在意識を引き出せたら、汎用できるかもしれない。

 実は、高齢者が言った「便利になったけど、今の人たちは可哀想だね。昔の方が楽しかったね」を聞いて、「90歳ヒアリング 失われつつある物事」という調査を始めた。現代はインターネットやゲームの楽しみがある。でも、僕たちが分からない自然や楽しみの姿が、見えてくるのではないか。いま国内12カ所、海外2カ所で、200人以上の人たちにヒアリングをしている。2011年1月の東北地方の60人の答えから70のキーワードを選び、5つのカテゴリーに分けた。素適な言葉が沢山ある(以下、抜粋編集)。

  1. 自然との関わり:地域住民のよりどころの(神社・祭り)。自然のサインを読む。
  2. 人との関わり:家族内の思いやり。家長、高齢者、子供に役割がある。
  3. 暮らしのかたち:使い切る、代々直して使う。手入れ(庭、道具、衣服)。
  4. 仕事のかたち:専門店化、職人。量り売り。勤勉。小さな商い。
  5. 生と死への関わり:自然、先祖を敬う。ハレとケ(非日常と日常)が明確。お金に換算しない価値。

日本人の自然観とテクノロジー

 英国の産業革命は、自然との決別を原理に、テクノロジーが物欲を煽(あお)る方向に行き、大量生産・大量消費につながった。日本では古来、八百万(やおよろず)の神に対する信仰があり、仏教の普及につれて「山川草木国土悉皆成仏(さんせんそうもくこくどしっかいじょうぶつ)」=自然や大地のあらゆるものに仏様が宿っている=と考えられて来た。それで「神仏習合」「神仏和合」が生まれた。このような自然観の下で、江戸時代中期にテクノロジーの庶民化が進んだ。例えば、「弓曳(ひ)き童子」のような精巧なカラクリ人形が、見世物小屋で、手に汗握る遊びごととして価値を持った。全国277藩の一藩一品のカタログ販売が行われた。これらは一種の産業革命と言えないだろうか。

 江戸末期から明治の初期にかけて滞在した多くの外国人は、「日本人はどんなに貧しい人も、生活用品に芸術品を使っている」と日記に書いている。まさに心が通うモノづくりから、大事に使う「もったいない」という想いが生まれる。また、壊れた陶器に「金継ぎ」を施す日本独特の手法は、修理することで新たな美を生みだす。このような伝統が、やがて70年代の日本の工業を支えたのだと思う。

自然を探究する新たな「モノづくり観」

 昔はみそや醤油を切らすと、お隣と「貸し借り」をした。それがコミュニケーションツールになった。今風だと、1キロワット程度のポータブル2次電池の「貸し借り」はいかがだろう。充電する太陽光パネルも、普通の屋根についている太陽光パネルの4、5分の1の大きさで十分だ。電気を貯めながら使い、不足分は電力会社から買う。1日に平均1日10.7キロワット・アワーの電気を使う家庭で実証実験をした。たった1キロワット・アワーの電池をうまく使うことで、消費が半分になった。電池も太陽光パネルもあるのに、適したシステムが無い。企業は新しい価値観を作り、ふさわしいテクノロジーを市場に投入することが大事だ。

 トンボの翅(はね)の構造を模倣して、とても効率の良い小型風力発電機も作った。トンボは昆虫の中で最も低速で滑空する。つまり、ほんの少しの風でも浮力が生まれる。翅の表面のギザギザ部分に小さな空気の渦が発生し、ベルトコンベアに乗せるように風を後に運ぶ。この原理を生かして、風力発電機に「コルゲート翼」という凸凹の翅を持たせた。何と、風速が毎秒20センチメートルで回り始め、毎秒80センチメートルの風で発電できた。昆虫は一匹一匹が未知のテクノロジーを持っている宝物だ。

 この種の発電機は、力の大きさではなくて時間で稼ぐイメージだ。数ワット程度だから不要の携帯電話の電池に貯めるわけで、子供たちが電気のありがたみを感覚的に分かるようになれば、省エネに反映するだろう。ただ当面、バイオミメティクスは研究から実用化、製品化に相当なエネルギーを要する。国民の価値判断の底上げを図り、中立的なデイスカッションがなされるべきだ。

 自然そのものも“癒し効果”を持つ。例えば、新宿や渋谷の交差点の騒音は約70デシベル(dB)くらいで、30分もいるとイライラしてくる。一方ジャングルは、もっと周波数が高い80デシベルでもリラックスする。ジャングル含まれる人間の可聴域を超えた高周波が基幹脳を活性化するので、安らぐのだそうだ。「ハイパーソニックエフェクト」というもので、身体全体で高周波の音を吸収し、肌で聞いていることも証明されている。尺八やチェンバロなどの音色にも高周波が含まれている。

 新しい暮らしの形を提案しながら、自然界の素晴らしい力をバイオミメティクスで発展させていく。そういうモノづくりを、日本から世界に発信したい。

(SciencePortal特派員 成田優美)

東北大学環境科学研究科 教授 石田秀輝 氏
石田秀輝 氏
(いしだ ひでき)

石田秀輝(いしだ ひでき)氏のプロフィール
1953年生まれ、岡山県出身。1978年伊奈製陶株式会社(現 株式会社INAX) 入社、同社技術統括部空間デザイン研究所所長、同社取締役・研究開発センターセンター長および環境戦略部部長などを経て、2004年6月 同社技術顧問、同年9月から現職。10年7月国際エネルギー資源戦略立案環境リーダー育成拠点教授(兼任)。工学博士。中国の同済大学客員教授、米国セラミックス学会フェロー、ものつくり生命文明機構理事、アースウォッチジャパン理事、ネーチャーテック研究会代表など。受賞歴は、米国セラミックス学会のブルナウエル賞など。著書は『自然に学ぶ! ネイチャー・テクノロジー』(Gakken Mook)、『自然に学ぶ粋なテクノロジー』(化学同人)、『地球が教える奇跡の技術』(祥伝社)など、分担執筆含め34冊。

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