平成22年度市民公開・農学特別講演会:農学の連携(2010年11月26日、北海道大学大学院農学研究院など主催)講演「My Hokudai's Dream」から
26年前、私は日本の文部省(当時)の奨学生として北海道大学に留学しました。恥ずかしがりで自信のなかった女の子が、どのように前向きな女性に変わったのでしょうか。この3カ月間考えてみました。やはり教育のおかげだったと思います。
私が子どものころは、インドネシアのどこでも反日運動がありました。でも両国の交流が活発に続き、2008年は日本インドネシア友好年(国交樹立50周年)でした。信じられないほど状況が違っています。いろいろな奨学金が増え、たくさんの留学生が来日しています。インドネシア政府にも奨学金で日本に留学できるプログラムができました。
日本に留学経験のあるインドネシア人には幾つかの特徴があります。まず「勤勉さ」。バリバリ仕事ができることがよく知られています。インドネシアの大学などで、夜遅くまで電気がついている部屋の主はほとんどそうです。次に「高い研究能力」。プロポーザルでもトップにいて目立っています。そして「リーダーシップ」です。例えばボゴール農科大学の学長や副学長がおります。私が学生のとき、偉い方々はほとんど米国の留学経験者でした。
この10月、オバマ米大統領のインドネシア訪問では教育交流のことを話されています。教育でさまざまな良いつながりができる、と。米国も同じように考えているわけですね。
北海道大学は本当にサイエンスだけでなく、複合的な能力を養ってくれました。最初のきっかけは農学部の教授だった水谷純也先生にお会いしたからです。周りは北海道の寒さを心配しましたし、私は不安になって何度も冷蔵室に出入りする練習をしました。教育と全く関係のない家庭に育ち、現在のポジションは予想もしませんでした。
私の専門は農芸化学と食品化学、バイオインフォマティクスです。インドネシア原産の植物、中でも黒紫色になる果実、ジャンボランに注目しています。初めの目的は抗酸化作用の解明でした。アントシアニンやポリフェノールが含まれていますが、あらゆる成分を調べ、これまで伝統的に良いと言われてきたことについて、科学的なアプローチを通してその有用性を検討しています。フレーバーを備えた、健康に良い飲み物の実験も行っています。面白いことに糖尿病にも機能性があるのではないかと研究しています。
日本は技術が進んでいて、研究設備や機械が充実しています。私たちは帰国してその違いに気づくのですが、勉強をしながら不十分なところを補って行かざるをえません。熱帯固有の天然資源を国際的な良いものにするにはどうするか。私ひとりの力では難しく、農業の方々に価値や情報を伝えて、分かってもらうようにしています。
この20年間、北海道大学で無事に博士課程を終え、海外で研究員や教員を経験しました。教えることは、自分を成長させてくれます。サイエンスにおいて他の方々と同等にやっていけるという感じを持てました。研究者として論文発表を心がけ、パテントも複数取りました。現在は専門分野のほかに教育関係に取り組み、国内の科学誌の査読や研究計画の審査もしています。日本、特に北海道大学で学んだ日々がこのような活動の土台になっています。
それに人間として大切なことを日本で教わりました。日本の方々は、「正直で、心から相手を思いやる」感じがします。「Gaman Tsuyoi」です。「我慢」という言葉はどんなときでも使え、本当に力をもっています。多分日本特有のものではないでしょうか。仕事に研究に「passionate」であること、人生をささげるという生き方も忘れられません。
留学生にとって周りの環境と人間関係は一番重要です。日本では皆さんあまり英語をしゃべりません。来る前に英語圏じゃないところに行って将来役に立つのかという声がありました。でも私は日本語を覚えたので、日本人の普段の姿に接することができたのです。皆さんの温かい心は、雪なんか気にならなくて、今まで私のエネルギーになってくれました。先生方との交流もずうっと続いています。とても感謝しています。
北海道大学の国際交流のプログラム、HUSTEP(注1)では、農学以外でもインドネシアの大学と交流できます。2011年の秋にはIFES-GCOE(注2)の一環で、インドネシアでサマースクール(注3)が開催されます。どうぞ参加してください。またインドネシアには、エルム会という北海道大学卒業生の会があります。
いま私はインドネシアの若い人が農業に興味を持つように努力しています。希望者に農村実習をしてもらっています。参加者は多くて、農業を通して気持ちを分かちあう様子が見られます。よいことです。サイエンスの人材育成に日本のフィロソフィ、「WA 和」の精神をプラスすると、もっと効果的ではないかと思っています。
バイオ燃料が盛んになると皆が農業に目を向けますけれど、なぜか農業には貧しい、難しい、仕事ばかりというイメージができていました。生活スタイルが変わってきて、若者に人気があるのはITやビジネスです。農業はカッコ良くて素晴らしいとイメージしなければ。バイオロジーはインドネシアで大きな可能性を持っています。経済的な力をきちんと示すことも必要です。
この秋、米国やカナダなど17カ国から農学専攻の学生がインドネシアに集まり、ボゴール農科大学ほか数カ所で交流しました。残念ながら日本代表はいませんでした。
農業は人類が生きるためになくてはならないものです。持続可能な食糧生産をして自然環境に親しむことも楽しみです。芽が出て世話をする、愛情をかけると応えてくれる喜びがあります。
私は松下幸之助さんの「素直な心になるために」という言葉がとても好きです。ほかの人たちとうまくコラボレーションしていくには、理解しあって心と心を結んで…。それが私の姿勢です。
これからも日本と北海道大学とインドネシアを結ぶ気持ちで、一生懸命やっていきます。
Let's Make a Better World !
(SciencePortal特派員 成田優美)
注)
- 北海道大学短期プログラム(Hokkaido University Short-Term Program)同大学と大学間交流協定を結んでいる国々から毎年20人の大学3年生を1年間受け入れ、日本語、日本文化のほかに専門分野の科目の授業を英語で行う。1997年度以来毎年実施。
- 北海道大学グローバルCOE「統合フィールド環境科学の教育研究拠点形成」
- 2011年 海外フィールドサマースクール in インドネシア参加者募集
ハニー・C・ウィジャヤ(C. Hanny Wijaya)氏のプロフィール
1990年北海道大学農学研究科博士課程修了後、ウィスコシン大学、クヴェルトリンブルク(独)植物分析研究所客員研究員、シンガポール国立大客員教授、インドネシアの国内の大学非常勤講師を歴任、2000年から現職。農学博士。役職はインドネシア香料協会会長ほか多数。2008年度インドネシアイノベーターを受賞。