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証拠と記録重視のトータルアーカイブへ(古賀 崇 氏 / 国立情報学研究所 情報社会相関研究系 助教)

2008.09.01

古賀 崇 氏 / 国立情報学研究所 情報社会相関研究系 助教

市民講座「未来へつながる情報学」(2008年8月25日、国立情報学研究所 主催)講演から

国立情報学研究所 情報社会相関研究系 助教 古賀 崇 氏
古賀 崇 氏

 年金記録問題の教訓は3点くらいにまとめられる。一つは、個人の権利にかかわることがあまりにもぞんざいに扱われていた、ということだ。氏名や住所などの記録の入力には誤りがあるという前提に立って行われなければならないのに、誤りをどう改善するかという活動が全くなされていなかった。つまり、データが入力しっぱなしで、本当に正確なものかどうか、定期的に検証するということが全くなされていなかったのが年金記録問題の第一の教訓といえる。

 次に、記録システムの整備や移行の問題がある。特に過去のコンピュータシステムを新しいシステムに移し替える際に、問題が生じ得るかどうか、また実際に生じたかという問題が全く整理されていなかった。

 さらにずさんな記録管理を許す組織ガバナンスの問題が指摘できる。社会保険庁や社会保険事務所をめぐるさまざまな問題だ。

 個人の権利をめぐる問題は年金だけではない。一つは薬害の問題がある。厚生省における記録が放置されていたかどうかに加え、カルテが各病院に残されているかどうか、が問題になる。もし残されていないと被害者の救済がなされないことになるからだ。さらに海外の場合を見ると、独裁体制下での抑圧の記録が解放後に公開され、解放後の名誉回復・補償の根拠になっているという状況がある。最近、カナダで行われた国際会議に行って聞いた話だが、東欧諸国で共産党のアーカイブが公開されており、だれが党や政府の命令に逆らって逮捕されたかといった記録を現在、見ることができる。それによって親族の足跡をたどり名誉回復が図られるといったことも起きている。

 こうしたことから、組織や個人の活動あるいは過程の記録を長期間にわたって保存する「現用記録」の管理と、アーカイブの管理を一体のものとしてとらえる、つまり記録が作成された時点から将来のアーカイブとしての保存を組織的に行っていこうというのが世界的な傾向となりつつある。それは機関アーカイブのありかたとしてそうなっているということでもあり、記録作成時点から記録の取り扱いについての介入をアーカイブとして行っていく、ということでもある。

 さらに言えば記録の作成・管理に対する監査体制をしかりやっていこうというのがニュージーランドやカナダの公文書管理の動向となっている。その背景には記録の電子化、内部統制、訴訟への対応といったものがある。

 一方、一つひとつのものを記録することが、監視につながるのではないかという問題も指摘されている。「いやいやながら記録をつくる」あるいは「都合の悪い証拠になりそうなものは残したくない」。記録を作成する側の人間に、あるいは組織の中の文化としてそうした傾向を招いてしまうのではないかという懸念も見られるようになっている。

 さらに、記録というのは、「人間の幅広い経験が反映されるものだ」という考えが米国のアーカイブ関係者にあるが、証拠として記録を残す傾向が強まる中で、果たして人間の幅広い経験が本当に反映されるのかどうか、という疑念の声も聞かれるようになっている。証拠を重視するアーカイブの下では、人々あるいは個人の記憶を伝えるための「収集アーカイブ」の役割は小さくなってしまうのではないか。本来なら、政府の記録、組織の記録である「機関アーカイブ」と個人の記録である「収集アーカイブ」の両方がともに発展していく必要があるのではないか。こうした考えに基づく解決策として「機関アーカイブ」と「収集アーカイブ」を包含し、「証拠」と「記憶」の両立を目指す「トータルアーカイブ」という考え方がカナダで提起されている。実際にこうした考え方に基づいた活動が行われている。

 ここでは組織と個人のやりとりを記した記録に注目し、ある出来事が組織の側、個人の側の双方でどうとらえられたかを重視する。「組織として記録を残さなければならない」と「組織あるいは個人として生きた証を残したい」という要請をいかにうまく両立させるかが今後の課題になると考えている。

 注釈

  • (注) 講演の映像と当日の質問に対する回答は、国立情報学研究所ホームページ市民講座 サイトに後日、掲載される予定。
    過去の講演の映像も同じサイトで。
国立情報学研究所 情報社会相関研究系 助教 古賀 崇 氏
古賀 崇 氏
(こが たかし)

古賀 崇(こが たかし)氏のプロフィール
1974年福岡県柳川市生まれ。96年東京大学法学部卒、同大学院教育研究科、米シラキューズ大学情報学大学院で図書館情報学を学ぶ。2004年国立情報学研究所助手、07年から現職、総合研究大学院助教兼務。専門分野は政府情報論、記録管理学、図書館情報学、情報法・情報政策学。

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