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オランウータンは生物多様性の象徴(鈴木 晃 氏 / オランウータンと熱帯雨林の会 理事長)

2008.06.27

鈴木 晃 氏 / オランウータンと熱帯雨林の会 理事長

オランウータンと熱帯雨林の会設立記念講演会 (2008年6月14日)講演から

オランウータンと熱帯雨林の会 理事長 鈴木 晃 氏
鈴木 晃 氏

 オランウータンは、ボルネオ島とスマトラ島のみに住む大型類人猿です。彼らの住む熱帯雨林は、近年過剰伐採によって、その面積を極度に減じて問題となっております。オランウータンの生活する森は、その中でも、海抜300メートル以下の低地熱帯雨林に限られていて、今その森はこのままでは地球上から永遠に姿を消してしまう運命になっています。ランドサットに映るボルネオ島の緑のほとんどは山地林であって、オランウータンの暮らす低地熱帯雨林の本当の姿を知る人は少ないのです。

 赤道直下の森林は、地球の大気・海流の循環の上からも、その原点となる場所で、地球環境問題の上から見ても、その要になる場所です。日本にとっても、一言で言うならば、熱帯の森の在り方は日本への台風の来訪にも大きく影響していると考えられるのです。オランウータンこそは、そのような森に生存する生物種群の生物多様性の温存の上からも象徴となるキー・スペーシス(種)であって、「アジアの隣人」として、もっと私たちは尊敬していかなければならない動物なのです。そのような生き物の住み場所である熱帯雨林を残していくことが、今こそ必要なのです。

見直されなくてはならないオランウータンの素顔

 森の中に広く分散して生活しているかに見えるオランウータンの社会を、かつては「単独生活者」であり、「非社会的」だと形容した研究者もいました。しかし、私が長いこと森の中で継続的に観察してきた結果、分かってきた彼らの姿は、それとは全く違ったものと今では理解されています。彼らは広い森の中を遠くまで歩き、互いに顔見知りの関係で、顔見知りを軸として、深い仲間関係を維持しているということが分かってきたのです。

 中でも6-7年間周期でめぐってくる母親の交尾・出産・授乳・育児の状景は、長いアフリカでの野生チンパンジーの観察で得た私の眼から見て、その母-子の関係は特異なものでした。一頭の母親は生涯に5-6頭のコドモを出産すると考えられますが、次のコドモを出産する前後にコドモは自立して母親から遠去かります。時々やってきては、しばらく行動を共にします。その際の母-子の行動のやりとりは機微に満ちていて、胸を打つものがあります。

 母-子のやりとりのうち、最も私の心をゆさぶるのは、毎日、樹から樹に渡り移る中で、コドモの手が隣の枝に届かない時の、母親の見せる行動です。私はそれをブリッジ行動と呼びますが、そこには深い思いやりが感じられます。ある時、母親のブリッジでささえていた枝が折れ、母親が下に落ちて再びその枝に上ってくるまで、コドモのとった行動は、母親のささえていた枝を、何とコドモが代わって手にして待っていたのでした。彼らの行動の以心伝心によるコミュニケーションは、ヒトの教育と呼ぶ行為の不自然さに比べて、奥の深いものが感じられるのでした。

 オランウータンの生活は、食物ひとつとってみても、そのような日常の親子関係の中で築かれた文化によって成り立っていると言えます。そのことを知らないヒトによる、オランウータン孤児のリハビリテーションによる野生復帰事業では、いくら予算をそこに投入しても、多くの孤児を死に追いやるだけで無意味であることを講演で私はうったえました。

新しい国際支援活動の形態を目指して

 私が観察してきたクタイ国立公園は、1930年代からインドネシアで保護地に指定されてきた古い保護林の2個所のうちのひとつで、赤道直下の森で残っていた有数の低地熱帯雨林でした。ここは同時に、原油・石炭・液化ガスなどの地下エネルギー資源の宝庫でもありました。1960-70年代の森林開発に続いてこの地を襲ったのは、それら資源の開発計画による近年の急激な人口増加が、この熱帯林の持続を困難にさせているという新しい事態でした。

 これら地下エネルギー資源は、過去20年余り、日本の電力・都市ガス供給の一部を潤わせてきたものでした。森林の乱開発、二度に及ぶ森林の大火災の渦中で、15年に及ぶ石炭の露天掘りの振動と騒音を聞きながら研究生活と活動を続けてきた私は、この熱帯雨林の消失を目前にして今、国際的な協力と支援、技術援助の急務を訴えて、「オランウータンと熱帯雨林の会」を設立いたしました。

 資源利用国の需要は、資源供給国の外貨獲得への熱をあおり、現地の自然の回復力を不能に陥れる力を持っています。有限の地球にあって、環境を維持していくためには、透徹した視点に立った策を必要としています。私の長年の調査をささえ、今も森林のパトロールを続けている現地の元焼畑耕作民であった村人は、私の研究拠点であるキャンプ・カカップを建立し、森林の復活を願っています。森に何の樹を植え、何の樹なら育つかを知っているのは彼らです。彼らと共に私は今、広範な事業計画を構想しています。日本の幅広い各層の個人・企業がこの構想に賛同され、入会してくださることを期してこの講演をいたしました。

 私の話を聞いた多くの方からは、これまでの新聞やテレビのニュースなどで知らされなかった多くのことを知ったとの感想がもたらされています。

(文責:鈴木 晃)

 オランウータンと熱帯雨林の会設立趣意書
入会申し込みは、「オランウータンと熱帯雨林の会」事務局
(〒162-0065 東京都新宿区住吉町2-18 ウイン四ツ谷707、電話:03-5363-0170、ファクス:03-3353-8521

オランウータンと熱帯雨林の会 理事長 鈴木 晃 氏
鈴木 晃 氏
(すずき あきら)

鈴木 晃(すずき あきら)氏プロフィール
千葉県生まれ。京都大学大学院理学研究科修了。理学博士。京都大学霊長類研究所助手を経て、1983年からインドネシア・カリマンタン(ボルネオ)島のクタイ国立公園で野生のオランウータンの研究を続ける。長年にわたる研究活動の実績が認められ、93年には研究活動の拠点「キャンプ・カカップ」が現地に建設された。同年、「日本・インドネシア・オランウータン保護調査委員会」を両国の研究者らによって組織し、日本側代表に。引き続き現地住民らとも協力して森林保護活動や日本国内での啓発普及活動に取り組んでいる。著書に「夕陽を見つめるチンパンジー」(丸善ライブラリー)「オランウータンの不思議社会」(岩波ジュニア新書)など。

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