ハイライト

超電導で地球規模の電力網(北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長)

2008.05.30

北澤宏一 氏 / 科学技術振興機構 理事長

信濃毎日新聞 2008年5月26日朝刊「科学面」から転載

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏

 私の研究分野である超電導で、どうしても実現したいことがある。それは超電導電力ケーブルを使って地球を東西・南北に鉢巻きにすることだ。そうすれば人類が太陽光発電や風力発電など自然エネルギーによって生きていける時代が来る。すでに技術的に可能なのだが、後は量産技術を整えつつコストダウンを図ること、そして多くの人々がこの技術に投資しようという機運が高まる必要がある。

 超電導は電気抵抗が完全にゼロという魔法のような性質を有する。地球の裏側まで電力を届けても、電力損失がない。

 太陽電池や風力発電は石油や石炭を必要としないし、放射性の廃棄物も出さない。その半面、太陽が照っているとき、風が吹いているときしか発電できないという弱点がある。人が電力を使いたい時間は風や太陽の都合とは無関係だ。このため、電力を貯蔵できるようにしなければならないのだが、電力は貯蔵するときと再発電する時に損失が発生してしまう。このことが、自然エネルギー利用が進まないゆえんだ。

 これに対して、超電導で地球の裏側まで電力が届けられ、各国の電力網と連係できたらどうなるだろう。日本が夜なら地球の反対側は昼間である。風は地球上のどこかでは吹いている。電力需要も昼夜や季節によって大きく変動する。そこで、地球上のあらゆるところの発電と消費とをすべて融通することができれば、昼夜もなくなり、夏冬もなくなる。

 けれども、最近まで超電導グローバル電力網は夢のまた夢だった。その理由は超電導が極低温にならないと起こらなかったためである。そして1986年に発見された高温起電導線には実用レベルの大電流を通すことがなかなかできなかったからである。2005年、関西のある電線メーカーによって、1本の超電導線あたり200アンペア超の電流を通せる製造技術が開発された。20年間、たゆまぬ努力を続けてきた技術者たちの功績といえよう。

 この電線を何本もよリ合わせてケーブルができる。このケーブル1本で大型発電所1基分(100万キロワット)の電力を送れる計画だ。超電導送電では電磁波の漏れがない。自然の山や村の景観を損ねることなく、送電線の地中埋設もできる。

 50キロごとに配置される冷凍機で空気から液体窒素が作られ、超電導ケーブルの内側に流される。液体窒素製造循環技術の進歩も著しいものがあった。

 間もなく、日本で実際の電力供給経路に組み込んだ世界最長の超電導ケーブル送電が開始される。これが世界に伸びていけば、人類が自然エネルギーを本格的に活用できる時代がくる。地球温暖化防止への人類の挑戦を支える主要技術になると私は信じている。

科学技術振興機構 理事長 北澤宏一 氏
北澤宏一 氏
(きたざわ こういち)

北澤宏一(きたざわ こういち)氏のプロフィール
1943年長野県飯山市生まれ。東京大学理学部卒、同大学院修士課程修了、米マサチューセッツ工科大学博士課程修了。東京大学工学部教授、科学技術振興機構理事などを経て2007年10月から現職。日本学術会議会員。専門分野は物理化学、固体物理、材料科学、磁気科学、超電導工学。特に高温超電導セラミックスの研究で国際的に知られ、80年代後半、高温超伝導フィーバーの火付け役を果たす。著書に「科学技術者のみた日本・経済の夢」など。

ページトップへ