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大学にとってのソリューション研究(伊賀健一 氏 / 東京工業大学 学長、東京工業大学統合研究院 院長)

2008.01.18

伊賀健一 氏 / 東京工業大学 学長、東京工業大学統合研究院 院長

東京工業大学 統合研究院 広報誌「そりゅーしょん通信第8号」巻頭言から転載

東京工業大学 学長、東京工業大学統合研究院 院長 伊賀健一 氏
伊賀健一 氏

 文部科学省の科学技術振興調整費による統合研究院プログラムが始まったとき、私は日本学術振興会で理事をしており、大学の外にいた。統合研究院の開設記念会(2005年10月)が経団連会館で行われ、その中でソリューション研究のことを聞いたのであった。挨拶の中で、「企業では、問題があるからソリューション研究をやる。しかしここでは、問題がないのにソリューション研究をやるらしい」という話があった。しかし私は、この「大学におけるソリューション研究」にさほど違和感を抱かなかった。そもそも、私の研究手法はソリューション研究ではなかったかと思えたのである。

 まず、面発光レーザ。1977年に発案したが、面発光レーザへの要求や産業界に問題があったわけではなかった。しかし自分としては強いニーズを感じていた。将来ニーズとでも呼んでおこう。それは、単一波長で発振し、LSI(大規模集積回路)のようにモノリシックに製造できなければならない、というものであった。これを学会で発表したとき、アイデアは面白いが、ものになるとはとても思えないと言われたものだ。1979-80年に滞在したベル研究所でも、研究者の見方はほぼ同じだった。私が考えついた動機として、半導体レーザを作るに際しての条件を設定し、ありとあらゆる手だてを持って実現への解決(ソリューション)を目指したのであった。現在では、ギガビットイーサネットの光源、レーザプリンタ、コンピュータのマウス(約7億個)など、予想外の応用も広がっている。

 次に1979年に考えついた平板マイクロレンズ。表面は平坦なのにレンズ作用を持つ。ガラス基板にイオンを小さい平板上のマスクにあけた穴から拡散させ、1mm以下の小さなレンズ(マイクロレンズと名付けた)を提案した。学会でも、「先生、そんな小さなレンズをいっぱい作ってどうするんですか?」などと質問を受けた。光通信などに使うレンズも、一度に大量に作ることができるモノリシック製法が必ず必要になると問題を設定したのである。

 ここでも予想外のことが起こった。10年以上経ってから、共同で研究していた日本板硝子(株)とシャープ(株)が協力して液晶プロジェクタに展開し、プロジェクタ高輝度化のきっかけとなったのである。この製法は価格の点で競争に勝てず他の製造法に取って代わられたのだが、将来ニーズを考えた大学でのソリューション研究が違う方向へと発展したと言えよう。

 さて、大学では新しい息吹を学生に伝え、社会の人々から期待される研究を行わねばならない。特に東工大の研究は並々ならぬ破壊性をも秘めた緊張感が必要だ。もともと東工大はuniversityではなくinstituteを名乗っている。その思想はMIT(Massachusetts Institute of Technology)にあるようで、研究大学としての東工大のよいお手本だ。

 ところで、2007年10月に私は米国にいて、National Science Boardが提唱する「Transformable Research」のレポートを見ることができた。破壊的(disruptive)であり、かつ成果(outcome)を期待するという。このことは、東工大の工系が行ってきた研究手法からすると当たり前のことで、“破壊的展開研究”と訳してみた。ただ、全面的に賛成できないのは、発見と理解の学術である基礎科学を歪めてしまわないかという危惧を抱くからだ。東工大全体として基礎科学を担当している研究者にあっては、堂々と“すばらしい発見、 新しい理解”を目指して欲しい。 評価委員会の時にご質問を受けた際、このことを申し上げた。

 小柴昌俊さんがノーベル賞受賞に際してのインタビューで、ニュートリノ研究は何の役に立つのかの問いに、「皆さんが期待しているような範囲では何の役にも立ちません」と平然と答えたが、明解だった。また、社会を安定にかつ安全に保つ学術については必ずしも「Transformable Research」はなじまない。しかし、産業的な展開が有る無しに拘わらず、問題を設定してソリューションを模索するのもよい。「これが出来たらどんなにすばらしいか」というイメージを持つことが肝要だ。

東京工業大学 学長、東京工業大学統合研究院 院長 伊賀健一 氏
伊賀健一 氏
(いが けんいち)

伊賀健一(いが けんいち)氏のプロフィール
1940年広島県生まれ、63年東京工業大学理工学部卒、68年同大学大学院理工学研究科電気工学専攻博士課程修了、工学博士、84年同大学教授、95年同大学精密工学研究所長、2001年日本学術振興会理事、07年10月から現職。専門は光エレクトロニクス。面発光レーザを発明

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