社会技術シンポジウム「高度情報社会の脆弱性の解明と解決」(2008年1月8日、日本学術会議、科学技術振興機構 主催)基調講演から
IT革命は何をもたらしたか、を考える場合、コンビニこそ流通におけるIT革命のシンボルといえる。阪神淡路と新潟の地震で、コンビニの役割が明確になった。米国と日本のコンビニは全く異なる。米国のコンビニは乾き物しか置いていない。ナマものを置いている日本のコンビニは、5〜6時間で商品を回転させる情報ネットがなければ成り立たない。IT革命の成果と言える。
このようにネットワーク情報技術が社会に浸透していることの意義は大きいという前提で、ネガティブな面があることも指摘したい。
米国を考えてみる。1980年代末、米国衰亡論がもっぱらだったのに90年代には、よみがえる米国と言われた。これはIT革命によるもので、IT革命は何かと言えば、私は「米国の軍事技術の民生転換」と考える。中央制御の大型コンピュータで情報化社会をリードしていくという方針を転換、分散系、開放系に情報技術の進化が向かったということでもある。アーパネット(編集者注:ARPANET=米国防総省高等研究計画局(DARPA)が開発した全米規模のコンピュータネットワーク)が、1993年に民生ネットワークとリンクし、アーパネットの民生転換が図られた。背景に冷戦の終了があり、冷戦の終焉がいかにIT革命と関連しているかということでもある。オープン化をキーワードにしているが、囲い込みとブラックボックス化という面があり、話は単純ではない。
21世紀に入って7年間の世界潮流を見るとき、重要な3つの数字を挙げたい。世界経済の年平均実質成長率は、3.5%である。しかし、世界貿易の年平均実質伸び率は、7%と倍になっている。さらに世界株式市場時価総額年平均伸び率は14%で、この3つの数字が倍々で大きくなっていることに注目してほしい。IT革命が実体経済の倍のスピードで物流経済を伸ばし、さらに産業の金融化も招いて「実体経済」「物流経済」「金融経済」という経済の3層構造ができているということだ。石油価格は1999年から2007年の間に4倍以上高騰した。中国が消費を増やしているから、という人がいるが、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)の需要はそれほど高まってはいないし、供給量、生産量とも落ち込んでいない。オンライン取引が肥大化することによって、エネルギー価格を決めるシステムが激変したのが原因だ。デリバティブという仕組みによるマネーゲームの結果として石油価格の高騰が起きている。
1990年代、米クリントン政権は軍事費を3分の1削減した。80年代、米国の理工系学生の7割は軍事産業に就職していた。軍事費削減でこれら優秀な理工系学生はどこに吸収されたか? 金融界に吸収されたことで、こうした流れが加速されたといえる。ITがFT(ファイナンステクノロジー)と結合した。金融が一番ITを取り込んだわけだ。金融というのはずっと産業金融という形をとっていたのが、金融活動に伴うリスクをマネジメントすることで利益につなげるデリバティブといったものが出てきた。バーチャル経済が急速に広がったのもIT革命による。
今、われわれを悩ましているサブプライムローンも、住宅ブームを長引かせるために、本来、金を貸せない人に貸す仕組みを考え出したわけだ。金融界に進んだ理工系出身者たちによる悪魔の知恵が、さらにリスクを分散するための証券化、という方法まで考え出した。こうした金融工学を支えた人々が世界のシステムを不安定にし、資本主義があざとい資本主義に向かっている。
マサチューセッツ工科大学が開発したバーコードの登場は、文字が読めない人、計算ができない人でも流通の現場で働けるようにした。IT革命が、労働を平準化して、余人を持って代えられない人がいなくてもできるようにした。非正規の雇用が増えているのはそのためだ。アウトソーシングができるというのは、企業にとってはだれがやっても同じということにほかならない。そのうち、商品をかごに入れて店を出るだけで料金が引き落とされ、商品のバーコードをかざすだけといったレジの仕事、時給1,000円といった仕事すらなくなるような時代が、IT技術の進化の中でやって来るのは間違いない。
IT技術に携わる人たちもこのような問題意識を共有し、IT革命がもたらしたインパクトに正面から向き合わなければならない時代に来ている。
寺島実郎(てらしま じつろう)氏のプロフィール
1973年早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了、91年米国三井物産ワシントン事務所長、99年株式会社三井物産戦略研究所所長、2001年財団法人日本総合研究所会長。06年から三井物産常務執行役員、早稲田大学アジア太平洋研究センター客員教授も。文部科学省中央教育審議会委員、国立大学法人評価委員会委員など数多くの委員も兼務。