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アンチエイジグ(抗加齢)で視聴覚障害の克服を(坪田一男 氏 / 慶應義塾大学 医学部 教授)

2007.09.04

坪田一男 氏 / 慶應義塾大学 医学部 教授

市民公開講座「見るよろこび、聞くよろこび -AVD(注)の克服に向けて-」(2007年8月21日、日本学術会議・臨床医学委員会感覚器分科会 主催)講演から

慶應義塾大学 医学部 教授 坪田一男 氏
坪田一男 氏

 約50年前に誕生した漫画のサザエさんは何歳に見えるか? 30歳くらいと思う人が多いのではないか。実は24歳だ。サザエさんの父親、波平さんは57歳、母親、フネさんは52歳という設定である。1950年当時の日本人の平均寿命は男58.0歳、女61.5歳。波平さんもあと1年で平均寿命に達する年齢だから、髪の毛が1本しかないように描かれていても、おかしくないということだろう。2004年の平均寿命は男78.64歳、女85.59歳。時代が変わったということがよく分かる。平均寿命だけでなく、最大寿命も延びている。

 英国の科学誌「ネイチャー」に載った論文(Nature 435:811-813, 2005)で、社会が加齢していく(すなわち平均年齢が上がっていく)時に、これからどのくらい生きることができるのかを指標にした方がいいという議論がされている。これはいってみれば飲んでしまったワインより、残っているワインがどのくらいあるかをいつも指標にした方がいいという考え方だ。ただこの計算方法は複雑なので、簡単にしてしまえば、男なら自分の年齢に0.74、女なら0.72をかけてみるといい。余命から考えて今自分がいる位置を考えると、現在であれば、年齢に0.74あるいは0.72をかけたくらいが適当だろう、という考え方だ。いまの60歳は昔の42歳くらいということになる。

 線虫を用いた実験では、一つの遺伝子に傷を付けただけで、寿命が2倍になり、しかもその線虫は動きもよく皮膚のつやもよし、余分な脂肪もつかなくなったという報告が有名だ。さらに近年では、線虫のふたつの遺伝子への関与で、寿命が8倍に延びたという報告が世界を震撼させた。人で言えば、800歳ということになる。

 これらの研究を背景に、加齢は一つの生物学的なプロセスととらえられ、人類はすでにアンチエイジング(抗加齢)をして寿命を長くしてきたのだから、積極的に抗加齢に取り組んでもよいのでは、という考え方が出てきた。

 では、加齢という生物学的プロセスへ介入する方法にはどのようなものがあるだろう。科学的実証が出はじめているものとして、一つは酸化ストレスの制御、もう一つはカロリー制御がある。これらは哺乳類における実験、あるいはヒトの臨床においてもこれを裏付けるデータが出始めており、多かれ少なかれ正しいであろうと考えられている。ほかにも仮説は諸説あるが、この2つ以外はまだ裏づけに乏しいといえる。

 酸化ストレス仮説は、油類やたんぱく質など、例えばマヨネーズも時間をおくと酸化して変色、変質し、見るからに新鮮でなくなる。肉も時間がたてば色が変わり変質していく。人の油や細胞も同様で、酸化することが加齢につながるという考え方だ。酸化ストレスを増加させるものとして活性酸素が知られているが、われわれはSODと呼ばれる活性酸素を除去する酵素を持っている。この抗酸化酵素の機能を向上させることで、酸化ストレスを軽減することが期待される。この酸化を防ぐ物質、すなわち、果実や野菜などに含まれるビタミンやミネラル、カロテノイドやポリフェノール類などの抗酸化物質の積極的摂取が有効と考えられる。そのほか、抗酸化物質を栄養補助食品で補充したり、適度な運動、禁煙、さらにはストレスを減らすために “ごきげんに生きる”といったこともよいだろう。

 お酒に関しては、アルコール分解酵素は活性酸素を除去する効果も持っていることから、アルコールも適度であれば、酸化ストレス軽減に役立つと考えられている。酸化物質の除去という観点から水分を多めに摂取して、体内の不要な老廃物や汚染物質を積極的に排出するということも有効と考えられる。

 もう一つの、カロリー制御だが、動物実験では約7割程度の総カロリー摂取で育てると寿命が1.5倍から2倍に増えるという研究結果が出ている。食べ過ぎない、特に日本においては、糖尿病予防の点から炭水化物を控えることも有効と考えられる。近年話題となっているメタボリックシンドロームは、加齢そのものだということができる。

 まとめると、加齢のメカニズムには、酸化ストレスとカロリー制御が関係しているという仮説が注目されている。これらの仮説にのっとり、視覚や聴覚という感覚器障害、つまり視覚や聴覚などの感覚器の加齢的変化も、全身の老化という生物学的メカニズムに介入することから、より積極的な予防や健康維持が可能になりつつあると考えられる。

注)AVD:
Audio Visual Disorder、視聴覚を中心とする感覚器傷害。視聴覚を中心とする情報交換にかかわる能力の低下は、特にIT社会の進展に伴って、本人だけでなくその周囲にますます大きな不利益をもたらしている。しかし、その予防や治療さらには感覚器障害者との共生に関する関心は欧米に比べ非常に低いといわれている。

慶應義塾大学 医学部 教授 坪田一男 氏
坪田一男 氏
(つぼた かずお)

坪田一男(つぼた かずお)氏プロフィール
1955年東京生まれ、80年慶應義塾大学医学部卒業、87年米ハーバード大学角膜クリニカルフェローシップ修了、88年国立栃木病院眼科医長、89年慶應義塾大学より医学博士授与、90年東京歯科大学眼科助教授、98年同教授、2004年から現職。南青山アイクリニック手術顧問。近視をレーザー手術で治すレーシックという治療や、再生医療を導入した角膜移植などの眼科医としての業績に加え、01年、日本抗加齢医学研究会として発足した日本抗加齢医学会の中心メンバーで、現在は副理事。学会誌「アンチ・エイジング医学」の編集長も務める。『老けるな!脳と体を若返らせる68の方法』(幻冬社)など著書多数。

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