マネジメントの世界で、戦略論というのが非常に重要になっている。戦略というのは既存の資源を徹底的に活用することも重要だが、本当に企業間に差が出るのは「未来を作る」ことではないだろうか。今様に言えばイノベーションであるということになろうかと思う。未来創造の要となるのは、知の総合力を発揮するリーダーシップであり、その根幹にあるのが、知識の知恵化を支援するフロネシスという概念だ。
フロネシスとは何かだが、このコンセプトは最初にアリストテレスが提唱したものだ。賢慮、実践的知恵、実践合理性などと翻訳されている。
アリストテレスによれば、知には3つある。一つは科学的知識「エピステーメ」、ものづくりのノウハウ「テクネ」、そしてこの両者を統合する「フロネシス」。倫理の思慮分別をもって最適な判断行為をする実践的な知恵のことだ。絶えず動いているその都度の状況や文脈の中で最善の判断と行動を起こす能力といえる。知識一般ではなく、経験の反復を積み上げながら、こういう状況ではこれであると判断できる能力が、実践的な知恵になるわけだ。本当に企業間で差が出るのは、知識を磨き磨いて知恵にまで高めている組織ではないかと思っている。
では、フロネシスを持つフロネティック・リーダーシップ、つまり賢慮型リーダーシップとはどのような能力だろうか。
第1には、グッドエクセレントというか卓越した善い目的を作る能力だ。何が善いことなのかの倫理観を持って、個別の状況の中で判断できる能力である。
2番目は場作りがうまいということ。知は人間と人間の社会的な相互作用の中でしか生み出せないので、その根底を支えるのは、ケア、愛、信頼、安心などの感情の知。最近これをソーシャル・キャピタルという。この社会関係資本を築けなければ、知の創造は難しい。
3番目は、生きた現場の個別、具体的な現象の背後にある本質を直感する能力である。
4番目は、この現場の直感を普遍化する能力。つまり個人の直感を言葉にして組織全体に共有させながら真理にしていくということだ。
5番目は、コンセプトを実現すること。さまざまな葛藤にぶつかるわけだから、場合によってはマキャベリ的というか、あらゆる手段を情熱と蛮勇をもって使わなければならない。徹底的、必死のコミュニケーションが必要になるので、人間に対する深い洞察力、人間研究というものが根底になければならない。
最後は、賢慮を育成する能力、つまり1から5番まで挙げた賢慮の能力を組織全体にいかに共有、ないし埋めことができるかということ。これが最大の問題だ。
この賢慮を育成するためには、よりよく生きるとはどういうことかを深く考えさせる教養が非常に重要になるのではないか。アメリカ型のビジネススクールがやった最大の問題点は、ハウツー中心でホワットやホワイを問う教養を軽視したことで、最近大きな反省点の一つになっている。
もう一つは、高質の至高経験というか、さまざまな挑戦的な経験を組織の中でどう意図的に組み込めるかということになる。このときに重要になるのは、伝統的には徒弟制度だ。非常に質の高い暗黙知というのは生き方や立ち居振る舞いの問題だから、親方との共体験から入ることになる。そういう意味では賢慮型リーダーというのは、「美徳をもった職人」と言えるだろう。
野中郁次郎(のなか いくじろう)氏プロフィール
1935年東京生まれ、58年早稲田大学政治経済学部卒、富士電機入社、72年米国カリフォルニア大学バークレー校経営大学院Ph.D.、78年南山大学経営学部教授、79年防衛大学教授、82年一橋大学産業経営研究所教授、97年北陸先端科学技術大学院大学教授・知識科学研究科長、2000年一橋大学大学院企業戦略研究科教授、2006年から現職、「イノベーションの本質」など著書多数。
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