インタビュー

第2回「不思議な準結晶の魅力」(蔡 安邦 氏 / 東北大学多元物質科学研究所 教授)

2011.11.08

蔡 安邦 氏 / 東北大学多元物質科学研究所 教授

「第3の固体『準結晶』の謎解きをした男」

蔡 安邦 氏

2011年のノーベル化学賞にイスラエルの化学者、ダニエル・シェヒトマン博士(70)の受賞が決まった。「結晶」「アモルファス」に次ぐ第3の固体である「準結晶」を発見し、物質科学の教科書を書き換えた。準結晶の発見は当時の固体物理学の常識に反し、あまりにも衝撃的だったことから、にわかには認められず論争が長く続いた。東北大学の蔡 安邦教授(52)が、安定な準結晶を系統的に数多く作成し、共同研究者が構造解析することでこの大発見を支えた。発見に対する謎解きの功績ともいえよう。受賞理由の発表文には、蔡さんらの論文が5編も引用されており、受賞に大きく貢献した証となっている。共同受賞に値する成果との声も強い。この受賞で一躍知名度が高まった準結晶の不思議な魅力や、研究への情熱、エピソードなどを聞いた。

―準結晶の魅力とは、どんなものでしょうか。

なんといってもその形の美しさです。大学院生時代に、電子顕微鏡をのぞいてこの美しさに見ほれ、時間を忘れることがしばしばありました。普通の結晶にはあり得ない“異端”の五角形が混じっていることが、神秘的な美しさを醸し出しているのかもしれませんね。われわれが解明できたのは合金系の3グループのうちの1つです。他のグループの謎はまだ解明されていませんので、研究面での魅力は十分にありそうです。

―では、そろそろ準結晶の説明をお願いします。

教科書では、「固体」の状態として、食塩のように原子や分子が規則正しく並んだ「結晶」と、ガラスのように配列がバラバラで秩序のない「アモルファス(非晶質)」の2種類が紹介されています。このうち結晶とは、(1)原子が構造単位となる図形(並進対称性)を構成し、かつ(2)この図形が周期的に繰り返される(周期性)ものと定められています。平たく言えば、ある基本形が繰り返されて、秩序を持っているものなのです。

図1.結晶を構成する対称性、周期性のある図形
図1.結晶を構成する対称性、周期性のある図形


図1は、正方形や正三角形、正六角形の基本形を敷き詰めたもので、同じ基本形が繰り返されて、隙間なく平面を覆い尽くすことができます。結晶は原子レベルでみるとこのように組み立てられています。この周期性は昔から信じられてきた基本的なパターンでした。

ところがこの常識を破る物質をイスラエル人のシェヒトマン博士が発見しました。休暇を利用して米国標準局(NBS)=当時、現・米国立標準技術研究所(NIST)=で研究していた1982年4月8日のことです。液体のアルミ・マンガン合金を急冷したあと透過電子顕微鏡で回折パターンを観察したところ、シャープな点の像が得られ、結晶でもアモルファスでもない特異なパターンを見つけたのです。それは、五角形を含む第3の物質で、「周期性はないが、原子が秩序をもって並ぶ」という珍しい固体でした。

図2.正五角形の配列では、隙間ができて平面を埋め尽くせない。
図2.正五角形の配列では、隙間ができて平面を埋め尽くせない。

五角形の構造単位だけでは図2のように隙間のある構造になってしまうため、五角形の対称性を示す構造はあり得ないとされていた。そのためこの発見は誰にも信じてもらえず、周囲からも冷たくあしらわれ、最初に投稿した論文は認めてもらえませんでした。

発見の第一報は、84年11月の物理学論文誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に掲載され、世界中にセンセーションを巻き起こしました。しかし急冷法で作製された準結晶には多くの欠陥が含まれていて、“結晶と欠陥との混合”という従来の物質概念でも説明できることから、すぐに新物質として認められたわけではありませんでした。

―そこで蔡さんが登場しますね。

僕は東北大の博士課程の学生で、84年の論文を読んで関心を持ち、同じ液体合金の急冷で準結晶を作っていました。87年には、アルミ・銅・鉄の3種類の元素からなる急冷合金にも、粒が大きくてきれいな準結晶ができたことに気付き、「急冷しなくても準結晶が形成されるのではないか」と思い立ったのです。ダメもとでやってみたところ、見事に安定な準結晶を発見したのです。その後、一連の安定な準結晶の発見を経て、2000年11月にはカドミウムとイッテルビウム(希土類)の2種類の元素の準結晶も発見しました。

元素が少ない方がシンプルですから、構造や物性の解明は飛躍的に進みました。これまでに基本となる十数個の安定な準結晶が、さらに派生的なものまで含めると百個以上の準結晶ができましたが、大半がわれわれのチームで作製したものです。こうした積み重ねによって準結晶が広く認知され、国際結晶連合が1992年に結晶の定義を変更し、ようやく準結晶にも市民権が与えられるようになりました。

―準結晶の特徴をまとめるとどうなりますか。

まずは電気抵抗が大きいことと、硬度が高いことです。電気抵抗は一般的な金属の100倍から1,000倍も高く、しかも金属とは逆に低温ほど高くなる特徴があります。外から力を受けても、準結晶はきわめて変形しにくく、アルミ合金系の準結晶はジュラルミンなどよりはるかに硬い物質です。また熱伝導率もセラミックス並に低く、摩擦係数もテフロン並に小さいのが特徴です。

熱が伝わりにくく、摩擦も少ないことからフライパンのコーティングなどに応用されましたが、重量が重く、高価になるためあまり普及はしなかったようです。

―将来どんなものに応用されるか、夢を思い描いたことがありますか。

残念ながら、これだというものはありません。われわれは理詰めに考え、一歩一歩着実に研究を進めることだけを考えております。地味なようですが、準結晶が実用化される日が来るとすれば、これが一番の近道だと考えています。

(科学ジャーナリスト 浅羽雅晴)

(続く)

蔡 安邦 氏
(さい あんぽう)
蔡 安邦 氏
(さい あんぽう)

蔡 安邦(さい あんぽう) 氏のプロフィール
1958年、台湾生まれ。台北工科専門学校卒。現地の日系企業に就職した後、85年秋田大学鉱山学部卒、90年東北大学金属材料研究所博士課程修了、工学博士。同研究所助手、同助教授、科学技術庁金属材料技術研究所主任研究官を経て、2004年から現職。専門は金属物性学。日本IBM科学賞(第8回)、準結晶国際会議・第1回ジェイム・マリア・デュボア賞、本多フロンティア賞(第5回)、日本金属学会奨励賞、功績賞などを受賞、仏ロレーヌ工科大名誉博士号も受けた。

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