インタビュー

第1回「日本の伝統美生かした設計」(澄川喜一 氏 / 東京スカイツリーデザイン監修者、元東京芸術大学 学長)

2011.02.10

澄川喜一 氏 / 東京スカイツリーデザイン監修者、元東京芸術大学 学長

「ものづくり国のシンボル- 東京スカイツリーの魅力とは」

澄川喜一 氏
澄川喜一 氏

高さ634メートルという世界一の電波塔、東京スカイツリーの建設が着々と進んでいる。設計・監理を日建設計、施工を大林組というタワーや高層ビル建築で十分な実績を持つ企業が担う一方、名高い彫刻家で元東京芸術大学学長の澄川喜一 氏がデザイン監修者としてかかわっていることが注目される。監修を任された理由や東京スカイツリーに込められた造形的魅力は何かを澄川喜一 氏に聞いた。

―634メートルという巨大タワーと彫刻家である先生の関係が最初、やや意外な感がして驚きましたが。

彫刻家がこのようなプロジェクトに参加したというのは、初めてでしょうね。日建設計というのは東京タワーをはじめ、国内の主なタワーの多くを手がけている世界一の設計事務所です。私は彫刻家として、いろいろな関係から大きな野外の作品を手伝うことが幾つかありました。東京湾のアクアラインに高さ90メートルの換気塔「風の塔」というのがありますが、あれも私のデザインです。60メートルの深さにあるトンネルの空気を抜く施設ですが、せっかくご指名いただいたのに、ただ煙突を造ったんじゃあ面白くありません。大型船がたくさん通るところですから、船から見てすぐ自分の位置が分かる目印になり、さらに海の中という環境にもあった形にしたい。そう考え、船の帆をイメージするようなあの形にしたわけです。

私は、彫刻家として「そりのある形」をテーマにして作品をたくさん作っています。これも世界から注目されるタワーのデザインに通じるところがあるという理由で、監修をしてくれないか、となったのだと思います。デジタル放送のための塔ですが、「ただ高いだけでは面白くない」とお引き受けした時に言いました。ビルも同じですが、環境造形というシンボリックなものは魅力がないと駄目です。魅力とは何か。「不思議さ」です。魅力の中身は8割方、不思議さだと思いますね。

建設中の東京スカイツリーに大勢のカメラマンが写真を撮りに来ます。皆、よい撮影ポイントがどこか探すわけですが、結局、ぐるりと一回りしてしまい「アレッ」という顔をします。塔が傾いて見えるところが何カ所もあり、左右対称に見えるところは3点しかありません。一番よい撮影場所はどこか、と探しているうちに、一回りしてまた元の場所に戻ってきてしまうわけです。どうして、そのような形になっているかというと、「そり」を取り入れているからです。まっすぐというのも美しいのですが、日本刀のようにわずかにそった形というものは、厳しさが出てまた美しいのです。そりが大きすぎると青竜刀のようになってしまい、これはまたちょっと違いますが(笑い)。

この「そり」に加え、「起(む)くり」という形も取り入れています。ギリシャ建築の柱は途中で膨らんでいますね。日本でも京都や奈良の大きなお寺の柱を見ると、非常に温かい感じがします。これもわざと途中ちょっと膨らませているからです。それを「起(む)くり」と言います。日本の木造建築の代表的な屋根である切妻にも「起くり破風」といって、屋根がまっすぐではなく膨らんでいる形があります。この形の屋根は、町並みを非常に暖かい感じにするわけです。

東京スカイツリーには「そり」と「起くり」の両方が取り入れてあるのです。なぜ、そうなったかといいますと、底部はカメラの3脚のように3角形をしているのに、上に行くに従って徐々に円形になる形にしているからです。最初から正方形や円ならどこから見ても左右対称ですが、そうならないところが面白いのです。正三角形でスタートして高くなるに従って丸にしていく、平面で言うと正三角形の上に円を重ねていく。こうした造形は、彫刻家はよく知っています。

―足元が正三角形というのは、そういう面白い形を出すためにそうしたのでしょうか。

というより、敷地が東京タワーのように広くとれないという制約があったからです。狭いところに東京タワーの倍近い高さのものを造らなければなりません。東京タワーが一辺約100メートル近い正方形の敷地の上に、4本足で踏ん張っているのに対し、東京スカイツリーは三角形の1辺が約70メートルしかないのです。それで倍近い高さの塔を支えるわけですから当然、さまざまな工夫を凝らさないといけません。まず東京タワーはパリのエッフェル塔などと同じ板材を使っていますが、こちらはより強度が大きいパイプです。足元の一番太いパイプは直径2メートル30センチもあります。厚さ10センチという板材をプレスして徐々に丸めていくのですが、これ日本独自の技術ではないでしょうかね。さらにパイプとパイプはリベットでとめるのではなく、溶接です。こちらの方が強度が出ますから。

私が最初にパッと思ったことは、シンプル・イズ・ビューティフルでした。エッフェル塔は、橋の設計者であるエッフェルが設計し、トラスという橋の構造を取り入れたものです。造られたときは電波を出すという役目もありませんでしたから、まさに環境造形として頑丈に造られています。東京タワーはエッフェル塔に比べたら構造がスカスカで、軽量に造られています。それでエッフェル塔より高いのですからまさに日本人の知恵の賜物だと思います。東京スカイツリーはもっとシンプルになっています。さらにすらっとして、美しい形になっているでしょう?

―シンプル・イズ・ビューティフルという考え方には、何か特別な理由でもあったのでしょうか。

法隆寺の五重塔というのがありますね。クレーンもコンピュータもない時に造られています。ボルトで締めたり、かすがいをぶち込んだりもしていません。30メートルを超す高さのものが狭いところに建っています。1,300年もの間、地震や台風でも倒れていません。制震や免震と今では呼ぶような仕組みを備えた建物を7世紀に造っているわけです。日本人が日本に日本の技術と知恵で世界一高い電波タワーを造るなら、まさに日本のシンボルになるようなものでないと。そう考えた時に浮かんだのが、五重塔でした。

(続く)

澄川喜一 氏
(すみかわ きいち)
澄川喜一 氏
(すみかわ きいち)

澄川喜一(すみかわ きいち) 氏のプロフィール
島根県生まれ。山口県立岩国工業高校機械科卒。1956年東京芸術大学彫刻科卒、58年東京芸術大学専攻科修了、同大学彫刻科副手、61年彫刻家として独立し、作品を数々の展覧会に出品。67年彫刻科講師として東京芸術大学に戻る。助教授、教授、美術学部長を経て95年学長。2003年同名誉教授。08年文化功労者に。日本芸術院会員。島根県芸術文化センター長、石見美術館館長、横浜市芸術文化振興財団理事長、山口県文化振興財団理事長も。そりを生かした木彫作品で注目され、御影石やステンレスなどの野外彫刻、さらに大きな環境造形作品と表現法は幅広く、注目される作品も数多い。代表作は、環境造形「風の塔」(東京湾アクアライン浮島人口島)、同「カッターフェイス」(東京湾アクアライン海ほたる)、野外彫刻「鷺舞の譜」(山口県庁前庭)、同「光庭」(三井住友海上火災保険ビル)同「そりのあるかたち」(札幌芸術の森野外美術館)、木彫「翔」(京都迎賓館)、同「そりのあるかたち02」(日本芸術院)、御影石彫「安芸の翼」(広島市現代美術館)、同「TO THE SKY」(岐阜県民ふれあい会館)、金属彫「光る風」(JR釧路駅)、同「TO THE SKY」(国立科学博物館)など多数。

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