サイエンスポータル SciencePortal

コラム - インタビュー -

第3回「産業界にも目利きが必要」

東京大学 理事・副学長 前田正史 氏

掲載日:2009年11月2日

「イノベーションの議論を超えて」

2006年3月に閣議決定された第3期科学技術基本計画で「イノベーション創出」が大々的に打ち出されて3年半たつ。目に見える成果があったか、はっきりしない。それぞれ都合よく解釈、使用されているだけで、本質はさっぱり理解されていない、という厳しい声も聞かれる。そんな折、「Beyond Innovation『イノベーションの議論』を超えて」(丸善)という本が出版された。イノベーション論議に何がどう不足していたのか、編著者である前田正史・東京大学理事・副学長に聞いた。

- たくさんのイノベーションの集積の上に今のわれわれがいるとしますと、過去の経験に学んでいないのは、大学などよりむしろ産業界ということになりませんか。

前田正史 氏

前田正史 氏

 

科学と技術は相当、進んでいますし、ライフサイエンスに対する理解、物質の構造に対する理解もこの20年間、大幅に進んでいます。全く新しい解釈と製造技術があるはずなんですが、そこがそうはなっていません。

学問として進んでいるのに、産業人が十分理解できる形で発信されていないように思います。例えば生命のありようを見れば、われわれが小学校で習った生物学と今のライフサイエンスとは全く違いますね。それを産業界の経営幹部が知っているでしょうか。この分野を勉強しなければ当然知りませんよね。幹部の多くはわれわれの同じ年代だから、自分が習った生物学しか知りません。カエルの足が再生するかしないか程度のことしか知らないわけです。今やイモリの目玉を全く別のところにつくる。今の発生生物学がそこまでできるようになっていることに気づいていない人が多いと思います。

大きなイノベーションをやるためには、やはり産業の実施者がそういうパースペクティブを持ってもらえるような仕組みが必要です。そうでないなら持っている人間を重用しないと駄目だと思うんですね。

前に話したように、学者はのろい(遅い)のです。だから、緻密で正確ではあるが、のろい学者を待っているだけでは産業界は追いつかないわけですね。のろいけれど、結構一流の人がいるんです。だから、のろい学者をスキャンすればいいものが見つかる。言わせてもらえば産業側が怠慢なんです。アカデミアの発信が少ない、と言うのはその通りです。われわれはのろいんですから、目端の利く人がきちんと見ればいいと思います。日本は、そういうところにあまりお金を使っていないのではないでしょうか。

- ファンディング機関が研究費を付けるときに目利きの存在が決定的な役割を果たすということは聞きますが、産業界にもそんな人がいないといけない、ということですか。

私も幾つか会社と共同研究をさせてもらいましたし、今でもやっていますが、大学というのは彼らにとっては常に競争相手なんです。仲間だなんて思っていないですね。なぜか。われわれが相手にするところは非常に大きな会社です。大きい会社は必ず研究所を持っています。研究所でできないことを大学に頼むということになりますね。仮に大学が非常にいい成果を挙げたとすると、その研究所にとってはあまりうれしくないことなんです。自分たちのレゾンデートル(存在理由)が危うくなるからです。

これはひがみかもしれませんが、大学がいい仕事をやっていてもなかなか取り上げようとはしませんでした。パートナーとして一緒にやっていこうとは思わないようでした。君たちの働きが足りないから向こうに先を越されたんだ、と役員から言われるだけですから。

ただし、企業の研究者も気の毒です。十分な情報を大学に開示する許可をもらえないわけですから。まさに、間接話法。技術担当副社長あたりと直接話さない限り、せいぜい「数十万円の奨学給付金をあげるから何か情報でもください」くらいで終わってしまいます。本当の産学連携なんてできないのです。生駒俊明さん(現・キヤノン副社長)は、それで1994年に東京大学生産技術研究所から、産業界に出てしまったのです。日本テキサス・インスツルメンツ社長になったのですが思い通りではなかったようです。「社長は人員の合理化が主な仕事になっている。経営者というのはつらい仕事だ」と言ってました。

(続く)
( 第1回 | 第2回 | 第3回 | 第4回 | 第5回 )

前田正史 氏
前田正史 氏
(まえだ まさふみ)

前田正史 (まえだ まさふみ)氏のプロフィール
1976年東京大学工学部卆、81年同大学院工学研究科博士課程修了。東京大学生産技術研究所教授、同総長補佐、生産技術研究所サステイナブル材料国際開発センター長、評価支援室長、生産技術研究所長、総長特任補佐などを経て、2009 年4 月から現職。専門は循環材料学・材料プロセッシング。1998年半導体シリコンの精製のために、ベンチャービジネス 株式会社アイアイエスマテリアルを創立、資本金7 億円で生産活動を行っている。主な著書に、『大学の自律と自立』(日本化学会編)、『「ベンチャー起業論」講義』(丸善)、『金属材料活用事典』(共著、丸善)、『金属事典』(前田正史編集、産業調査会事典出版センター)。工学博士。

ページトップへ