ハイライト

研究に行き止まりはない(國武豊喜 氏 / 2015年京都賞受賞者、北九州産業学術推進機構 理事長)

2015.12.02

國武豊喜 氏 / 2015年京都賞受賞者、北九州産業学術推進機構 理事長

稲盛財団主催第31回京都賞記念講演会(2015年11月11日)受賞記念講演から

 私は、子供のころは研究者になろうなどとは考えもしなかった。精神的、体力的にも成長が遅い方で、背の高さで並ばされるといつも最前列か、2番目。ずっと友達が大人に見えていた。将来、何になろうということも考えず高校3年になり、大学進学で選択を迫られた時、父が勧めたのが薬学部だった。近所にあったような薬局の店主のように堅実な道を歩ませたいと考えたらしい。しかし、気が進まず、妥協の産物として九州大学工学部の化学科に進むことにした。工学部に向けての勉強をしていたわけでもなく、むしろ物理、数学は苦手。あわてて物理の勉強を始めるという悲惨な状況だったが、九州大学の工学部に進むことができた。

 研究の面白さを知ったのは、大学に入ってからだ。一生続けたいと考えるようになり、今日に至っている。人生分からないものだ。子供の時から将来を決めることはない、と人に言っている。

写真.京都賞受賞記念講演中の國武豊喜 氏(稲盛財団提供)
写真.京都賞受賞記念講演中の國武豊喜 氏(稲盛財団提供)

幅広く勉強することの意義

 当時の大学は完全な徒弟制度で、システマティックな教育法ではなかった。しかし恩師の秋吉三郎(あきよし さぶろう)教授は、新しい考えを持っていた。大学院生に幅広い研究をさせ、幅広い経験を積ませる。そのような米国型の大学院にしようとしていた。私は、できるだけ早く社会に出て、家族を養おうと思っていたのだが、1960年に日本企業の奨学金も得て、フルブライト留学生として米国のペンシルベニア大学大学院の博士課程に進学することができた。ここを2年半で修了し、カリフォルニア工科大学に博士研究員として移る。こうした米国での経験で、幅広く勉強することを知った。

 64年に九州大学工学部合成化学科の助教授として戻り、新しいタイプの大学院教育を推進する立場になる。米国でうまくいっているから日本でも同様というわけにはいかないが、議論を重視する九州大学工学部合成化学科の教育法は今でも続いている。

 研究分野は、カリフォルニア工科大学でやっていた酵素の研究に関連し、かつ新しい可能性があるテーマは何かを考え、バイオミメティクス(生物模倣)を選んだ。生物の素晴らしい機能を参考に、技術開発や性能向上に役立てるという分野である。生物と人工の材料をどう結びつけるかが、私の研究の出発点になった。

 当時、細胞を囲む膜は、複雑なリン皮質からなる構造をしていると考えられていた。簡単な構造の膜を作れないか考え、単純な化合物を作って膜ができることを確かめた。以後、数百に及ぶ関連物質を作り、二分子膜形成化合物の設計指針を確立した。この研究のポイントとなった自己組織化は、非常に広い概念だ。例えば竜巻は、空気の流れが組織化されたもの。植物の葉にある葉脈もある種の自己組織化といえる。自己組織化という広い概念を材料の世界に持ち込むことの意義が最近、広く理解されるようになった。自己組織化を利用して新しい材料をつくり、新しい機能を生み出す。こうした新しい研究分野の出発点で、私たちの研究も役に立っている。

写真.第31回京都賞記念講演会(稲盛財団提供)
写真.第31回京都賞記念講演会(稲盛財団提供)

山登りとミステリーに似た面白さ

 なぜ、研究を飽きもせず続けられたのか、を若い人たちに伝えたい。何でも一つの関心を持って掘り下げると、掘り下げるほど内容としては広がる。研究に限らず趣味などでも同じではないだろうか。研究に関していえば、二つの喜び、面白さがあると思う。一つは到達感だ。エベレストに登ると到達感がある。特に最初に登った人ほど大きいだろう。研究も同じように競争の要素が強い。自分が最初に意義のあることをやった、という到達感が得られるからだ。

 もう一つは、研究や研究開発が一本道ではないことにある。いろいろ迷うこともあり、障害にぶつかって回り道をせざるを得ないこともある。あるいは、全く別の攻め方をしたりしないと目標を達成できないことがほとんどだ。例えるとミステリーの面白さと同じで、五里霧中、手探りで進むうちに何かのヒントが見つかる。それを繰り返す面白さだ。つまり研究には、山登りとミステリーに通じる少なくとも二つの面白さがある。研究を続けていれば、誰でもエキサイティングな経験に必ず出会うということを若い人たちに伝えたい。

 次の世代の研究者たちに期待するものは何か。科学技術がこんなに進んだのだから、もう十分という意見も聞く。しかし、研究はやればやるほど分からないものが見えてくるところがある。行き止まりはない。例えば、人類はエネルギーを大量に作り出す能力を身につけ、快適な暮らしができるようになった。その結果、地球温暖化その他の問題が出てきている。技術が進むと、同時に新しい課題が生まれる。それを解決することで、次の望ましい段階に進むことができる。テーマ、アプローチは変わっても研究、技術開発の必要がなくなるということはない。

 あなたたちの仕事はたくさん残っている。もっと頑張ってほしい。若い人たちにはそう言っている。九州大学カーボンニュートラル・エネルギー国際研究所は、太陽電池や燃料電池、さらに温暖化の原因とされる二酸化炭素(CO2)の排出をどうしたら減らせるかといった研究を行っている。私も招聘(しょうへい)教授として、こうした研究を一緒になってやり、次の時代をどうすべきかという課題に取り組んでいる。

 長いことこうした研究、仕事を続けいまだにわくわく感を失わずにすんでいる。その上、京都賞という素晴らしい賞をいただき、ありがたいことだと感謝している。

(小岩井忠道)

國武豊喜 氏
國武豊喜氏(くにたけ とよき)
(稲盛財団提供)

國武豊喜(くにたけ とよき) 氏プロフィール
1936年福岡県久留米市生まれ。九州大学工学部応用化学科卒。60年九州大学大学院修士課程修了、62年米ペンシルベニア大学大学院博士課程修了、62?63年米カリフォルニア工科大学博士研究員。63年九州大学工学部助教授。九州大学工学部教授、理化学研究所 フロンティア研究システム 時空間機能材料研究グループ グループディレクター、北九州市立大学副学長を経て、2009年から現職。07年から株式会社ナノメンブレン取締役も。14年文化勲章受章。

関連記事

ページトップへ