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“共生”における生物の擬態、騙しのメカニズム(北條 賢 氏 / 神戸大学理学研究科 生物学専攻 生体分子機構講座 特命助教)

2014.05.20

北條 賢 氏 / 神戸大学理学研究科 生物学専攻 生体分子機構講座 特命助教

バイオミメティクス・市民セミナー「シジミチョウ、その騙しのテクニック」(2014年3月9日、主催:北海道大学総合博物館、協賛:高分子学会バイオミメティクス研究会、高分子学会北海道支部)から

神戸大学理学研究科 生物学専攻 生体分子機構講座 特命助教 北條 賢 氏
北條 賢 氏

 自然生態系には「生物間相互作用」という、異なる生物同士の利害が絡む複雑な関係が存在している。そこでは、生物の多様なミメティックス(模倣)が鍵で、いわゆる擬態や騙(だま)しのテクニックが繰り広げられている。効果的な模倣の仕組みを解明し、人間社会に役立てたいと、私はシジミチョウとアリの共生関係に着目している。

主な生物間相互作用

 互いにコストをかけ利益を得る協力行動が「相利共生」。一方「片利共生」は、ある種には得でも片方には損も得もない。共生の概念は明確に区分できず、生物がほかの生きている生物を捕まえて食べる「捕食」や相手の資源を一定期間どんどん搾取する「寄生」も含む。そして「社会寄生」は、カッコーの託卵が有名で“他のコロニーに入り込み、宿主のコミュニケーション能力を巧みに利用して行動を操作し、その社会を統合する”といわれる。

 さらに生物は、攻撃や防衛の戦略として、体の色や形、行動などを周囲の環境や動植物に似せる「擬態(Mimicry)」をする。

 代表的な擬態は3種類ある。「隠蔽(いんぺい)擬態」は自分が攻撃者から発見されないように、「攻撃擬態」では捕食者が獲物に気づかれないように、姿が周囲に同化する。「繁殖擬態」は、別の生物種にそっくりな姿で騙して自分の繁殖に利用する。例えば蘭の一種のオフリスは、花の一部がマルハナバチの雌のお尻のようで、花の匂い成分が雌の性フェロモンに似ている。蜜を出す能力がなくても、雄のハチが来て花に対して交尾行動をするので受粉できる。

 我々は擬態する側に注目してしまいがちだ。騙す側について知ることは必要だが、“なぜ騙されてしまうのか”を検証することは非常に重要だ。

シジミチョウとアリの共生

 シジミチョウ科はチョウ全体の約3分の1を占め、約6,000種いる。その一部は幼虫期にアリの巣に運ばれ、餌も排泄物もアリが世話する。チョウになると巣から出る。アリがシジミチョウの幼虫を認識する因子は、シジミチョウの幼虫が体表から分泌する匂い成分と思われる。これは「体表炭化水素」と言い、難揮発性の化学物質群なので、触れることで匂いが分かる。体表炭化水素は昆虫の性別や生殖能力などの個体情報を担う。乾燥を防ぐ機能があり、非共生種のベニシジミも分泌しているが、成分組成は共生種のムラサキシジミの方が複雑だ。

 アリはコロニーを形成し、生殖分業や共同育児などの特徴から社会性昆虫と呼ばれる。匂いや化学物質を分泌して個体間で情報を伝え、行動を変える。アリの協力行動は、シジミチョウの幼虫の2つの器官が左右すると見られる。1つは「Dorsal Nectary Organ(DNO)」で、アリが触角で幼虫の背中をたたくと蜜を分泌し、アリがなめる。もう1つの「Tentacle organs(TOs)」は一対あり、通常は引っ込んでいて、アリが触角でたたくと持ち上がる。その密生した毛に触れたアリの興奮状態が、幼虫の外敵防止になっているのではないだろうか。

 アミメアリのコロニーを、アリだけとムラサキシジミの幼虫と一緒の2群に分けて生活させる実験をした。つまり幼虫の蜜を経験するアリと未経験アリができる。3日後にそれぞれ10頭をランダムに選んで、今度は蜜を出せなくした幼虫を提示した。15分間ビデオ撮影し、幼虫に対するアリたちの延べ随伴時間を算出した。経験アリは周りに集まり、未経験アリは離れてしまった。

 次に「蜜の経験、未経験、蜜を出さない幼虫を経験」アリの3群で、同様に随伴時間を調べた。経験アリと接触したアリは幼虫への随伴時間が増え、未接触の未経験アリは増えなかった。報酬(蜜)の経験がアリの随伴行動を誘導して、蜜の情報が仲間に伝搬される。

 非共生種の匂いと共生種の蜜を組み合わせると、アリは匂いに反応しなかった。アリは共生相手の匂いを識別する優れた能力をもち、蜜と関連づけて効率よく学習している。

宿主を選択的に引き付ける要因

 クロシジミの幼虫の蜜は、トレハロース(糖)とグリシン(アミノ酸の一種)を多く含む。

 クロオオアリの味覚感覚毛をトレハロースで刺激すると、糖を受容する神経細胞の応答が活発化する。グリシンだと、どの味覚器を刺激しても全く応答なく、摂食もしない。トレハロースにグリシンを混ぜた場合は応答がよくなった。スクロース(ショ糖)とグリシンの組み合わせでは、応答頻度は増えない。グリシン自体は何の効果もないが、アミノ酸が入ることで糖がよりおいしく感じられることが分かった。この混合溶液に対する味覚感覚はアリの種によって異なる。

 クロシジミの幼虫は、クロオオアリ以外のアリには殺される。特異な寄生関係では、蜜の成分によって宿主アリを選択的に引きつけていると考えられる。しかもクロオオアリは、幼虫が2回脱皮して3齢になると巣に運んで育てる。2齢と3齢の体表成分を分析したが、両者を分ける匂いの違いは見つかっていない。ただ3齢はDNOとTOsが発達しているので、そこから何らかのシグナルが発せられているのではないか。

 生物たちは、相手の感覚器に合わせた“本物”以上のクオリティで効率よく引きつけ、騙しや操作を可能にしていることが分かってきた。

(サイエンスレポーター 成田優美)

神戸大学理学研究科 生物学専攻 生体分子機構講座 特命助教 北條 賢 氏
北條 賢 氏
(ほうじょう まさる)

北條賢(ほうじょう まさる)氏のプロフィール
県立宇都宮東高校卒、2009年京都工芸繊維大学工芸科学研究科博士後期課程修了、北海道大学大学院地球環境科学院博士研究員、琉球大学農学部、ハーバード大学進化生物学分野での日本学術振興会特別研究員を経て、2013年から現職。学術博士。著書は『社会性昆虫の進化生物学』(分担執筆、海游舎)、『昆虫ミメティックス -昆虫の設計に学ぶ-』(分担執筆、NTS出版)、『アリたちとの大冒険: 愛しのスーパーアリを追い求めて』(分担翻訳、化学同人)、など。2013年 第35回日本比較生理生化学会大会 発表論文賞受賞。

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