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バイオミメティクス – 生物に学び21世紀の産業革命を

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授 下村政嗣 氏

掲載日:2012年3月7日

バイオミメティクス・市民セミナー「生物に学ぶ:バイオミメティクスと技術革新」(2012年2月4日、北海道大学総合博物館・バイオミメティクス研究会共催)から

東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授 下村政嗣 氏

下村政嗣 氏

 

子どものころ、野原で遊んでいて棘(とげ)のある植物の実がセーターにたくさんくっついた覚えがあるだろうか。この野生ゴボウの実に着想を得て、1952年スイスで面状ファスナー「ベルクロ」が誕生した。日本では「マジックテープ」という名で普及している。

これは「生物を模倣する」という概念に基づく製品の先がけだった。米国の神経生理学者のオットー・シュミットが、Bio(生命)、mime(パントマイム)、mimic(まねる、擬態)を組み合わせてバイオミメティクス(biomimetics、生物模倣)と定義づけたのは1950年代後半である。

ただ繊維の分野ではもっと早くから生物模倣が実用化されていた。1935年、米国のデュポン社で発明されたナイロンは、まさしく蚕が作る絹に似せた人造の絹糸として登場した。その後テトロンやポリエステルなど高分子化学による繊維の開発が続く。70年代になるとエックス線でタンパク質の結晶の構造を解析する技術が進み、酵素や生体膜など分子レベルの模倣が研究される。生物学と有機化学が連携し、バイオミメテック・ケミストリーが生まれた。ところが80年代後半から生物学は遺伝子の解明が中心になり、材料化学との乖離(かいり)が起る。90年代以降は生体システムを基にしたナノテクノロジーを活用するバイオインスパイアードが主流になった。

一方、米国の科学作家ジャニン・ベニュスはバイオミミクリーを提唱している。自然界や生き物の営みに学び、環境やエネルギー問題の解決に生かそうというもので、ウェブサイト「Ask Nature」を開設している。バイオミミクリーは2010年に名古屋市で開かれた生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)のとき、外務省の解説パンフレット(注)で「暮らしの基礎を支える」項目の1つに挙げられている。

ではバイオミメティクスはどうなってしまったのだろう。世界中の関連論文数の推移を調べると2000年あたりから増え続けている。詳しくは拙稿「生物の多様性に学ぶ新世代バイオミメティック材料技術の新潮流PDF(「科学技術動向」2010年5月号)をご覧頂きたい。電子顕微鏡の急速な発達は、生物の持つマイクロ・ナノスケールの階層構造を解明しただけでなく、欧州では特に生物学や工学、材料科学など異分野との連携もたらし、新たな学術領域を創成しつつある。

例えばドイツは積極的な国家戦略を展開している。08年のCOP9では議長国として「ビジネスと生物多様性イニシアティブ」を掲げ、目標実現のためには企業の経済活動からの取り組みが不可欠とされた。そして「Federal Ministry for the Environment,Nature Conservation and Nuclear Safety ドイツ連邦環境・自然保護・原子炉安全省」による「Biodiversity in Good Company(日本語版あり)」が発足し、各国から多くの企業が参加している。さらに2011年3月、ドイツ政府が全面支援して、産学連携および産業化を目指した世界初のバイオミメティクスの国際コンベンションがベルリンで開催された。日本から研究者らでツァーを組んでいたが、私は東日本大震災で断念した。

その後ドイツは、国際標準化機構(ISO)にバイオミメティクスの規格を作ろうと提案した。アジアはかなり注目、米国やフランスは様子見、英国は反対と温度差があったが、最近賛成多数で通った。このような背景があって、ドイツは原発停止でもやっていけるというポリシーが形成されているのだろう。

米国では2010年、Fermanian Business and Economic Instituteから経済予測「Global Biomimicry Efforts:An Economic Game Changer」が報告された。これはサンディエゴ動物園が委託したもので、バイオミミクリーは、持続可能な環境を目指す教育・科学技術と利益を追求するビジネスに橋を架ける、つまり経済のけん引役を変える効果を示唆している。学術論文や特許、助成金などを基にダビンチ指数という経済指標を用いた結果、「米国は15年後に年間3,000億ドル(約2兆4,000億円)の国内総生産、2025年までに160万人の雇用をもたらす」そうだ。

1-5はよく知られるバイオミメティクスの商品化の例である。

  1. モルフォ蝶(ちょう)の翅(はね):燐粉の表面の、超微細な溝や多層構造に光が干渉して美しい金属的な光沢を放つ。この仕組みは構造色と呼び、色素と違って退色や劣化の恐れがない。この原理を基に1995年、日本のメーカーが光の作用で発色する繊維「モルフォテックス」を開発した。
  2. モスアイ(ガの目):複眼の表面に300ナノメートルほどの円錐形の突起が並列している。この凹凸によって徐々に光の屈折率が変わり、大きな眼は光に反射せず黒いままだ。夜間、鳥の標的になりにくい。日本では透明な高分子フィルムの表面に応用。太陽電池の効率や防水性の点でも研究が進んでいる。
  3. ヤモリの接着性:指先のひび割れの内部に数十万本の剛毛が密生し、それぞれ枝分かれして先端も特殊な形だ。表面積が増えることで力が凝集され(ファンデルワールス力)強い吸着力が働き、垂直な壁を登り天井を這(は)うらしい。英米は粘着材フリーのテープなどを開発。軍事や災害救助用にヤモリ型ロボットも期待されている。日本ではテニスラケットにも応用。
  4. サメ肌のリブレット:オリンピックの競泳用水着で一躍有名になった。表面に精密な溝が周期的に施されたリブレット構造により撥(はっ)水性や水流への抵抗軽減が生まれ、スピードアップする。英国のメーカーのナノテクに英国自然史博物館のスタッフが協力して実現した。船の燃費節減や汚れ防止の観点からも注目されている。逆にカジキマグロなど分泌物でヌルヌルした皮膚から発想した日本製の水着もある。
  5. 蓮(はす)の葉の撥水:泥の中にあって清廉な象徴であるが、事実、葉の表面のナノレベルに至る突起構造とワックス状の分泌物の相乗作用が超撥水性と自浄効果をもたらしている。ボン大学で発見され塗料に応用して商品化、日本でも化粧品やコーティング剤など技術開発が行われている。

またナガヒラタマムシのような数十キロ先の山火事を感知する熱センサー機能を持つ昆虫もいる。欧米では生物学者を中心にセンサーの研究が進められており、欧州連合(EU)のバイオミメティクスのセンサー系プロジェクトの国際会議で、英国の国営の軍需産業の研究者達の小さな昆虫型ロボットがテロリストを発見というプロモーションビデオが紹介された。

生物はありきたりの元素である炭素と酸素と窒素やわずかの無機物を使ってDNAやタンパクのように情報を持つ分子を作る。1つの構造が複数の機能を併せ持つことは、言わば「省エネ設計」とも思える。しかし人間が作る工業製品は、希少な元素や高温・高圧の条件で大量のエネルギーを消費し、われわれは化石燃料や原子力による巨大な電力を必要とする社会構造を築いている。持続可能な科学技術ということについても考えるべきではないだろうか。

英米では博物館の標本のデータベース化が推進されている。多様な生物資源が工学分野の応用力に寄与すると言える。いま北海道大学工学部の長谷山美紀教授の開発した画像データ検索システム「Image Vortex」を使って同大学総合博物館の大原昌宏教授の微小昆虫のデータベースを作ろうとしている。膨大な静止画像の中から連想によって画像を検索することができ、インスピレーションも刺激される。「暗黙知の知識化」と呼ぶらしい。

千年に1度といわれる災害、そして原発事故から1年が過ぎた。今後バイオミメティクスに基づく「生物規範工学」が確立されるなら、産業にパラダイムシフトをもたらすだろう。新しい技術の導入においては社会的な受容が得られることも大切だ。この市民セミナーの7回シリーズが終了後、できれば経済、環境、倫理などの分野からバイオミメティクスを論じていただければと願っている。

(SciencePortal特派員 成田優美)
東北大学 原子分子材料科学高等研究機構 教授 下村政嗣 氏
下村政嗣 氏
(しもむら まさつぐ)

下村政嗣(しもむら まさつぐ)氏プロフィール
福岡県立修猷館高校卒業、1980年九州大学大学院工学研究科合成化学専攻修士課程修了、助手を経て82年 マインツ大学 有機化学研究所訪問研究員、85年東京農工大学工学部助教授、87年 ミュンヘン工科大学物理学科文部省在外研究員、93年北海道大学電子科学研究所分子認識素子研究分野 教授、99年理化学研究所フロンティア研究システム時空間機能材料研究グループ散逸階層構造研究チームチームリーダー兼任、2002年北海道大学電子科学研究所ナノテクノロジー研究センター教授、センター長、07年より現職。工学博士。

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