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震災復興は自然と共生、地域主体で

東京大学サステイナビリティ学連携研究機構 副機構長、国連大学 副学長 武内和彦 氏

掲載日:2011年7月8日

国際森林年記念一般講演会(2011年6月11日、サステイナビリティ・サイエンス・コンソーシアム、北海道大学サステイナビリティ学教育研究センター主催)記念講演から

東京大学サステイナビリティ学連携研究機構 副機構長、国連大学 副学長 武内和彦 氏

武内和彦 氏

 

十数年前、全国総合開発計画「21世紀の国土のグランドデザイン」の「人と自然の小委員会」で座長をした。そのとき日本の自然が持つ二面性(恵みと脅威)とうまく付きあっていくことが重要と考えていた。計画には、農林水産業、国土の生態系ネットワーク、さらには自然災害の防止を一体化した地域のあり方の提言を盛り込んだ。

その後サステイナビリティ学の創生に携わり、低炭素社会、循環型社会、自然共生社会を融合した持続型社会の構築を提唱してきた。「自然共生社会」という名称は、2007年の「21世紀環境立国戦略」で公的に使われ始めた。英語では「Society in harmony with nature」と呼び、世界に発信している。

2010年10月に名古屋で開催された生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)では、まさに自然共生社会の実現を長期目標とする提案を日本政府が行なった。ところが欧州連合(EU)の一部から反発があった。西洋では、自然を人間が操作可能なものとして捉える自然観が支配的だ。最終的に新戦略計画として「愛知目標」が採択され、自然共生社会が長期目標に盛り込まれて大きな成果を得た。これには、アジアのみならず、アフリカ諸国の支援が大きかった。彼らは、感覚的に人間は自然の一部であると理解し、持続可能な開発に必要な概念であること直感的に分かってくれたのだ。

しかし、今回の東日本大震災を受け、日本の自然の脅威に対して私たちは深く認識していたのだろうかと反省している。エネルギー消費型で人工物に満ちた私たちの社会において、自然は人間が手をかけなければ崩壊していくようなおとなしさを見せる。しかし、その一方で自然は、突如人間に襲いかかり、命も財産も生活の基盤もすべてを失わせる。そうした覚悟を持ちつつ自然との共生を考えていけるのか、いま私たちは問われている。

依然として被災地には都市機能とインフラの整備、仮設住宅から恒久的な暮らしへの移行と問題が山積みしている。そういう中で私は農林水産業をどのように再生するかが復興の重大な鍵であると考えている。が、それは以前と同じようにしようという意味ではない。

かつて日本の産業社会は工業製品に大きく依存していた。やがてIT(情報技術)や知的情報産業が脚光を浴びてきた。その陰で農林水産業が補助金漬けになり、いわば行政と地域が一緒に衰退してきた。すでに高齢化、担い手の不足、国際的な市場競争力の弱体化、公共投資の余力の低下など課題を抱えていた。被災地域の状況は激変し、戦時と並ぶ苦難を負っている。今こそ農林水産業復興の正念場である。

例えば付加価値の高い農産物を生産し、自給率を飛躍的に向上させ、木材を輸出する。経済とサステイナビリティを維持できる基礎をつくっていかなければ…。大学の農学部は使命を果たしてきただろうか。産業化とは単にスギやヒノキを大量に植え、圃(ほ)場面積を拡大、作物の種類を限定して大量生産、エネルギーや資源を過剰に投入することではない。栽培漁業では海が汚れ赤潮対策も必要だ。産業の再生を通して持続可能なランドスケープをよみがえらせることが肝心で、それはグリーンツ―リズムの振興にも貢献する。

大地震当日の3月11日には、名古屋で「SATOYAMAイニシアティブ」に関する国際パートナーシップの初会合を開催していた。COP10で世界に提案した里地里山を中心とした社会生態学的生産ランドスケープを推進する取り組みである。日本の環境省と国連大学を中心に展開、海外からも数多くの団体が参加している。それと関連して、6月に国連食糧農業機関(FAO)の世界農業遺産(注)に「石川県能登半島の里山里海」「新潟県のトキと共生する佐渡の里山」が認定された。これまでペルーの伝統的な農法やフィリピンの棚田などが登録されており、先進国として初めて日本の農村景観が加わった。被災地では、こうした新たな価値観での農林水産業の再構築が求められよう。

私は、いま中央環境審議会で自然環境部会長を務め、国立公園の設置や生物多様性国家戦略、さらに国立公園内の温泉にかかわる施策、地熱利用も審議している。岩手県の「陸中海岸国立公園」を青森県と宮城県に広げて三陸海岸全体を国立公園に拡大する構想を進めていたところに、今回の大震災が発生した。私は自然環境局と相談して農林水産業の再構築、バイオマスの利用の促進も視野に入れた変更プランを提起した。それは、「三陸復興国立公園(仮称)」としてマスコミで大きく報道された。

ただ国立公園では木を切るのにも許可が要る、自由な活動ができなくなるという規制強化のイメージがある。自治体にも懸念があるようだ。従って、さまざまな活動が可能となるような特区として、バイオマス利用などを通じて適正に自然に手をかけていくことが必要だ。それは、人と自然のバランスを回復し、地域を活性化する新しい国立公園モデルの契機になるのではないだろうか。

また、東北地方の脊梁(せきりょう)山脈あたりの国立公園には地熱発電のポテンシャルがかなりある。

数週間前、途上国の研修生を対象とした国連大学の地熱エネルギー利用研修プログラムで講演するためアイスランドを訪問し、地熱発電の現場を視察した。同国はエネルギーの大部分を水力と地熱で自給し、電力を供給している。驚いたことに地熱をエネルギー変換する機械はほとんどが日本製だった。現状では日本の優れた技術が国内で十分使われていない。

日本の国立公園には風光明媚(び)な温泉保養地が多く地熱利用の壁になっていた。地熱利用の温泉施設への影響を科学的に検討せずに、自然公園行政は地熱エネルギーに否定的で開発が遅れてきた。アイスランドでは斜行掘削技術が進んでいて、国立公園のかなり外側に発電プラントを造り、公園内の地熱を回収できるようになっている。その方法で計算すると、東北地方では稼働率7割でも原子力発電所4基分くらいの可能性がある。今後国立公園の枠組みの中で検討していきたい。

国際生物多様性の日(5月22日)に震災復興支援シンポジウムを開催し、宮城県で長年カキ養殖業を営んでいる畠山重篤氏に講演いただいた。畠山氏は「森は海の恋人」を掲げ、植林活動を30余年続けてこられた。森―川―海の連環による物質循環がさまざまな自然の恵みをもたらしてくれることを熟知され、海への思いも語っていただいた。皇太子殿下が大変関心をお持ちになり、開会から閉会までご聴講された。

真の豊かさとは何か。これまで日本は全国を一律の経済的な尺度で測り、不足分は社会的に費用負担する仕組みをつくることが期待されてきた。しかし地域ごとに受け継がれてきた誇りや絆、一概に換算しがたい豊かさがあるはずだ。

震災の復興は地域の特性に立脚して人々の思いをくみ、そのうえでビジョンが提案されるべきだ。地域によって問題の様相も異なる。市民やNGO、企業や地方自治体などが互いに水平的な関係を組んで地域の将来を考えていく。これがボトムアップ型の安全・安心な社会づくりにつながっていくことが望まれる。土木工事で自然災害を食い止めようとする限界が露呈した今日、いかに力にあらがわずに「いなす」かも考えよう。

日本造園学会の震災復興調査特別委員会の委員長として、委員の皆さんにこう話している。「いろんな思いつきを言う前に、きっちりと現状を調査してください。実態を踏まえて科学的な裏づけを持つことが学術の役割です。植栽ひとつにも歴史や背景があり、学術的な根拠が明らかになると現地に即した自然再生の方向を目指すことができます。それを分からずに、震災復興を自分のライフワークの一環にしては困ります」

実体験に基づいた被災者の知恵が蓄積され、そこに研究者の知識が重なって、初めてこれからの社会のビジョンを描くことができる。それが、レジリアンス(復元力)の高い地域コミュニティの再建につながることを願っている。

(SciencePortal特派員 成田優美)

東京大学サステイナビリティ学連携研究機構 副機構長、国連大学 副学長 武内和彦 氏
武内和彦 氏
(たけうち かずひこ)

武内和彦(たけうち かずひこ)氏のプロフィール
大阪府私立清風南海高校卒。1974年東京大学理学部地理学科卒、76年同大学院農学系研究科修士課程修了。東京大学農学部助教授などを経て、97年同大学院農学生命科学研究科教授。2005年から東京大学サステイナビリティ学連携研究機構(IR3S)副機構長、08年から国際連合大学(UNU)副学長をそれぞれ兼務、09年から同サステイナビリティと平和研究所(UNU-ISP)所長を併任。農学博士。中央環境審議会委員、食料・農業・農村政策審議会委員などを兼任。日本造園学会会長を退任後、同学会震災復興調査特別委員会委員長。専門は緑地環境学、地域生態学、サステイナビリティ学。著書は「サステイナビリティ学の創生」「生態系と自然共生社会」(共編著、東京大学出版会)、「地球持続学のすすめ」(岩波ジュニア新書)、「ランドスケープエコロジー」(朝倉書店)など。

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