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政府から独立した国際委員会の立ち上げ早急に

政策研究大学院大学 教授、前日本学術会議 会長 黒川 清 氏

掲載日:2011年6月3日

日本記者クラブ主催シリーズ研究会「3.11大震災」(2011年5月20日)講演から

政策研究大学院大学 教授、前日本学術会議 会長 黒川 清 氏

黒川 清 氏

 

今回の福島第一原子力発電所事故では、特に最初の1-2週間の動きを見ると日本の強さと弱さがくっきり出たと言える。強さというのは現場の人の強さで、他方、上に行くほど駄目になるという弱さがもろに見えてしまった。上になるとガバナンス(統治能力)がなくなるという弱点だ。特に、津波と1号機の原子炉建屋爆発をはじめとする衝撃的な映像が世界中に流れた最初の1-2週間。世界が固唾(かたず)を飲んで見ていたのに、初期の情報の共有が極めて不明確だった。対応が遅く、国家的危機という認識が非常に遅れていたのではないか。情報公開と事態の詳しい説明の欠如、同じようなことしか伝えなかった報道機関…。いずれをとっても内外の認識の差が非常に大きかった。

政府が楽観的なことばかり言って、後から出てくるデータが次から次へ悪くなってくるという危機対応では最悪だ。最初から数値を出さないのがまずい。世界中同じだが、元来、政治家が「ドント・ウオリー(心配ない)」と言うと、国民は皆、不安になる。これは常識だから、政府が根拠も示さず「心配ない」などと言ってはいけない。逆効果だ。学者も同じ。首相官邸が「1年浴びても大丈夫な放射線量」と言った後に、全く同じことしか学者が言わないのだから、これが専門家、科学者の言うことかと国民が思うのは当然だ。産業界はどうか。東京電力の記者会見に対して、「あれでは駄目だ」と公的な場で批判するような産業界の人間がいないということも、世界中に知れわたった。

初期の段階から、一体何が起こったかを、ある程度信用できるところで検証して、どんどん情報・データを出してくれれば、知恵も次々に出てくる。情報・データの解釈は複数あっていいのだ。これらの開かれた情報の共有から始めて、これからの原子力エネルギーの使い方、システムの設計、どういうリスクにどう対応するのかといったアイデアが出てくる。情報を隠すという態度が一番まずいのだ。むしろ、この不幸な事故から学ぶこと、これを世界の共有財産にしよう、と言うべきだった。そうでないから、日本の信用が失墜し、他の国が皆、真相を知ろう、どう対応すればよいのか、不安で、心配で一生懸命になっている。今や、日本の政治家や財界人が何を言っても信頼されなくなっている。このことは世界で感じていることなのだ。この信頼低下を止めることをしない限り、当分の間、日本の信用は回復しないだろう。これは政界、財界に限らず、すべてのセクターも同じだ。

今回の大震災では、日本社会の本質があらわになった。日本の今までの国全体のマネジメントというか、国家、企業、報道などの統治のあり方の弱さが皆、明らかになったのではないかと思う。企業のトップに限らず、官庁も大学も報道機関も大学を卒業してすぐその組織に入り、単線路線、終身雇用、年功序列という日本的なタテのムラ社会の中でリーダーになっていく人が多い。この20年、経済成長はできず、グローバル時代という大変換に対応できないまま組織を維持してきた。一般的に言えばリスクを取らない人がうえに上がるシステムになっている。修羅場をくぐり挫折を乗り越えてきた経験のなさが危機に直面すると弱さになって出てくる。この20年間、日本の成長がないのは明らかに、組織内の統治が、自分が上にいるときは危険をおかしたくないという人ばかりになっているからだ。国家全体としての信用が落ちているのは明らかだ。これをどうするか。

今、早急にやらなければならないことは何か。国会の下に国際委員会を新設することを私は提案している。政府の下にある原子力安全委員会、原子力委員会、総合科学技術会議、原子力安全・保安院、経済産業省、文部科学省などで第3者的検証機構を作ることは国の統治として当然だが、今のような信頼低下のときに、だれかを指名して、原子力発電所の危機対策や環境への影響について検討させても、国際的には信用されないだろう。委員会の構成は外国人が多数で日本人は少数でないといけない、そしてすべてのプロセスを透明にすることが大事だ。

委員会でやることは、原子力発電所施設に関しての分析を行い、管理などについて必要な勧告をすることと、放射能の影響について調査し、勧告をすることだ。放射能の健康への影響を調べるためには、地表、野菜の放射能値を適切の分布で頻繁に測定し続けなければならない。さらに、農畜産業、製造業などに及ぼす放射能の影響についても調べ、海洋への放射能影響も日本だけでやっても信用されないから、これも国際的な枠組みでこの委員会で検討する。

英国でBSE(牛海綿状脳症)が初めて見つかった時の英政府の対応を思い起こしてほしい。スクレイピーという羊の病気が英国で初めて見つかったのは25年前、1986年のことだ。羊の病気が牛にも出たことで、人にもうつるのではないかと大問題になった。89年に英政府からの依頼で科学者グループが人間に感染する可能性を否定した報告を出す。英政府はこれを基に「人間にはうつらない」と宣言した。ところがその6年後に英国で初の死者3人が出る。そこで初めて「人間への感染の可能性もある」と認めた政府に対し、畜産業など関連業界の利益を守っていたのでは、と一気に不信感が高まってしまった。

英政府は、その不信感の解消のために、EU(欧州連合)が中立であることを保証した科学運営委員会を設立、委員会の活動にかかわるすべての情報をウェブサイトで公開し、97年、委員会の勧告を受けて英国産の牛と牛の骨肉粉の輸出を禁止する措置をとった。英国産牛肉の海外での販売が回復し始めるには、2006年からだ。政府の初動が遅れたこともあるが、英国産牛肉は危険という風評が消えるまでに実に20年を要したということだ。

原発事故は国内問題ではない。原子力発電所を世界はもっと造ろうとしている。今回の事故の教訓をどのように世界と共有し、この教訓を生かすことだ。これをきちんとしないと日本の産業自身、農産物などの信用がなくなってしまう。日本が「大丈夫」といくら言っても、東京電力のひどく遅れる対応を見ていたら、国内国外ともに誰も信用しないということだ。

国際的委員会では、どのような方針でどのようなモニタリングをするかといったことをきちんとやることが大事。科学者コミュニティと政策決定者との的確な関係をつくりあげ、データもどんどんウェブ上に公開し、最適な提言をする。決めるのは政治の役割だ。そうした民主的な機能がきちんと働く国であることを内外に示すことが、風評被害を最少にすることであり、今、まさに問われていることでもあると言える。

多くの危機をよその国でも経験している。これらの苦悩の経験から学ぶ姿勢、これが大事なのだ。グローバル時代にデータの隠蔽(いんぺい)は信用を失う最も大事な要因であることを、もっと認識すべきであろう。国内だけの理屈で考え、対応している限り、国家の、企業の、報道の、科学者の信頼の回復は長い時間がかかるだろう。

政策研究大学院大学 教授、前日本学術会議 会長 黒川 清 氏
黒川 清 氏
(くろかわ きよし)

黒川清(くろかわ きよし)氏のプロフィール
成蹊高校卒、62年東京大学医学部卒、69年東京大学医学部助手から米ペンシルベニア大学医学部助手、73年米カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)医学部内科助教授、74年南カリフォルニア大学准教授、77年UCLA医学部内科准教授、79年同教授、83年東京大学医学部助教授、89年同教授、96年東海大学医学部長、総合医学研究所長、97年東京大学名誉教授、2002年東海大学総合医学研究所長。03年日本学術会議会長、総合科学技術会議員に就任、日本学術会議の改革に取り組むとともに、日本の学術、科学技術振興に指導的な役割を果たす。06年9月、定年により日本学術会議会長を退任、同年10月から08年10月まで内閣特別顧問。06年11月から政策研究大学院大学 教授。特定非営利活動法人 Health and Global Policy Institute、またImpact Japanの代表理事。「イノベーション思考法」(PHP新書)、「大学病院革命」(日経BP社)、「世界級キャリアのつくり方」(石倉洋子氏との共著、東洋経済新報社)など著書多数。講演や「黒川清オフィシャルブログ」で精力的な発信を続ける。

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