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土を生かす農業で地球を守る(波多野隆介 氏 / 北海道大学大学院 農学研究院 教授)

2010.10.18

波多野隆介 氏 / 北海道大学大学院 農学研究院 教授

日本土壌肥料学会2010年度北海道大会 市民公開シンポジウム(2010年9月9日) 講演「土-地球の皮膚-を守る農業」から

北海道大学大学院 農学研究院 教授 波多野隆介 氏
波多野隆介 氏

 この半世紀で世界の人口は2倍以上になり、70億人に迫ろうとしている。食料生産の増加とともに伸びており、窒素化学肥料の施与に代表されるような農業技術の進歩が増産を可能にしてきた。

 世界の耕地面積は14億ヘクタール(総陸地面積の10%)でほとんど変わっていないが、窒素施与量は増え続け、現在約1億トンと10倍の勢いである(国連食糧農業機関=FAO統計.2010)。

 反面、土壌の劣化が次第に明らかになってきた。すでに1990年代、約10億ヘクタールとの統計がある。1992年の地球環境アジェンダ21では「土壌劣化は、主に人間活動が基点となって生じ、自然条件により加速され、植物生育を阻害し、砂漠化を進行させる」と定義されている。

 その要因として1つは気候変動(降雨パターンの変化、温度上昇、干ばつなど)が挙げられる。もう1つは人口増加である。農業不適地の開墾、薪炭材採取や連作の増大、過放牧を余儀なくされているからである。この気候的・人為的要因が互いに影響、地球上で負のフィードバックが進行しているといわれている。

 土壌劣化は次のように区分される。侵食(土が水で流れてしまう水食、風で飛んでしまう風食)、物理的劣化(主にトラクターなどによる機械踏圧)、例えばマングローブの開発で発生する化学的劣化(塩類化、アルカリ化、酸性化)がある。大陸別ではアジア、アフリカが特に顕著で、水食、風食が大部分を占める。

 欧米では土壌をGeoderma(Geoは地球、Dermaは皮膚)とも呼ぶ。土壌は大気との間で水・物質・エネルギーを変換し、すべての陸上植物を養い、地球の恒常性を維持している。無機質な岩石が、植物の光合成(呼吸)・有機物の分解・風化作用によって、生命を維持する土壌に変化する。人間はその都合のよい部分を利用して食料を得てきた。もっと土壌の本質に目を向け、保全に努めるべきではないだろうか。

 土は一見均質に見えるが、実は粒状で大小のすき間がある団粒構造をしている。水を保持し、余分な水を流し通気性をもつ。ミミズの耕うんが団粒構造を形成、腐植物質と粘土鉱物で有機無機複合体ができて構造が安定化、さまざまな土壌生物が育まれていく。最小のバクテリアは土壌1グラム当たり1億を数える。

 重要な役割を担う腐植について、温度や水分などの条件による違いを北方林、冷温帯林、温帯林で調査・分析している。植物による有機物の生産はセ氏零度で始まりピークは25度。一方、微生物による有機物の分解は10度からで、ピークは植物より高温の30度以上である。そのため熱帯では腐植の蓄積が少ない。排水の悪い泥炭地では多く、すなわち微生物の働きが低い。地形によっても異なる土ができる。砂丘だと窪地ではなく頂上部で普通に土壌の生成が起こっている。

 有機物は分解すると二酸化炭素(CO2)、水、アンモニアができる。アンモニアは植物の養分になる。生物は死ぬことによって土となり、土は再び生物を育んでいく。肥沃(よく)な土は陽イオンを一定量保持できる陽イオン交換容量(CEC)が多い。すると土中の酸が緩衝され、植物生産と養分供給が安定して循環し、食物の生産に適したpH(水素イオン指数)が保たれる。

 しかしCECは無限ではない。塩基性陽イオンが減少するにつれ土は酸性化する。土の成分の4割近いアルミニウムが溶け出し、植物に有害なため植生が衰退する。土壌有機物は消耗、ミネラルは欠乏と悪循環が起こる。

 2005年から07年にかけて、北海道や九州など5カ所の採草地で化学肥料と堆肥を連用し、地表から0-5センチの土壌pHを測定してみた。基本的に堆肥で土壌有機物を増やすことができ、化学肥料では減少、土壌pHも低下した。寒冷地のほうが暖かいところより効果が大きい。

 また土壌有機物は土壌炭素の量に関係していることが解明されてきた。いろいろなデータを基に、「植物生産量」から「有機物の分解量と収穫量」を引いて、年間の土壌炭素変化量をプロットしてみた。植林と草原化で増え、開墾で減少する。故に農地では堆肥の施与が必要だ。北海道も化学肥料の連用で土壌炭素の割合が下降線をたどっており心配している。

 土壌炭素は分解するとCO2を大気に放出、地球温暖化を助長する。世界的な問題として新たに指摘されている。土壌侵食も起こりやすくなり土が酸性化、植物への養分供給が減弱、食糧生産の減少に結びつく。

 中国では過剰な窒素施与により土壌の酸性化が進行している。特に野菜畑では考えられないほど使われ、地力の低下が明らかだ。中和には炭酸カルシウムをトン単位でまかなければならない。こうして土壌特有の利点が失われているということを理解いただきたい。化学肥料を減らして堆肥で代替するなど、農業生産そのものの見直しや転換が必要ではないだろうか。日本は中国から食糧の13%ほどを輸入している(米国が31%で1位)。今後が大いに懸念される。

 土壌の窒素が増えると植物生産は増えるが、亜酸化窒素という温室効果ガスも大気中に放出する。かつてオゾン層を破壊する原因物質のトップはフロンだった。1987年のモントリオール議定書で廃止が決まり、現在、亜酸化窒素がその座にある。だが食糧生産にかかわるので規制物質になっていない。

 窒素の年間放出量の推移を調べる実験を2005年から08年に行なった。化学肥料区、堆肥(たいひ)区、無窒素区と三区分して、05年度は堆肥区にも化学肥料を大幅に補給した。初めは堆肥区の方が亜酸化窒素の放出が多く、2年目も同様だった。ところが堆肥を入れ続けていると窒素が増えるので化学肥料の補給を減らせた。3年目は元の数分の一を補うだけ、4年目には化学肥料が不要になった。最初のうちは我慢だが、代替をしながら化学肥料を減らすことが可能といえる。

 流域の余剰窒素のほとんどは硝酸態窒素となり、川に流出していく。土中を流れている間に硝酸態窒素は微生物(脱窒菌)の働きで窒素ガスになり、大気に戻されている。すなわち、余剰窒素は全部が川に流出するのではなく、土壌中で浄化されている。しかし、そのとき有機物が一緒に分解され、CO2に変わっている。このCO2は、土の風化を早めて酸性化を助長している可能性がある。気をつけて監視しなければいけない。

 窒素にはさらに水域の富栄養化の問題がある。ケイ素と窒素のバランスが壊れることによって起こるが、ケイ素の比率が2.7以下になると毒性のある鞭(べん)毛藻類が増殖する。ケイ素は土壌生成により供給される。土壌生成の速度と人間活動のバランスが大事だ。

 土を健全に保つには土壌有機物の維持管理、言いかえれば土を守る持続可能な農業技術の開発と推進が不可欠である。質の良い堆肥の施与は団粒構造を強化し、窒素などの栄養元素の供給、土壌pH低下の抑制、土壌の炭素固定に大きな効果を持っている。有機肥料、有機農業については、さらなるガイドラインの検証、整備が求められる。

 川や地下水を汚さず、温暖化を防ぎ、有機物を優先的に使うこと、それは土の優れた能力を最大限に生かすことでもある。

(SciencePortal特派員 成田優美)

北海道大学大学院 農学研究院 教授 波多野隆介 氏
波多野隆介 氏
(はたの りゅうすけ)

波多野隆介(はたの りゅうすけ)氏のプロフィール
三重県立四日市高校卒。1978年北海道大学農学部農芸化学科卒業、82年同大学院農学研究科農芸化学専攻博士課程中退、82年北海道大学農学部助手、88年同助教授、95年同教授、2001年から05年北方生物圏フィールドフィールド科学センター教授、06年から現職。農学博士。研究分野は環境動態解析、植物栄養学・土壌学、環境農学。土壌物理学会会長、国際土壌科学連合「土壌と土地利用の関係」部会長。著書に「図説 日本の土壌」(朝倉書店、共著)、「土壌圏と地球温暖化」(名古屋大学出版会、共著)など。

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