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世界進出の機逃しそうな日本製人工関節

中部大学 生命健康科学部 教授 小久保正 氏

掲載日:2010年9月10日

井上春成賞贈呈式(2010年7月21日、井上春成賞委員会 主催)受賞者あいさつから

中部大学 生命健康科学部 教授 小久保正 氏

小久保正 氏

 

人工関節は、長期にわたって周囲の骨にしっかり固定されることが望ましい。そのためこれまでにさまざまな工夫がこらされてきた。これに対し私たちは1994年、人工関節に使われているチタン金属を水酸化ナトリウム水溶液に浸漬し、その後加熱処理すれば、それだけでチタン金属は骨と自然にくっつくようになると提案した。しかしこれは擬似体液を用いた実験だけで推測したものである。これを人工関節として実用化するためには、たくさんの越えなければならい障壁があった。

まず、この推測が当たっているかどうか動物実験で確めなければならない。この実験は、京都大学医学部の中村孝志先生とそのグループの方々が担い、このように処理したチタン金属は実際に骨としっかりくっつき、人工関節として有望であることを示してくださった。これを医療機器として実用化するには、これに目を止めてくださる企業人が必要である。幸いにも当時神戸製鋼所におられた松下富春氏がこれに目を止め、実用化課題とすべく上申してくださった。

しかし人工関節は、一度使ったら2度と使わなくて済むものを目指すから、たくさん売れる商品ではない。しかも実用化には、臨床テストを経て製造承認まで長い時間とお金のかかる商品である。企業にとって魅力的な商品ではない。それにもかかわらず、この人工関節が実用化課題として取り上げられたのは、その実用化研究を科学技術振興事業団(当時、現・科学技術振興機構)が委託開発課題として採用してくださったことによるところが大きい。

これにより実用化研究が進められ、京都大学医学部と金沢医科大学が臨床試験を担ってくださった。これに3年間を要し、その後厚生労働省に製造承認申請がなされ、その審査にさらに4年を要し、ようやく2007年に製造承認が与えられた。アルカリ加熱処理という基本技術の発見から実に13年もの期間を要したことになる。

現在、人工股関節は日本で年間10万ケース程度使われているが、その90%は米国製であり、日本製は10%程度にとどまっている。しかし、この技術は、世界各国で注目されているようで、私はこの技術により昨年米国のセラミック学会で表彰され、この8月にはブラジルで行われるラテンアメリカ全域のバイオマテリアル学会で、また9月にはフィンランドで行われるヨーロッパ全域のバイオマテリアル学会で、これらの成果を紹介するように求められている。

やがてこの技術が米国でも、南米でも、ヨーロッパでも使われるようになるかもしれない。しかし残念なことにこの技術の特許は、申請が1994年だから、有効期間終了まであと3年を残すのみである。製造承認がもう少し速やかに与えられていれば、日本製の人工関節が世界に出て行くチャンスを生かせたのに、と惜しまれる。

中部大学 生命健康科学部 教授 小久保正 氏
小久保正 氏
(こくぼ ただし)

小久保正(こくぼ ただし)氏のプロフィール
大阪府立茨木高校卒、1962年大阪市立大学理学部卒、京都大学化学研究所助手。同助教授、教授、工学部教授を経て、93年京都大学大学院教授。2003年中部大学総合工学研究所教授、07年から現職。専門分野は医用生体工学・生体材料学、無機工業化学、無機材料・物性。高生体活性能を持つ人工股関節開発成果で2010年度井上春成賞受賞。

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