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人獣共通感染症は撲滅不能(高田礼人 氏 / 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 教授)

2009.06.05

高田礼人 氏 / 北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 教授

サイエンス・カフェ札幌 「ウイルスはどうやって生きのびているのか?~「人獣共通感染症」研究の最前線~」(2009年5月30日、北海道大学科学技術コミュニケーター養成ユニット 主催)から

北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 教授 高田礼人 氏
高田礼人 氏

 5月5日発売のNewsWeekの表紙に、「FEAR&THE FLU」の文字と豚の写真が掲載された。最近、世界中に大流行するかもしれないと大騒ぎになったのが、豚からヒトへ、そしてヒトからヒトへ感染したと言われる今回のインフルエンザである。

 インフルエンザウイルスの大きさは、直径約100ナノメートル。非常に小さくて、一般に使われる光学顕微鏡では、個々のウイルスを確認するのは無理である。電子顕微鏡でしか見ることができない。しかもこのウイルスは、とても複雑な構成をしている。

 ウイルスの表面には、HA(ヘマグルチニン)とNA(ノイラミニダーゼ)という2種類のタンパク質が、棘(とげ)のよう(スパイク状)にいくつも存在している。このうちHAはH1-H16まで16種類、NAはN1-N9まで9種類が確認されている。この2種類の組み合わせでインフルエンザウイルスの型が分類されている。全部で144通りになるこのすべての組み合わせのウイルスの株が、北海道大学に保管されている。この株の中には、実際にわれわれが分離したものや、海外から譲渡してもらったもの、そして、実験室内でHAとNAの組み合わせを作り変えたもの(遺伝子再集合体)が含まれている。

 また、このウイルスは、ゲノムが8分節に分かれている。そのため、異なる型のウイルスが一つの宿主に感染した場合、その中で新しい遺伝子再集合が起こり、複数のウイルスの型が生まれる可能性がある。つまり、変異がとても起こりやすいウイルスなのである。

 今回騒動になった豚インフルエンザは、実は以前から豚の間では存在していた。1930年に初めて豚インフルエンザウイルスが分離されている。1918-19年に大流行したスペイン風邪のウイルスが分離されたのは、1933年であるから、それよりも前である。また、豚からヒトの感染は、以前から報告はあり、豚インフルエンザが急に出てきたわけではない。しかし、今回ヒトからヒトへの感染が起こり、世界中に広がったのである。

 また、数年前から新聞などで報道されている鳥インフルエンザは、スペイン風邪大流行前の1902年にイタリアで発見され、100年以上前からニワトリの感染症として知られている。それ以降、世界中で単発的に発症していた。このウイルスは感染力が強く、致死率はほぼ100%である。そのため、発症した場合は、感染の見つかった養鶏場のニワトリすべての処分と、建物や周辺の消毒によって、その都度感染は治まっていた。ところが、人間の対策の不十分さが原因でウイルスの一部が残り、1997年に香港でニワトリからヒトへの感染が起こり、死者が出た。その後、渡り鳥を介したり人為的な要因で、鳥インフルエンザは世界中に広がってしまった。現在でも、ヒトへの感染は起こっており、中国、エジプト、ベトナム、インドネシアでは死者も出ている。この4カ国の共通点は、ニワトリにワクチンを使用している点である。幸いなことに、日本ではまだヒトへの感染報告は無い。鳥からヒトへは感染しているが、ヒトからヒトへの感染は報告されていないので、新型インフルエンザとは分類されていない。

 インフルエンザウイルスは、もともと野生水禽類(渡り鳥など)が自然宿主となって存在している。自然宿主には不顕性感染のため病原性は示さない。ところが、他の動物に感染を繰り返して変異していくうちに、病原性が強くなっていくのである。現在、インフルエンザウイルスは、ヒト、ニワトリ、アヒル、ガチョウ、豚、馬、アザラシ、クジラなどで感染が確認されている。

 よく耳にする細菌とウイルスは、寄生虫や真菌と同じ微生物の一種である。細菌は、栄養分を与えると自ら分裂して増えていく。しかし、ウイルスは、栄養分を与えても自ら増えることはない。増殖するためには宿主細胞に入り込み、その細胞を利用して増殖し、最後には細胞外に放出されていく。それがまた他の宿主に感染していくのである。

 ウイルスは、普段は自然宿主の中に存在している。ウイルス自体が生き延びていくためには、増殖能力が高いことと他の宿主にも感染する性質を持っていることは必要であるが、遺伝的に安定であり、自然宿主を獲得することがなによりも重要である。そして、自然宿主以外の宿主に感染した時に急激な変異を起こし、感染を広げていくのである。

 病気の中には、インフルエンザと同様に、微生物を病原として動物にもヒトにも感染する病気がある。これを「人獣共通感染症」という。例えば、BSE、SARS、狂犬病、エボラ出血熱など、数多くある。

 エボラ出血熱は、アフリカで多く見られる非常に致死率の高い感染症である。このウイルスは、まずマクロファージに感染し、体中に広がっていく。増殖の過程で過剰な炎症反応(サイトカインストーム)が起こり、全身で出血しやすくなり多臓器不全を起こし、死に至らしめる。エボラ出血熱の自然宿主は、コウモリという説もあるが、実はまだ判明していない。

 人獣共通感染症は、病原が自然界に存在するため、撲滅することは不可能である。そのため、できるだけ人間社会への侵入を食い止めることや、もし入ってきたらきちんと治療することが大切である。インフルエンザに関しては、ワクチンや抗ウイルス薬などがある。ワクチンは、ヒトの体に取り込むことで免疫力をつけることができる。また、タミフルを代表とする抗ウイルス薬は、インフルエンザウイルスの増殖を阻害することができるため、効果は期待できるものである。

 このように、ウイルスの研究は、増殖のしくみ、病原性、予防方法、治療方法、増殖のメカニズム、疫学、自然宿主の発見など、分子レベルから地球規模にわたる幅広い分野で、研究が進められている。

(SciencePortal特派員 神村章子)

北海道大学 人獣共通感染症リサーチセンター 教授 高田礼人 氏
高田礼人 氏
(たかだ あやと)

高田礼人(たかだ あやと)氏のプロフィール
1968年東京都生まれ。96年北海道大学大学院獣医学研究科博士課程修了。博士(獣医学)。2005年5月から現職。専門はウイルス学。研究室と世界各国のフィールドを往来しながら、ウイルスの性質、病原性発現メカニズム、自然界における存続メカニズムや、ウイルス感染症に対するワクチンの研究などを行う。

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