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ツキノワグマはドングリの結実量に合わせて採食効率を高めていた

2018.09.04

藤井友紀子 / サイエンスライター

  里山に下りてきたクマと人が出合い、被害を受けるニュースをときどき耳にする。山にはクマがあふれているのだろうか? そうではない。クマは、環境省が作成しているレッドリストでは「絶滅のおそれのある地域個体群」とされ、地域によっては絶滅が危惧されている動物だ。そのため、保護を必要とする動物でもあるが、実は、その生態には不明な点が多い。

 日本には北海道にヒグマが、本州と四国にツキノワグマが生息している。ツキノワグマは、植物や果実、昆虫などを食べる雑食性の動物だ。秋には冬眠に備えて食物の中でもドングリを好んで食べる。そんなツキノワグマが、ドングリを食べるのに、結実の豊凶に合わせて採食行動を変化させ、採食効率を高めていることが、東京農工大学と森林総合研究所の研究チームの調査で分かった。

ツキノワグマが木に登ってドングリを食べた証拠「クマ棚」

  ツキノワグマはドングリを食べるために木に登ることがある。しかし、木に登っても、細い枝先までは移動できない。そこで、大きな枝の股などに座り、ドングリのなっている枝を手元にたぐり寄せて採食する。採食した枝が折れてしまえば下に落とすが、中途半端に折れたものは手元に残る。ひとところに座っていくつもの枝をたぐり寄せれば、折れた枝が積み重なり、あたかも鳥の巣のように見える。これを「クマ棚」という。

写真1 写真中央の樹上でツキノワグマが採食している。(撮影・横田博)
写真1 写真中央の樹上でツキノワグマが採食している。(撮影・横田博)
写真2 ミズナラのドングリをツキノワグマが食べた後にできたクマ棚。(撮影・小池伸介)
写真2 ミズナラのドングリをツキノワグマが食べた後にできたクマ棚。(撮影・小池伸介)

 「クマ棚は誰が見ても見間違えることのない採食の痕跡」と東京農工大学大学院農学研究院の小池伸介(こいけ しんすけ)准教授はいう。ツキノワグマの生態に謎が多い中で、採食行動を理解するための手がかりの一つとなる。そこで、ツキノワグマがわざわざ木に登ってまでドングリを採食するのはどのような結実状態の時なのかを明らかにするため、研究チームはドングリの結実量とクマ棚形成の関係を調べた。

ツキノワグマは効率よくドングリの実を採食していた

 調査は2008年から2014年にかけて、栃木県・群馬県にまたがる足尾・日光山地で行った。ドングリが実る3樹種(ミズナラ、コナラ、クリ)計371〜481本の毎年の結実量と、各年の3樹種をすべて合わせた地域全体の結実状況、そして調査木のクマ棚形成の有無を調査した。

 その結果、クマ棚は結実量の少ない木よりも多い木のほうで形成されやすい傾向にあることが分かった。そして、調査期間中には、ドングリの結実量が豊作、平年並み、凶作の年があったが、地域全体の結実量が少ない凶作の時のほうが、クマ棚は多く形成されていた。

図 ドングリの木1本あたりの結実量とクマ棚のできる確率(左)。森林全体のドングリの結実量(ヘクタールあたり)とクマ棚のできる確率(右)。(プレスリリースより引用)
図 ドングリの木1本あたりの結実量とクマ棚のできる確率(左)。森林全体のドングリの結実量(ヘクタールあたり)とクマ棚のできる確率(右)。(プレスリリースより引用)

 さらに、凶作の年には、豊作の年には登らないような木でも使われており、その中でも結実量の多い木を利用していた。ドングリが実る3樹種の間に特定の樹種への選り好みはなく、樹種を問わずに、より多くドングリが実った木を選んで採食していることが分かった。つまりツキノワグマは、凶作の年でもやみくもにドングリの木を利用しているのではなく、短時間でできるだけ多くの採食が行えるように、結実量を判断して効率よく採食しているようだった。

 クマは秋の間に脂肪を蓄え、冬眠中は採食しない。飼育したクマを観察した例では、1年のうちでもっとも痩せていた冬眠明けの時期に比べて、冬眠が始まる直前には、体重が約30%も増えていたという。その脂肪のもととなるのがドングリだそうだ。クマにとってドングリは、冬眠を乗り越えるための重要な食べ物であるといえる。

 一方で、森林の中でドングリは、ツキノワグマのほかにもイノシシやシカ、ネズミなどが利用する。ドングリは、木の上で成長が止まった緑色の時と、落ちた茶色い時とでは、大きさも栄養価もさほど差はないという。豊作の年は、ドングリの実が落ちてから食べてもほかの動物との競争は激しくないかもしれない。しかし凶作は、ツキノワグマにとって、冬眠をうまく乗り越えられるかどうかの一大事だ。そのため、実が落ちる前にほかの動物に先手を打ってドングリの木に登り、できるだけ多くのドングリを採食しようとしているのかもしれない。

クマ棚から生態の新しい知見を得る

 ツキノワグマは比較的低密度で生息し、単独生活のため、広い森林の中で直接観察することは難しいそうだ。だから、ツキノワグマの生態には謎が多い。その中で、クマ棚は生活痕跡の中でも目立ち、採食あとの明らかな証拠である。小池さんは、クマ棚を調べようと思った理由について、「クマ棚からこれまで知られていない新たなクマの生態の知見を得たいと思った」と語る。また、木に登ってまでわざわざドングリを食べる行動は、他のクマ類では知られていないという。そのため「なぜツキノワグマが木に登って果実を食べるのかを知りたい」とも話す。

 今は分からないことが多いクマの生態が、小池さんらの研究によって明らかとなることに期待だ。

論文は6月3日付のイギリスの動物学誌『Journal of Zoology』オンライン版に掲載された。

(サイエンスライター 藤井友紀子)

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