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《JST共催》東日本大震災の悲しい記憶と経験を世界と未来にー「災害に学び、未来へつなぐ」をテーマ「世界防災フォーラム前日祭」を開催

サイエンスポータル編集部

掲載日:2017年12月6日

東日本大震災での悲しい記憶と経験を過去のものにせず、防災意識を高めながら世界と未来につなげることを誓う「世界防災フォーラム前日祭」(主催・世界防災フォーラム実行委員会、共催・東北大学、仙台市、科学技術振興機構〈JST〉など)が11月25日、仙台市の「東北大学百周年記念会館川内萩ホール」(仙台市青葉区川内)で開かれた。大震災から6年8カ月以上が経ったことを受けて「災害に学び、未来へつなぐ」をテーマにした市民参加型イベントだ。

このイベントは11月24日から26日まで「越境する」をテーマに東京・お台場地域で開催された 「サイエンスアゴラ2017」の連携企画。第1部「青少年からのメッセージ」と第2部「SENDAI BOSAI文化祭」の2部構成で、第2部は国内外から被災地に寄せられた支援に対する感謝を込めて宮城県気仙沼市の伝統芸能「浪板虎舞」の披露や復興祈念コンサートが行われた。被災地の若者や復興・防災に携わる関係者らの発言やメッセージに多くの来場者が復興と防災への誓いを新たにした。

画像1 「世界防災フォーラム前日祭」のチラシ(一部)(提供・世界防災フォーラム実行委員会)
画像1 「世界防災フォーラム前日祭」のチラシ(一部)(提供・世界防災フォーラム実行委員会)

「未来へつなぐ決意を新たにしたい」

世界防災フォーラム前日祭は、エフエム仙台・防災・減災プロデューサーの板橋恵子さんによる総合司会で進行した。第1部は昼過ぎに開会。世界防災フォーラム実行委員長の今村文彦・東北大学災害科学国際研究所所長があいさつした。今村所長は、世界防災フォーラムが「第3回国連防災世界会議」(2015年3月に仙台市で開催)で採択された「仙台防災枠組」実施の一環として行われたことに触れながら「大震災の経験を未来へつないでいくという決意を新たにしたい」などと開会のあいさつをした。

写真1 開会のあいさつをする世界防災フォーラム実行委員長の今村文彦氏
写真1 開会のあいさつをする世界防災フォーラム実行委員長の今村文彦氏

続いて世界防災フォーラム会長を務める里見進・東北大学総長が「この前日祭は被災地で防災活動に尽力する若い世代が主役だ。東北はいまだ復興の途上にあるが、本日は東北の元気な次世代と、文化を通じた東北の底力を感じ取っていただきたい」とあいさつ。同フォーラム顧問の郡和子市長は、第2部で被災地の伝統芸能や震災直後から復興コンサートを続けてきた仙台フィルハーモニー管弦楽団(仙台フィル)による演奏が披露されることを紹介しながら「文化・芸術の力をさらなる復興の推進力としてつなげていくことを期待したい」と述べた。

この後、共催機関を代表してJSTの真先正人理事は、この日のイベントが「科学と社会をつなぐ広場」を目指す「サイエンスアゴラ2017」と連携して企画されたことや、第1部「青少年からのメッセージ」の内容が東京・お台場地域の会場に同時配信されていることを紹介しながら「会場のみなさんが世代や立場や地域を越えて防災への意識を高め深めるきっかけになることを願っている」などとあいさつした。来賓あいさつの最後に国連開発計画(UNDP)のジョー・ショウヤー気候変動防災部長は「2015年(第3回国連防災世界会議)に続いてまた仙台に来ることができてうれしく、また光栄だ。世界で大きな地震が頻発して壊滅的な被害も出ているが、大震災を経験した日本ほど防災のモデルとしてふさわしい国はない。世界防災フォーラムの期間中皆さんとともに防災のための行動を起こしていきたい」などと語った。

続いて大震災後にできた東北大学災害科学国際研究所の責任者として防災への努力を続けてきた今村所長が「東日本大震災から6年-教訓を未来へ-」と題して講演した。今村所長は、「東北は復興途上だが、残念ながら災害記憶の風化も進んでいる。あの時何が起きたのか、被災地がそれをどう乗り越えてきたのか、について振り返りたい」と講演を始めた。世界史上4番目の巨大地震により17兆円にも及ぶ甚大な被害と18,000人を超える死者・行方不明者を出した被災直後の画像もスクリーンに映しながらさまざまな復興への歩みを振り返った。

この中で今村所長は平野部としては世界最大級とされる10メートルを超す津波に襲われた仙台市・荒浜地区を取り上げ、被災直後から稲作が再開されるまでに至る日々を紹介した。「被災地が日常を取り戻すためにさまざまな努力を続けた一方で身近な人を失い、仕事や住家を変えざるを得なかった人々にはいまだ癒えない傷が残っている。被災地にはさまざまな課題が残されているが、震災の記憶も薄れている。われわれがすべきことはこの災害が過去のものではなく、将来もまた起きるということと向き合い、この大震災の経験を記憶し続けることだ。東北だけでなく全国の人々と協力し、ともに未来につないでいくことが大切だ」と訴えている。

写真2 仙台市・荒浜地区で稲作が再開された様子を紹介する今村文彦氏
写真2 仙台市・荒浜地区で稲作が再開された様子を紹介する今村文彦氏

「伝え続ける活動」誓う被災地の若者たち

いよいよこの日のメーンイベントである第1部「青少年からのメッセージ」。被災地から岩手県立大槌高等学校大槌復興研究会と福島県立福島高等学校スーパーサイエンス部放射線班や、岩手県立大学災害支援ボランティア団体、「女川1000年後のいのちを守る会」のメンバーのほか、大阪市立大学都市防災教育研究センター研究員の吉田大介さんも登壇し、「パネル報告 災害に学び、未来へつなぐ」が始まった。コメンテーターとして東北大学災害科学国際研究所の佐藤健教授と大阪市立大学都市防災教育研究センター所長の森一彦教授も参加した。

最初は大槌高校大槌復興研究会の生徒3人による報告だ。この研究会の「定点観測班」は大槌町内約180地点を定点観測し、写真で復興の歩みを記録する活動を続けている。大槌町では津波により住民の約9%が犠牲になった。大槌高校は避難所となり、教員と生徒が力を合わせて避難してきた住民の世話などをしてきた。「自分たちにできることは大槌町の未来を考えることだと思った」。登壇した3人は先輩を引き継ぐ形で活動を続けた。

「定点観測班」は復興研究会の6つの活動のうちの一つ。この班のメンバーは2013年7月から神戸大学大学院の教員や院生の指導を受けながら活動を続けた。写真は2,500枚を超え、復興前の写真と対比させながら復興の進捗状況をフォローしてきた。3人の先輩に当たるメンバーは2年間復興が進まずにほとんど変わらない被災地の風景を撮り続けてきたという。やっと進み始めた町の復興。3人を代表して報告した女子生徒は自分たちが記録した最近の写真を見て「やっと復興が始まると思いわくわくした気持ちになった。だからこそ復興の経過を伝えたい」。「新しい町を作るために大勢の人が知恵と力を貸してくれている。困ったときは協力することが大切だということを学んだ」「私たちはこの町が大好きです」などと元気な声で報告した。

次は岩手県立大学災害支援ボランティア団体メンバーの男子学生による報告。全国で200を超える大学の延べ16,000人以上の学生ボランティアを組織し、東北の被災地だけでなく、昨年熊本地震に見舞われた熊本県の被災地などで多様な活動を続けてきた。男子学生は「これからは活動の対象を国内だけでなく世界に広げていきたい」と宣言していた。

続けて「女川1000年後のいのちを守る会」メンバーの2人の青年が報告した。宮城県・女川町でも住民の約9%が亡くなった。町は壊滅的な被害を受けたが、大震災の約1ヵ月後には女川町立第一中学校(その後第二中学校と併合されて女川町立女川中学校となる)で67人の入学式が行われた。2人は新入生としてその中にいた。制服も文房具も流された生徒も多かったが、全国の支援を受けて何とか学業を続けられた。「これまで6年も活動を続けられたのは、自分たちが被災したという思いを素直に語り合うことができ、それを親や家族、先生や地域の大人のみんなが認めて励ましてくれたから」。「守る会」は「普段から住民間の絆を深める活動」「高台に避難できる町づくり」「大震災の被害を正確に記録に残す」の3つを活動目標にこれからも活動を続けるという。

東京電力福島第1原発事故と向き合う福島高校のスーパーサイエンス部放射線班は地域内外の放射線量の測定を続けている。班を代表して男女2人の生徒が活動報告をした。「低線量のレベルは福島県内も県外も大きな差はないことが分かった」。こうした測定結果をフランスでも報告したという。海外からの留学生との交流場面などを紹介した後、「これからも福島の放射線量について分かりやすく伝えていきたい」と宣言するように報告を結んだ。

写真3 岩手県立大槌高等学校大槌復興研究会の活動報告
写真3 岩手県立大槌高等学校大槌復興研究会の活動報告
写真4 大槌高校大槌復興研究会の3人
写真4 大槌高校大槌復興研究会の3人
写真5 活動報告する「女川1000年後のいのちを守る会」の2人
写真5 活動報告する「女川1000年後のいのちを守る会」の2人
写真6 報告する福島高校のスーパーサイエンス部放射線班の2人
写真6 報告する福島高校のスーパーサイエンス部放射線班の2人

大阪市立大学の吉田さんが報告したのはスマートフォンアプリの活用を通じた地域防災の試みだ。報告によると、東北から遠く離れた地域で震災や防災の問題を身近に感じられない子どもたちに防災意識を持ってもらうことを目的に行動を開始したという。吉田さんらが開発したのは、アクティブラーニング災害訓練を行うためのARアプリ。ARとは「拡張現実」とも呼ばれ、実在する風景に擬似的な視覚情報などを組み合わせる技術を使っている。スマートフォンを周囲の風景にかざすと、その場の災害想定に従って警告などが表示される仕組みだ。大阪府堺市内の小学校で行った同アプリを使った体験学習について吉田さんは「地域の人と子どもが町を歩き対話をしながら一緒に体験した」などと説明し、「地域全体の防災意識向上に貢献できれば」と結んだ。

写真7 第1部「青少年からのメッセージ」の一場面。スクリーンに写っているのは大阪市立大学都市防災教育研究センター研究員の吉田大介さん
写真7 第1部「青少年からのメッセージ」の一場面。スクリーンに写っているのは大阪市立大学都市防災教育研究センター研究員の吉田大介さん

「あきらめ」から「あきらめないで自分の命を守る」意識への変革を

「青少年によるメッセージ」に続いて、高知県・黒潮町の大西勝也町長が「想定津波全国一の取り組み」と題して特別発表した。黒潮町は南海トラフ巨大地震が発生すると最大7の揺れと高さ34メートルを超す巨大津波による甚大な被害が予想されている。また報道などを通じて住民の不安も高まっている。

大西町長は「東日本大震災を経験された皆さんに教えを請う立場ですが」と前置きして防災への取り組みを紹介した。黒潮町では被害予想のあまりの大きさに多くの住民が「逃げることをあきらめていた」(大西町長)。同町はそこを出発点として「犠牲者ゼロ」に挑戦する独自の先進的な防災の取り組みを続けている。高齢者を中心に住民の間でできてしまった「あきらめの意識」から「あきらめないで自分の命を守る意識」への転換は容易ではなかったという。大西町長はまず約200人の町職員の意識改革から始めた。

町の人口は約11,500人。これまで1,200回以上の防災活動を行い、延べ約62,000人が参加した。大西町長は住民や町職員らの防災に対する意識を改革するために行ったさまざまな努力を紹介しながら「町全体の雰囲気が次第に変化していった」。その上で「行政指導には限界がある。住民の主体性が大切だ」と強調し、「明日にも巨大地震が来るという『感情』が意識改革につながった」と語っている。最後に足腰の弱いお年寄りの意識が変わる前と後にそれぞれ詠んだ「大津波 来たらば共に死んでやる 今日も息が言う足萎え吾に」「この命 落としはせぬと 足萎えの 我は行きたり 避難訓練」の二つの短歌をスクリーンに映して住民の意識が変わった実例を紹介した。

「『あきらめない』は何となくできてきた。これから『犠牲者ゼロ』に挑戦していく」と大西町長。町では来年度には避難タワー6基、160の避難所、250の避難道路などの防災インフラの整備がほぼ完了するという。「防災を進めることで豊かな地域社会を作り上げる。そのことにより地域社会に暮らす人々が幸せを感じられる。これが最終的な防災の目標だ。(目標達成のためにも)被災地の皆さんからさまざまなご指導をいただきたい」。最後に大西町長はこう力強く語った。巨大地震や巨大津波に対する強い危機感と町長の強いリーダーシップによる防災への取り組みを伝える報告は被災地の来場者にも強いインパクトを与えたようだ。

写真8 報告する高知県・黒潮町の大西勝也町長
写真8 報告する高知県・黒潮町の大西勝也町長
写真9 黒潮町の大西勝也町長が紹介した高齢者の防災に対する意識が変わる前(左)と後(右)の短歌
写真9 黒潮町の大西勝也町長が紹介した高齢者の防災に対する意識が変わる前(左)と後(右)の短歌

コメンテーターを務めた大阪市立大学の森教授は、若い人の間で防災への関心が低いことを示すデータを紹介しながら、子どもたちも参加する地域に密着したコミュニティ防災教育の重要性を強調した。東北大学の佐藤教授は「復興や防災は答えが一つの問題設定では済まない。こうした難しい問題に主体的に取り組んでいる皆さんの話を聞いて素晴らしいと思った。(大学の人間として)若い人の活動をもっと応援しないといけないと思った」などと述べた。

第1部の登壇者によるディスカッションでは高校生らが「自分の町について大震災前はただ小さい町という印象しかなかったが、震災後に改めて自分の町と向き合って(自分の町のこれからについて)いろいろなことを考えさせられた」「活動を始めて人々の暖かさが分かったし、地元が好きになった」などと発言、来場者もしきりにうなずいていた。

また大槌高校の女子生徒が「大震災から6年後の今できる防災とは何ですか」と尋ねると、森教授は「防災教育を通じて楽しく未来につなげることも大切だ」とアドバイスしていた。また「女川1000年後のいのちを守る会」の青年が「防災に興味がない人にどう活動を広めていったらいいのか」との問いに黒潮町の大西町長は「本質的なことを伝えないと人の心は動かない。地域とかコミュニティという言葉がよく使われるが本当に地域のことを理解しているのかと思うことがある。活動する人が本質を追求する姿が共感を呼ぶ。そしてアプローチしにくかったところへもアプローチできるようになる」と明快に答えていた。

写真10 ディスカッションを進める総合司会の板橋恵子さん(左)と、コメンテーターの東北大学の佐藤健教授(中央)、大阪市立大学の森一彦教授(右)
写真10 ディスカッションを進める総合司会の板橋恵子さん(左)と、コメンテーターの東北大学の佐藤健教授(中央)、大阪市立大学の森一彦教授(右)
写真11 第1部と第2部とも進行役を務めた板橋恵子さん
写真11 第1部と第2部とも進行役を務めた板橋恵子さん

支援に感謝して伝統芸能や仙台フィルの演奏、少年少女の合唱を披露

休憩をはさんで午後3時半から第2部が始まった。最初に披露されたのは宮城県気仙沼市に伝わる伝統芸能「浪板虎舞」。気仙沼市も壊滅的な被害を受け、保存会メンバーに犠牲者も出た。それでも集落が分散することなく地域一体となる伝統芸能の活動を続けてきた。「浪板虎舞」は笛と太鼓が奏でる「打ち囃子」に合わせて「虎バカシ(先導役)」と「虎(3人立ち)」が大きな梯子(はしご)に上って演じる勇壮さが特徴。虎が観客の頭をくわえる仕草をするが「悪をかみ取る」意味があるという。この日の舞台でも来場者の頭をかみ、復興と防災を祈願する一幕が見られた。

この後、仙台フィルのメンバー4人がモーツァルト作曲「フルート四重奏第1番」など3曲を演奏した。仙台フィルは大震災の15日後には被災者の心を癒す「復興コンサート」の活動を開始し、これまでに650回ものコンサートを重ねてきた。次にNHK 仙台少年少女合唱隊の合唱があり、第2部の最後に仙台フィルの4人(フルート、バイオリン、ビオラ、チェロ)と合唱隊の共演による「群青」と「花は咲く」の披露があった。「群青」は福島県南相馬市立小高中学校の2012年度卒業生が作詞し、同校教諭が作曲したことで知られる。会場と一体となった2曲を口ずさみながら涙ぐむ来場者の姿も見られた。

写真12 宮城県気仙沼市に伝わる伝統芸能「浪板虎舞」
写真12 宮城県気仙沼市に伝わる伝統芸能「浪板虎舞」
写真13 仙台フィルの4人とNHK仙台少年少女合唱隊の共演
写真13 仙台フィルの4人とNHK仙台少年少女合唱隊の共演
画像2 世界防災フォーラムの案内ホームページから(提供・世界防災フォーラム実行委員会)
画像2 世界防災フォーラムの案内ホームページから(提供・世界防災フォーラム実行委員会)

「世界防災フォーラム前日祭」に続いて11月26~28日の3日間開催された 「世界防災フォーラム」は、日本を中心に40以上の国・地域の研究機関や企業の防災の専門家、行政担当者ら900人以上が参加した。地域防災や防災技術などをテーマにした分科会が展開し、その多くが一般市民にも公開された。期間中、内閣府が主催した「防災推進国民大会」なども併催されている。4日間の期間中、修羅場と深い悲しみを経験した被災地だからこそ説得力をもって言える「防災の大切さ」がさまざまなメッセージとなって国内外に発信された。

(サイエンスポータル編集長 内城喜貴)

(写真1、3、4、6、8、10は智片通博氏撮影、写真6、10は同氏撮影動画から)

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