レポート

イベントレポート「「科学技術は外交の有力なカード」−科学技術外交シンポジウム開催」

2016.05.31

サイエンスポータル編集部 / 科学技術振興機構

写真1 「科学技術外交シンポジウム」であいさつする岸田文雄外務大臣(5月24日、東京都港区の政策研究大学院大学ホール)
写真1 「科学技術外交シンポジウム」であいさつする岸田文雄外務大臣(5月24日、東京都港区の政策研究大学院大学ホール)

 「科学技術を通じた日本外交の新たな方向」をメーンテーマに「科学技術外交シンポジウム」が5月24日、東京都港区の政策研究大学院大学ホールで開かれた。岸田文雄外務大臣は日本の科学技術について「日本の平和と繁栄を支える礎であり、外交に活用できる大きな可能性がある」と述べ、外交の有力なカードに使えるとの考えを改めて示した。村山斉東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構長は「基調発言」で「日本は人類共通の課題を追求していく科学力を持っている。有利な外交ができ、世界を一つにするために貢献できる」と強調した。またパネルディスカッションでは「地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)」の実績を確認しながら今後もアフリカ支援を継続、強化する重要性などについて一致した。

 このシンポジウムは内閣府と外務、文部科学、経済産業の各省、政策研究大学院大学、科学技術振興機構(JST)などの共催で開かれた。シンポジウムでの主な発言やパネルディスカッションでのパネリストのコメントなどをリポートする。

 岸田外務大臣は「科学技術は日本の平和と繁栄を支える礎」と明言し、昨年9月に就任した岸輝雄外務大臣科学技術顧問による政府への貢献をたたえた。また「今回のシンポジウムを通じて幅広い分野にまたがる関係機関、有識者から新しい外交フロンティアである科学技術外交に関してさまざまな知恵をいただきたい」「皆さんの力を借りて科学技術外交をさらに推進する決意をここで表明したい」などとあいさつした。

 このあと岸顧問が顧問就任以来の取り組みや活動内容を紹介した。この中で岸顧問は、科学技術分野での国内外ネットワーク構築の大切さを指摘。直前に迫った主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)で議長国の日本がリーダーシップを取るために、医療データ利用で国際協力を推進することや、生態系、地球観測データの提供などで世界に貢献する構想を政府に提言したことなどを披露した。このほか、8月にケニアでアフリカ開発会議が予定されていることから、科学技術・イノベーション分野におけるアフリカ支援の実績と今後の可能性などを紹介した。

写真2 就任以来の取り組みを紹介する岸輝雄外務大臣科学技術顧問
写真2 就任以来の取り組みを紹介する岸輝雄外務大臣科学技術顧問

 この後、村山東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構長が登壇。要旨以下のように講演し、世界平和に貢献できる力を科学が持っていることや、日本が科学の分野で実績を挙げて国際社会から尊敬を受ける力を持っていることなどを強調した。

 (主な発言要旨)

写真3 基調発言する村山東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構長
写真3 基調発言する村山東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構長

 「外交は私の理解では国と国の付き合いだ。付き合いは互いに良いものを持ってないと成立しない。日本は『深い科学力』により尊敬を受ける外交ができる。特に医学とテクノロジーは人類の健康と繁栄を支える共通の課題だ。日本はそれらを持っている。科学が追求していることは人類共通の目的なので、地球を一つにまとめていくことによりいずれは世界の平和につながっていく」

 「基礎科学の発見は本当に役に立つものだ。例えば素因数分解といった基礎的な学問が(応用分野で)大きな役割を果たしている。宇宙から飛来する粒子の研究で火山を透視することもできる。反物質というとSFの世界のように思われるが加速器で作れるし、実際に(PET診断で)がんの診断に利用されている」

 「自由でオープンな研究者のインタラクション(相互交流)をつくることが大切だ。フランクな空気の下でさまざまな人が集まる多様性が大事だ。多様性から新しいものが生まれる。うちの研究所(カブリ数物連携宇宙研究機構)の教員は4割近くが外国人だ。いろいろな分野にさまざまな国から研究者が来ている。日本の基礎科学力は素晴らしい。アジアで行われた研究でノーベル賞を受賞した例としては、インドと中国がそれぞれ一つあるが、それ以外は日本だ。しかし残念ながら、そうした素晴らしい科学力を発信できていない。こんなに良いものを日本が持っているのにどうして(海外の人は)気が付いてくれないのか思うことがたくさんある。『ジャパニーズペーパー』と言われるが『誰のペーパー』かが伝わっていない。ネットワーク力が弱い。国際的な科学技術の場面では交渉力も大事だがそこが長けていない」

 「人類共通の科学の目的を追求することでどう世界がまとまっていくかもポイントだ。
科学研究は、さまざまな経験をした人が集まってやっている。(ドイツで研究していた時に)環境の違いを乗り越えながらやっていけるのだと実感させられた。欧州原子核研究機構(CERN)は『さまざまな国の研究者が共通の目的で研究できる環境だ』と世界から1万人以上が集まっている。インドとパキスタン、イスラエルとパレスチナの人が一緒に研究している。共通の目的で世界が一つになる環境だ。CERNをモデルに基礎研究の場がヨルダンにもできた。基礎科学の目標のためには敵対関係にある国の研究者が一つの目標に向かって協力できる。世界は一つになれて世界の平和につながっていく、と思っている。CERNは基礎研究で世界をリードしてきたので国連のオブザーバーに選ばれている。日本も科学分野の何らかの施設・設備を作って世界平和に貢献できないかと思っている。」

 「テクノロジー、イノベーション、医学といった人類共通の課題を追求していく科学力を日本は持っている。外交の場面で日本が尊敬される国であり、持っている力を提供することで有利な外交ができる。世界を一つにするために貢献できると思う」

 村山機構長は最後に日本の月周回衛星「かぐや」が撮影した月の平らな地表面から青い地球が次第に上がる美しい映像をスクリーンに映して「日の出」にもじって「地球の出」と表現。「この美しい地球に60億人がいる。こういうものを見ると世界は絶対に一緒にやれるし、やらなければならないと思う。そういう視点と展望を与えるのが科学でそれを外交に使うのは当然だと思う」と結んでいる。

写真4 シンポジウム最後のプログラムのパネルディスカッション
写真4 シンポジウム最後のプログラムのパネルディスカッション

 この日のシンポジウムの最後にパネルディスカッションが行われ、角南篤政策研究大学院大学副学長がモデレーターを務めた。パネリストとして参加した小林喜光三菱ケミカルホールディングス取締役会長は民間企業としてテクノロジーをどうグローバルに考え展開しているかを紹介した。小林会長は「当社は3次元的に考えている。X軸はいわば4半期ごとにどれだけ収益を上げるか、の利益志向の軸。Y軸は10年単位のイノベーションの軸でテクノロジーが世界を変えるという軸。Z軸は100年単位の地球の持続可能の軸。時間軸は違うがこの3次元で考えるのが企業価値だ。時間とともに世の中は変わるので時間軸も加えた4次元的にものをみることが必要だ。これを国家に展開すると国民総生産は単純にX軸で、これだけではなく、イノベーションの10年の軸と、環境問題や持続可能性の軸をしっかり見据えることが国家の品格であり価値だ。これからはこういう見方をしていかないといけない」と述べた。

 また前国際協力機構(JICA)理事長の田中明彦東京大学東洋文化研究所教授は、長く国際協力の実務を担ってきた経験から発言した。田中教授は「日本の援助は、人と人のつながりを通じて相手の自助努力を重視する日本型援助として評価された。21世紀の日本外交の手段を考えると、技術力に最新科学の付加価値を加えて世界に貢献していかなければならないし、そうでないと外交も進まない」と語り「SATREPS」の実績を説明した。

 「SATREPS」は、経済開発協力機構(OECD)科学技術政策委員会の小委員会でも、科学技術と開発援助という2つの目的を持った先進国と開発途上国による極めてユニークな共同研究プログラムとして大きな評価を得ている。田中教授は発言の最後に「これまでは科学技術の国際協力は先進国、という雰囲気もあったが今の地球の課題は発展途上国の現実と向き合って最先端の科学促進も大事にして単なる援助でなく双方の研究者が一緒に相互に切磋琢磨(せっさたくま)して成長していくのが新しい外交の裏打ちになる」と強調している。

 科学技術振興機構(JST)の渡辺美代子副理事は、民間企業で半導体研究を行っていた米国での研究生活を振り返りながら「当時私のように未熟な研究者も、一流の研究者と一緒に話ができる科学の世界は素晴らしいと思った。共感があればいろいろな障壁は越えられると科学の魅力に取りつかれた。外交が難しい国とでも科学者としての共感と信頼があれば外交はできる」「科学技術は日本の強みだが、国内の科学者の数はまだまだ少なく科学の世界も狭い。狭い科学の世界に閉じていてはいけない。環境や感染症、自然災害といった課題は地球規模で解決していかなければならないが、科学者の世界に閉じていては解決できない。科学の世界をいかに社会に開いて聞くが大事だ」と語った。渡辺副理事によると、日本学術会議4月総会で人文科学と社会科学、生命科学や理学、工学の研究者が一堂に集まって安全保障の問題を議論したという。同副理事は「科学者の視点から社会の問題を自分の問題として考えることで科学の世界を社会に少しずつ開いていけるのではないか」と指摘している。

 角南副学長の進行によるパネルディスカッションは「SATREPS」の成果を確認しながら「世界の未来を考えるとアフリカとの関係を強めるのは合理的な選択だ」(田中教授)などアフリカ支援の重要性を共有して終了した。

 「科学技術外交」の考え方や政策論が明確に示されるようになったのは、2007年に総合科学技術会議(現総合科学技術・イノベーション会議)が提言したのが契機とされる。同会議では「日本の優れた科学技術力を人類が抱える世界的な課題の解決に率先して活用し、諸外国を主導してグローバルな国際社会の中でいかにその力を発揮していくかに重点を置くよう、これまでの発想を転換していくべきである」などといった提言が出されている。

科学技術振興機構 サイエンスポータル編集部

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