2018年1月17日レビュー「科学者と市民の協働を目指すシチズンサイエンス」 | SciencePortal 

ニュース - 速報・レビュー(レビュー) -

科学者と市民の協働を目指すシチズンサイエンス

掲載日:2018年1月17日

専門性の高い科学の研究に、一般の市民が加わることはできるのか。加われば、科学研究に新しい潮流を呼び込むことができるのか。どうすれば、お互いに満足が得られるのか。それで社会はよくなるのか――。科学者と市民が一緒になって科学の成果を生み出そうという「シチズンサイエンス」の試みが、日本でも始まっている。

市民が銀河を分類する

写真1 国立天文台で開かれた「市民天文学ワークショップ」。参加者は、田中さんから「すばる望遠鏡」の説明を受けている。
写真1 国立天文台で開かれた「市民天文学ワークショップ」。参加者は、田中さんから「すばる望遠鏡」の説明を受けている。

新年が明けて間もない2018年1月8日。成人の日のこの日、東京都三鷹市の国立天文台に、天文ファンなど約30人の市民が集まった。「市民天文学ワークショップ」の参加者だ。市民天文学。国立天文台が今回のプロジェクトを始めるにあたって作った造語だ。

国立天文台は、ハワイ・マウナケアの山頂に建設した巨大な「すばる望遠鏡」を、2000年から本格的に運用している。標高は約4200メートル。空気は澄んでいて、天体観測に適している。広い視野をいちどに撮れる高性能のカメラを備えており、今では大量の撮影データがたまっている。無数の星が写っているように見えるが、この中には、星の集団である銀河も含まれている。画像を拡大すると、それは一点の星ではなく、円形や渦巻きの銀河として姿を現す。この銀河の形を一般市民に分類してもらおうというのが、今回の市民天文学プロジェクトだ。

科学の門戸を一般市民に開くシチズンサイエンス

科学への参加者を専門の科学者以外に広げ、これまでになかった新たな科学を作り出す。そうして生まれる科学やその流れを「シチズンサイエンス」という。欧米では1990年代から盛んになった。

科学は、もともと専門家のものではなく、別に職業をもったアマチュアによって担われていた。科学を専門とする職業、すなわち科学者が社会の仕組みとして整ってきたのは19世紀になってからだ。それ以来、科学は科学者の専有物になった。研究成果を論文にまとめて同人雑誌に投稿し、「査読」という審査を経て掲載されたものだけが、その科学者の業績としてカウントされる。いくら熱心に研究しても、論文として掲載されなければ業績にはならない。現在の科学は、一般市民とは無縁のこうした独特の仕組みで動いている。

査読による合否は、社会の役に立つ、市民のためになるという観点ではなく、あくまでも学術的な価値で判断される。その結果、科学はとかく社会から遊離して「象牙の塔」にこもりがちになる。この傾向に批判的な意味を込め、社会にあるべき科学の姿として「市民科学」という言葉が使われることがある。「シチズンサイエンス」は直訳すれば「市民科学」だが、この動きとの混同を避けるため、訳さずに「シチズンサイエンス」と呼ばれることが多い。市民天文学が目指しているのも、このシチズンサイエンスだ。

写真2 樹枝六花(じゅしろっか)という形の雪の結晶。2017年1月20日に、荒木さんが気象研究所の構内で撮影した。
写真2 樹枝六花(じゅしろっか)という形の雪の結晶。2017年1月20日に、荒木さんが気象研究所の構内で撮影した。

市民天文学のプロジェクトでは、あらかじめ用意された銀河について、参加した市民がその形をいくつかの型に分類する。国立天文台ハワイ観測所の田中賢幸(たなか まさゆき)特任助教によると、宇宙の誕生から現在にいたる進化の過程で、銀河はその質量(重さ)に応じて、さまざまな形をとってきたと考えられている。現在はコンピューター・シミュレーションでこの過程が再現されているが、ほんとうにこのシミュレーションが正しいかどうかのかぎを握る要素のひとつが、この銀河の分類なのだという。市民参加で大量の銀河を分類し、プロの科学者とともに新たな天文学の知を作り出したい。そこに向かう第一歩が、今回のワークショップだ。

気象学の分野では、2016年の暮れにこのシチズンサイエンスが話題になった。東京都心でも雪が降った11月24日。気象研究所(茨城県つくば市)の荒木健太郎(あらき けんたろう)研究官が、雪の結晶の写真をスマートフォンなどで撮って送ってくれるよう、関東甲信の市民にツイッターで依頼したのだ。雪の結晶は、上空の気温や水蒸気量で形が決まる。結晶の形が分かれば上空の状態を推定できるのだが、どこでどんな形の雪が降ったかを広範囲で調べるには、多くの人手に頼るしかない。荒木さんの呼びかけに応じて、ほとんどその日のうちに約5000枚の写真が集まった。このうち7割が、科学的な分析に使えるものだったという。

科学と社会のどの部分に市民は加わるべきなのか

科学と市民の関係について、科学社会学の分野で2002年に「第三の波」という考え方が登場した。科学者という専門家集団が科学の知をどうやって作っているのかを議論したのが、科学論研究の「第一の波」。科学の知はそもそも絶対的な「真理」ではなく、社会環境の影響を受けながら作られていく一般的な知識と変わりはない。だから、科学のさまざまな局面に市民も参加しない手はないという考え方が「第二の波」。そして、一般市民が参加できるのは科学と社会のどの部分なのかを、あらためて問う研究が必要だと主張するのが「第三の波」だ。

「第三の波」が投げかける問いは広い。市民がかかわるべきなのは、社会問題の解決に向けた意思決定の場面なのか、あるいは科学の知を作り出す場面も含まれるのか。現代の科学は、データの集め方や推論の厳密さなどに関して、科学者の集団が自ら定めた特有のルールで進められている。そこに、この科学者の価値観にしばられない「市民」が参入して勢力を持ったとき、はたして科学者は満足できるのか。当の科学者が科学から締め出されたり、逃げ出したりするのではないか。そうなれば、科学を社会の意思決定に利用しようとしても、頼るべき力強い科学の知そのものが見当たらなくなってしまう。それを避けるには、どうすればよいか。日本のシチズンサイエンスも、世界の潮流に身を任せるだけでなく、それが未来の社会にどう貢献できるのかを、きちんと視程に入れておく必要がある。

荒木さんの場合は、市民が行うのは雪の写真を撮って送るところまでで、その結晶の形の分類は、専門家である荒木さんが行った。降っているのが雨か雪かという単純な判別なら、一般市民と専門家であまり違いは出ないが、みぞれ、あられといった微妙なものになると、市民の判断にはかなりブレがあるのだという。国立天文台の市民天文学プロジェクトは、銀河に関する科学的な知識を伝えたうえで、その形の分類を市民の側に行ってもらう試みだ。つまり、一般市民に科学的な「判断」を求めている。今回のワークショップは、それが実現可能なのかを探ろうとする試みでもある。プロジェクトを進めている臼田-佐藤功美子(うすだ さとう くみこ)・国立天文台特任専門員は、今後の課題について、「一般の方が銀河を分類したとき、専門家の分類とはたして一致するのかを検討する必要がある。参加してくれる市民を根っからの天文ファン以外に広げるには、どうしたらよいのか。日本が得意なゲーム分野の娯楽性を、うまく加えていくことも考えてみたい」と話す。

日本のシチズンサイエンスとは

いま、科学の専門情報は、異なる分野の科学者と、そして市民とも共有を進める「オープンサイエンス」の流れにある。シチズンサイエンスも、その流れと無縁ではない。オープンサイエンスに詳しい科学技術・学術政策研究所科学技術予測センター(東京都千代田区)の林和弘(はやし かずひろ)上席研究官は、「シチズンサイエンスは、『大学院で専門的な訓練を受けなければ科学はできない』というこれまでの思い込みを再考する契機になる。市民の参加で科学研究の透明性を高め、それを科学に対する社会の信頼につなげることもできるはずだ」と話す。その際、科学の知は世界共通でも、それと社会が接する界面はそれぞれの文化に固有なので、海外の成功事例をそのまま日本でまねられない場合もありそうだという。

シチズンサイエンスは、プロの科学者が論文を書くためのデータ収集を手伝うような狭義のものから、既成の科学の枠を市民の手で拡大し、社会の意思決定に市民の知を導き入れようというものまで、さまざまな文脈で語られている。2020年度までの5年間を対象期間とする国の第5期科学技術基本計画でも、シチズンサイエンスの推進がうたわれている。はたして日本にもシチズンサイエンスは根付くのか。科学と聞くと、高校時代の物理や数学を思い出して身をすくませる人にも参加の道は開けるのか。科学の知と社会の関係は、どう変容していくのか。シチズンサイエンスの日本での広まりに注目していきたい。

(サイエンスポータル編集部 保坂直紀)

ページトップへ