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科学技術振興一つの試み

掲載日:2010年10月19日

鈴木章、根岸英一両氏のノーベル化学賞受賞で、久しぶりに科学記事が連日、新聞紙面をにぎわしている。科学記事が科学欄以外に載る比率は、政治、経済、社会などの記事に対し非常に少ないから、余計に目立つのは当然だ。

鈴木章、根岸英一両氏の業績をたたえる記事がほとんどだが、両氏を含め2000年以降にノーベル賞を受賞した日本人10人の業績が1980年代以前のものばかりではないか、という指摘も見られる(10月17日、日経新聞朝刊「中外時評」滝順一論説委員など)。浮かれてばかりでよいのか、ということだ。

こうした指摘と、最近よく言われる日本人の科学リテラシー低下、理工系学部希望者の激減といった科学技術立国の掛け声に反する現実があいまって、日本の科学、技術の現状あるいは将来に対する悲観論が一方で根強く聞かれる。

このような“世論”に真っ向から反論する人もいる。北澤宏一 氏・科学技術振興機構理事長がその1人だ。日本の大学の力量は、論文、特許などの数から見てもかつてより大幅に向上しており、論文被引用数で世界のトップになる研究者も相次いでいる。日本の基礎研究はここ数年、むしろ十分な成果を出している。問題は、日本企業の元気がなく、これらの基礎研究成果に投資しないことだ、という。

昔の研究成果しか評価されていない、という指摘に対しても、日本の代表的な競争的研究資金制度であるERATO、CREST、さきがけという科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業がスタートしたのは1995年以降(ERATOの前身「創造科学技術推進制度」発足は81年)。これらに支援された研究者たちがノーベル賞を受賞するのはこれからの話、というわけだ。

こうした論議が起きるのはなぜか。新聞の基礎研究に関するニュースに成果重視の傾向が強いことが、一つの理由として考えられる。ノーベル賞は別格としても、研究成果が発表されたとき以外には、記事になりにくいという現実がある。「サイエンス」「ネイチャー」といった権威ある雑誌に論文が載ると、記事になりやすいことはよく知られていることだろう。

しかし、こうした記事ばかり読まされても、今、基礎研究の分野でどういうことに研究者の関心が向いていて、どういうことの解明、答えが追求されているか、普通の人にはまず分からないのではないだろうか。さまざまな領域にわたる研究成果を散発的、断続的に読まされたところで、基礎研究の世界の大きな流れをとらえることはまずできない、と思われるからだ。

15日、科学技術振興機構が戦略的創造研究推進事業「ERATO型研究」でことしスタートする新規研究領域と研究総括を発表した。毎年、一般の新聞にニュースとして取り上げられることもなく、発表の仕方も文部科学省の記者クラブに資料を持っていくだけだ(このように説明がない資料だけの発表を業界用語で「投げ込み」という)。発表資料には、「卓越したリーダーのもと、多様なバックグラウンドを持つ若手研究者が結集し、時限的なプロジェクトの中で新しい科学技術の源流を生み出すことを目的として、独創性に富んだ探索研究(研究期間:5年程度 研究費総額は最大15億円程度)を実施する」というERATOの目的が書かれている。しかし、こうした説明に執筆意欲をかきたてられる記者はいなかった、というのが現実だ。

さて、ことしは変化が起きた。山形新聞が発表の翌日、16日朝刊1面で取り上げたのだ。新たに選ばれた5人の研究総括の1人である東山哲也 氏・名古屋大学大学院教授(研究領域:ライブホロニクス、戦略目標:生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出)が、山形県出身(県立鶴岡南高校卒)であることから、同紙が科学技術振興機構の提供資料を基に東山教授にあらためて電話取材し、教授に焦点を当てた記事として掲載した。

この記事を読んだ県内の読者が、技術につながる可能性がある分野として生命システムの研究が重視されていることに関心を持ち、特に鶴岡南高校の同窓生や後輩たちなど東山氏と縁のある人々に科学を身近に感じてもらう、といった効果を同新聞は期待したものと思われる。

こうした報道が普通になるには、新聞の側だけでなく、発表する側にも積極的できめの細かい情報提供が必要なことはいうまでもない。今後このような動きが広がり、新聞の科学報道が“成果重視“の傾向から、研究者の人となりにも焦点を当て、さらに科学、技術のより大きな流れもよく分かるようなものに徐々に変わるなら、読者にも歓迎されるのではないだろうか。

東山教授以外の新規ERATO研究領域・研究総括は以下の通り。

  • 彌田智一 氏・東京工業大学 資源化学研究所 教授(広島県立三津田高校、京都大学卒、研究領域:超集積材料、戦略目標:プロセスインテグレーションによる次世代ナノシステムの創製)
  • 香取秀俊 氏・東京大学 大学院工学系研究科 教授(茨城県立土浦一高、東京大学卒、研究領域:創造時空間、戦略目標:最先端レーザー等の新しい光を用いた物質材料科学、生命科学など先端科学のイノベーションへの展開)
  • 竹内昌治 氏・東京大学生産技術研究所 准教授(山梨県立甲府南高、東京大学卒、研究領域:バイオ融合、戦略目標:プロセスインテグレーションによる次世代ナノシステムの創製)
  • 村田道雄 氏・大阪大学 大学院理学研究科 教授(大阪府立豊中高校、東北大学卒、研究領域:脂質活性構造、戦略目標:生命システムの動作原理の解明と活用のための基盤技術の創出)

【この記事へ読者コメント】

 
鶴岡における地域科学技術イノベーション
投稿者:K_Tachibana 2010年10月27日掲載

山形新聞の一面記事に興味を持ちました。

鶴岡といえば,先日行われた研究・技術計画学会においても「地域における科学技術イノベーション政策の評価指標確立に向けた一考察」というタイトルで、東北公益文科大の新川雅之さんが地域科学技術イノベーションの成功事例のひとつとして取り上げられていたことを思い出しました。

基盤技術創出の研究プロジェクトであれば、基礎研究,応用開発,そして製品上市のスパイラル(本当はその先も必要なのですが)もおのずと可視化されてくるので、新聞記事にも取り上げられやすいのではないかと思います。「研究・技術計画」の視点です。

基礎研究だけ単独であっても、それがどのような位置づけにあるものなのか、概略でもよいのでぽんち絵に描く努力が必要なのだと思いました。

 
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