コラム - オピニオン -

鳥類保護のモデルケースに – アホウドリ回復プロジェクト

山階鳥類研究所・保全研究室研究員 出口智広 氏

掲載日:2013年1月8日

山階鳥類研究所・保全研究室研究員 出口智広 氏

出口智広 氏

 

過去に失われた小笠原諸島のアホウドリ繁殖地を復元させるために、山階鳥類研究所は、伊豆鳥島で産まれた幼いひなを同諸島の聟島(むこじま)に運び、現地 で人が巣立ちまで育てる取り組みを、米国魚類野性生物局などの支援を得て2008年から行ってきた。5年間の取り組みの間に計70羽のひなが運ばれ、その うち69羽を巣立たせることに成功した。09年からは繁殖を目的とする野生のアホウドリが聟島を訪れるようになり、11年からはこれらの中に聟島育ちの個 体も含まれるようになった。そして、昨年12年11月、08年に育てられた雄個体が野生個体と聟島で交尾行動を行い、その巣内には卵が確認された。

 

アホウドリの現状

外洋性の海鳥は、保全の必要性が国際的に強く叫ばれる鳥類群の中でとりわけ多く、絶滅危惧種を含むグループである。中でも、アホウドリ科の鳥類はその割合 が最も高く、全22種中17種が絶滅危惧種に現在指定されている。アホウドリ科をこのような危機的状況に追い込む主な原因は漁業活動中の混獲であるが、そ の他にも、繁殖地に持ち込まれた移入種による捕食が問題となっていたり、温暖化がもたらす海面上昇による繁殖地の水没や、海上で汚染物質やプラスチックを 摂食することによる体内蓄積の影響が危惧されている。

わが国の特別天然記念物で、国際自然保護連合(IUCN)の絶滅危惧種II類に指定されるアホウドリは、翼開長2.3メートル、体重4-5キログラムに達 し、北太平洋で見られる海鳥の中で最も大きな種である。彼らはかつて、伊豆諸島や小笠原諸島以西の島嶼(しょ)において、約数百万羽が繁殖していたと推定 されている。しかし、羽毛採取を目的とする著しい乱獲や、リン資源の採掘による繁殖地の破壊によって、彼らの繁殖地は1900年前後に次々と失われた。そ して、一時は「絶滅」とまで報じられたこともあったが、1951年に伊豆鳥島、1971年に尖閣諸島でわずかな生息が再確認された。

その後、伊豆鳥島では、気象庁鳥島観測所の職員や東邦大学の長谷川博氏による献身的な保護活動、および「種の保存法」に基づいて1993年から始まった国 の保護増殖事業により、現在、つがい数500組、個体数3,000羽以上に回復している。しかし、総繁殖個体の8割以上が営巣する伊豆鳥島は、活火山を有 する島であり、噴火によって繁殖地が破壊される危険に常にさらされている。一方、数十つがいのアホウドリが繁殖すると推定される尖閣諸島は上陸調査が認め られておらず、まして十分な保護活動など不可能である。2つの繁殖地はこのような問題を抱えるため、専門家の間では、種の存続のためには第三の繁殖地をつ くることが20年以上前からの懸案だった。

 

プロジェクト実現までの経緯

アホウドリのひなに給餌する出口智広氏

アホウドリのひなに給餌する出口智広氏

(小笠原諸島聟島で。山階鳥類研究所提供)

アホウドリが非繁殖期に集まるベーリング海は、タラやオヒョウなどを釣り上げる「底はえ縄漁業」が盛んな場所である。ここには海鳥も多く集まるため、彼ら が混獲される事故が多発しており、アホウドリも、1995年に2羽、1996年に1羽、1998年に2羽の混獲が確認された。同様の事故は今後も十分起こ りうるという判断から、米国政府は2000年に本種を「絶滅危惧種」に指定した。米国における絶滅危惧種の混獲に対する規制は非常に厳しく、底はえ縄漁業 による本種の混獲数が2年間で4羽を超えた場合、漁場を閉鎖するという決定が下った。また、米国の絶滅危惧種法は、対象種の回復計画の作成も義務付けてお り、米国魚類野生生物物局が事務局となって、米国、日本、豪州、カナダの専門家からなる「アホウドリ回復チーム」が組織された。

アホウドリ回復チームは2008年までに4回の会議を開き、議論を重ねた結果、本種を絶滅危惧種の指定から解除する最終目標として、(1)1,000つが い以上が3つの異なる地域で繁殖すること、(2)250つがい以上が伊豆鳥島以外で繁殖し、そのうち75つがいが尖閣諸島以外で繁殖すること、(3)3つ の繁殖地の個体数が年率6%以上で増加すること — の3条件を定めた。そして、この目標を達成するための実施項目として、漁具の改良、本種の採餌海域の特定、伊豆鳥島と尖閣諸島の繁殖状況の継続調査などが 組み込まれ、なかでも、もっとも重要とされた第三の繁殖地の形成を、山階鳥類研究所が米国魚類野生生物物局と日本の環境省の協力を得ながら取り組むことに 決まった。

 

さまざまな苦労

第三の繁殖地をできるだけ早く作り上げるために、回復チームは、デコイと鳴き声が流れる装置を設置する従来の方法に加え、アホウドリ科では世界初の試みと なる、繁殖候補地へ移送したひなを人手で育てる取り組みを決めた。アホウドリ科の鳥類は巣立ち後の生存率と生地回帰性が非常に高いため、幼いひなを移送・ 飼育する試みは新繁殖地形成の有効な手段と考えられるからである。

しかしながら、アホウドリ科のひなの人工飼育に関する技術的知見は、ほとんど蓄積されていない。そのため著者らは2006年に、個体数が比較的多い近縁 種、コアホウドリのヒナの人工飼育をハワイで試みた。しかし、給餌時の衛生管理が不十分だったために半数のヒナが死亡し、不適切なハンドリングが原因で飛 べなくなった個体も現れた。このような問題点を克服するため、その翌年には同様に個体数の多い近縁種、クロアシアホウドリのヒナの人工飼育を聟島で試み た。アホウドリの人工飼育を99%近くの確率で成功できたのも、事前の尊い犠牲があったからと言える。

「東洋のガラパゴス」と呼ばれる小笠原諸島は、地域固有の動植物を非常に多く生み出してきた場所である。しかしながら、近年は、人間が持ち込んだ移入種 によって、彼らの生存は強く脅かされており、小笠原を長年フィールドとする研究者・地元関係者は、細々と生き残る固有種の保全に努めていた。そのような状 況下で、アホウドリの移送という大規模な取り組みが計画されたことは、多くの不安感を与えた。この取り組みが回復チーム内でまだ議論されているとき、当時 の環境省は及び腰であり、対応が後手に回っていたことも要因となった。わが国で大規模な取り組みを進める上で、所管となる行政機関の必要性をあらためて痛 感した。そのため、事前の同意を地元で得るまでには多くの時間を要した。

2012年に終了したひなの移送・飼育に関わるこれまでの総事業費は、数億円に上る。その5割以上は米国魚類野生生物局からの支援によるものだが、これに 比べると環境省の支援はわずか1割程度であり、残りの大部分は山階鳥類研究所が賄う必要があった。年間の総事業規模が数億円である当研究所にとって、この 金額は非常に大きなものである。朝日新聞社、サントリー世界愛鳥基金、三井物産環境基金などに加え、当研究所を支える賛助会員には多大なるご支援をいただ いた。

 

今後に向けて

すくすく育つアホウドリのひな

すくすく育つアホウドリのひな

(小笠原諸島聟島で。山階鳥類研究所提供)

その大半が絶滅危惧種であるアホウドリ科においては、消失の危機にさらされている繁殖地も多い。そのため、安全な場所で彼らの繁殖地の形成を試みる必要 が、世界各地で緊急に求められており、実際、ニュージーランドのチャタム諸島では、アホウドリの取り組みを手本としたプロジェクトが動き始めようとしてい る。著者にとっての第一の目標は、この取り組みが、アホウドリの確実な回復のみならず、絶滅がより強く心配される鳥類の保護活動のモデルケースとなるとな るよう、これまで発展させた技術を学術的に確立し、一般化することである。

また、小笠原諸島は、エコツーリズムや漁業活動が重要な基幹産業となっている地域であり、IUCNが定める世界自然遺産への登録にともなって、より広域・ 高頻度な環境利用が今後進む可能性がある。伊豆鳥島という絶海の孤島で暮らすアホウドリを、人の営みの近くに連れてくると決めた以上、もはやアンタッチャ ブルな存在として保つことは不可能と言える。

自然環境の回復・保全を長期間継続させるためには、そこに暮らす地域住民と連携して、持続可能な利用との共存を図ることが必要不可欠である。とりわけ、ア ホウドリは、繁殖開始年齢(5歳以降)、繁殖速度(年1卵)がともに遅いため、集団繁殖地が安定的に確保されるまでには長期間を要する。そのため、本種が 地域の大切な財産として守り続けられるように、小笠原の地域住民に向けた教育活動・情報発信を積極的に行い、地域住民主体のサステナブルな活動が展開され る社会環境を整備していくことがもう一つの目標である。

山階鳥類研究所・保全研究室研究員 出口智広 氏
出口智広 氏
(でぐち ともひろ)

出口智広(でぐち ともひろ)氏のプロフィール
札幌市生まれ。北海道立札幌手稲高校卒。2004年北海道大学大学院農学研究科博士課程修了。博士(農学)。2005年から現職。主な研究分野は行動生態学、海洋生態学。海洋環境変動と海鳥の採餌繁殖生態の関係について研究してきたが、鳥類の栄養状態、ストレス応答など生理学的テーマにも関心があり、入所後はアホウドリ回復チームのメンバーとして、小笠原への再導入プロジェクトを担当。主な著書は、「日本の希少鳥類を守る」(分担筆、京都大学学術出版会)、鳥類学(共訳、新樹社)。

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