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ぼくちっともわるくないもん(塩谷喜雄 氏 / 科学ジャーナリスト)

2011.12.14

塩谷喜雄 氏 / 科学ジャーナリスト

科学ジャーナリスト 塩谷喜雄 氏
塩谷喜雄 氏

 日本社会に潜む幼児性と非科学性を、これほど見事に凝縮・体現した文書は他にはあるまい。東京電力が12月2日に公表した福島第一原発事故の中間報告は、事件の第一容疑者が、事件を捜査するという「外形上」の奇怪さに加え、内容も、科学的合理性を欠いた事実の偽装と、開き直りが満載で、かなり異様である。

 中間報告では、自社が保有する原発=工業生産施設が引き起こした放射能汚染という現実の大災害を、すべて津波のせいにするため、さまざまな偽計が凝らされているものの、それが悲しいほど露骨で拙い。民主主義国の公益巨大企業とは思えない弁(わきま)えのなさが目立つ。

 A4判250ページに及ぶ中間報告の内容を要約すれば、こうなる。「おっきいツナミがきて、み〜んなこわれちゃったの。ホウシャノウでそこらじゅうをよごしてしまったけど、ぼくは言いつけどおりにしてたから、ちっともわるくないもん」

 この中間報告を後日、撤回・抹消されないために、私は「ぼくちゃん文書」あるいは「ぼくちゃんの身勝手文書」と名付けて、永久保存版にしたいと思う。

 東北太平洋沖地震で被災した原発は、福島第一だけではない。青森県の東通原発、宮城県の女川原発、福島第二原発、茨城県の東海第二原発も、それぞれ3月11日に地震の強い揺れと津波に遭遇している。多少の曲折はあったが、福島第一以外はみな放射能漏れもなく、無事に冷温停止している。
地震と津波に襲われた原発群のうち、なぜ福島第一だけが、世界の原発史上類例のない、隣接原子炉4基の同時多発「過酷事故」を起こしたのか。明暗を分けたのは何か。事故調査の初歩は、他の被災原発と福島第一の徹底比較であるべきだ。

 3.11から9カ月がたっても、学界もメディアも、その比較検証に動く気配が見られなかった。東京電力と経産省の原子力・安全保安院が、福島第一原発事故の基本データを封印してきたこともあるが、学問と報道にとっての常道であり、王道でもある比較検証の報告がいまだに出てこないのは、意図的に回避・封印されてきたと見るのが妥当だろう。

 理由は賠償責任だと推察できる。原子力損害賠償法が規定している原子力事業者の無過失・無限の損害賠償責任を、東京電力が逃れるための「ためにする情報」が、事故直後からずっと計画的に流され続けている。一時期、マグニチュード(M)9.0という震源のエネルギー規模をもって、観測史上五指に入る巨大地震などと言い立てる俗論が、経済界や法曹界などで盛んに喧伝された。

 日本のいわゆる文科系人間の科学的素養の貧弱さは、経済協力開発機構(OECD)の調査などでも世界的に有名である。マグニチュードは、震源での地震エネルギーの規模を示す数字である。その土地に到達した地震の揺れの強さを表す数値ではない。震源での地震エネルギーがいくら大きくとも、震源から遠く離れれば、到達する地震波の揺れはぐんと弱くなる。

 被災原発の中では震源に一番近い女川原発で記録された揺れの最大値は、重力加速度にして570ガルほど。2007年に柏崎・刈羽原発を襲った中越沖地震の揺れ、1,300ガルの半分以下である。福島第一でも地震の揺れは地震計に自動的に記録され、最大は550ガルだったと東電の中間報告は述べている。

 500-600ガルの揺れでは、原陪法上の免責事項「異常に巨大な天災地変」には全く該当しない。地震国日本の原発としては大甘だと、地震学者から指摘されていた基準地震動(耐震設計で想定・考慮すべき最大地震動)程度の揺れで、機器、配管、システムが破損したのでは、電力会社の面目は丸つぶれだ。耐震基準は甘くても設計の余裕度で大きな地震にも耐えるとうそぶいてきたのに、手抜かりと備えのお粗末さが、世間に知れ渡ってしまう。地震では何も壊れていないと言い張るしか道はないのである。

 免責を得るための頼みの綱は津波である。それは十分に高く人間の手に負えないほど強くなければならない。

 炉心のメルトダウンや水素爆発の遠因とされる外部電源の喪失は、津波によって送電用鉄塔が倒れたためだと、東電は最初主張していた。ところが、倒れた鉄塔まで津波は到達しておらず、地震の揺れで倒壊したことが判明した。東電はやむなく訂正したが、すぐばれるような底の浅いウソをついてまで、あらゆる損傷を津波のせいにしようという姿勢は、その後も何ら変わっていない。

 事故から2カ月もたって、東電は福島第一の監視カメラの映像の映像を一部だけ切り取って流した。原子炉建屋などにぶつかって盛り上がる津波を、テレビを通じて繰り返し見せつけ、高さ15メートルの津波に襲われた天災だと、人々に印象付けることにまんまと成功した。

 原子炉建屋のような大きな壁に突き当たった津波が、行き場を失って上に盛り上がるのは、当たり前の物理現象である。それは地球物理学でいう津波の高さではない。科学が決めている比較検証可能な津波の高さとは、その海岸の平均潮位などをもとに決められた基準面に比べてどれくらい海面が上昇したかである。

 真っ赤なうその次は断片情報による印象操作。マスメディアはそれに手を貸し、科学ジャーナリズムは、データや映像を科学的に検証しようとすらしなかった。一連の「みんな津波が悪いのよ」作戦の集大成が、12月2日の東電中間報告である。

 それによると、福島第一を襲った津波の高さは13メートルで、福島第二には9メートルの津波が来たとしている。福島第一の主要構造物は海面から10メートルの土地に建っていて、高さ13メートルに及ぶ津波の浸水を受けて、みんな壊れたという筋書きを強調している。福島第二は、原子炉などの建つ土地は12メートルの高さがあり、9メートルの津波には耐えたというシナリオらしい。

 これは全く仮想の、まさしくシナリオでしかない。津波の高さ13メートルも9メートルも、実測値ではない。「インバージョン解析」「津波再現計算」などともっともらしい呼び名を付けているが、机上で仮想の計算をした結果である。科学的信ぴょう性は著しく低い。

 津波の波源からの距離、波の進行方向、動いた水の量、周辺の地形などを考慮して、海岸線に到達した津波の高さを推定したというが、福島第一と福島第二の津波実測値は、いったいどこにいったのだろう。中間報告では、「潮位計、波高計が地震、津波の影響を受けたため直接測定できていない」と簡単に済ませているが、到底納得できない話だ。

 原発の港に設けられた検潮所のデータは、自動的に監視所に送られているはずで、記録がゼロなんてことはないはずだ。津波をはかる潮位計が津波で壊れたなんて話なら、誰もが納得できるように、丁寧に説明すべきであろう。

 事故後9カ月もたって、パラメーターのさじ加減でいかような数字もつくれる推定計算などを振りかざす責任企業に対し、偽装や偽計の疑いを持たない方が非常識だろう。

 推定計算の信ぴょう性の薄さはご当人たちも承知のようで、震央との距離が178キロと183キロと、わずか5キロしか違わない福島第一と福島第二で、津波高さに4メートルもの差があるのは、「波のピークの重なり具合」などと、わけのわからない言い訳をしている。

 推定計算による津波の高さには、もうひとつ不可解な点がある。比較すべき基準面を、原発からかなり離れ小名浜港の工事用基準面を採用していることだ。原発の眼前の海の基準面でない理由はどこにあるのだろう。

 疑惑まみれの東電中間報告と好対照なのは、女川原発の地震と津波に関する東北電力の報告である。震災から1カ月足らずの4月7日に発表されたデータだ。

 女川原発を襲った津波は、発電所前面の港に設けられた検潮所の実測データで、13メートルである。女川原発の検潮所には、基準水面の上5メートル、下5メートルの潮位変化を計測できる常時観測用潮位計と、非常用のバックアップ観測のため、基準水面の上20メートル、下5メートルの変動を記録できる潮位計も備えてあり、科学的検証が可能なデータとして大津波が記録された。

 それによって、最大波が女川原発に押し寄せたのは、地震発生から44分後の、15時30分ごろであることも、はっきりと読み取れる。基準面から14メートルの高さに原発の主要施設が建っている女川原発では、最大高さ13メートルの津波による浸水はほとんどなく、記録と現実がきちんと整合している。

 片や放射性物質をまき散らして、8万人以上に避難生活を強いている福島第一原発、片や冷温停止して津波で被災した住民の避難所となっていた女川原発。住民にとっては天国と地獄とも言うべきこの差がどこから来たのかが、ほかならぬ東電自身が発表した中間報告という「ぼくちゃん文書」から見えてくる。

 東電の中間報告はA4版250枚に及ぶ大部で、東北電力の地震報告は同19枚である。虚言は概ね「饒(じょう)舌」と「冗舌」を伴う。

科学ジャーナリスト 塩谷喜雄 氏
塩谷喜雄 氏
(しおや よしお)

塩谷喜雄(しおや よしお)氏のプロフィール
岩手県立盛岡第一高校卒、東北大学理学部卒。1971年日本経済新聞社入社 科学技術政策、原子力、先端医療、環境問題、地震防災などを取材。科学技術部 次長、筑波支局長、編集委員を経て、99年から論説委員(環境・科学技術担当、1面コラム「春秋」の執筆)、2010年9月末退社。93年に喉頭がん手術 のため声帯の4分の3を切除、本人によると天性の美声を失う(旧友の多くは術前術後で大差無しとの評)。治療のため70グレイという大量の放射線を浴び る。趣味は飲酒。著書に「生命産業時代」(共著、日本経済新聞社)、「水を考える」(共著、日本経済新聞社)、「これでいいのか福島原発事故報道」(共著、あけび書房)

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