インタビュー

「予知に頼らない地震対策目指し」 第1回「甘かった津波予測 3.11最大の教訓」(本藏義守 氏 / 地震調査研究推進本部 地震調査委員会 委員長、東京工業大学 名誉教授)

2015.09.01

本藏義守 氏 / 地震調査研究推進本部 地震調査委員会 委員長、東京工業大学 名誉教授

本藏義守 氏
本藏義守 氏

 東日本の太平洋岸一帯に大被害をもたらした東北地方太平洋沖地震から4年5カ月となる。福島第一原子力発電所の廃炉作業には今後30~40年かかるとされているのをはじめ、被災地の復興には長い時間と膨大な費用が見込まれている。1995年に神戸市をはじめ兵庫、大阪、京都に大きな被害をもたらした兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)を機に発足した地震調査研究推進本部(本部長・文部科学相)は、東北地方太平洋沖地震から何を学んだのだろうか。発足後20年を迎えた同本部の地震調査委員会委員長を務める本藏義守(ほんくら よしもり) 東京工業大学名誉教授に、日本の地震対策の課題と、防災分野の国際協力で果たす日本の役割を聞いた。

―地震調査研究推進本部20周年記念シンポジウムが先日、行われました。パネルディスカッションでの発言や閉会あいさつの中で、本部の活動をもっと国民に理解してもらい、国民との距離を縮めることの必要を強調されておられましたが。

昔は関係省庁の地震対策担当者と研究者からなる地震予知連絡会というものがありました。そこでの議論を経て東海地震の危険性が指摘され、1978年に大規模地震対策特別措置法ができ、東海地域が地震防災対策強化地域に指定されたわけです。以来、神戸市をはじめ兵庫、大阪、京都に大きな被害をもたらした1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)まで、地震予知はできるという前提で地震対策は考えられていました。観測をきちんとやれば地震の前兆は捉えられる。少なくとも東海地震は、ということで。

ところが、阪神・淡路大震災で、予知を前提とする地震対策がものの見事に否定されてしまいました。それで地震調査研究推進本部ができたのです。地震の起こり方を理解する、つまり大学を中心とした理学的な研究だけでは、国民を地震災害から守るには限度がある。そうではなく地に足が着いた真に役立つ地震調査研究を進めなければならない。研究にとどまらず防災につながることをしなければならない…となったわけです。

地震防災対策の強化、特に地震による被害の軽減に資する地震調査研究の推進という目標のために、総合的かつ基本的な施策の立案という役割が、地震調査研究推進本部に課されました。ただ、予知を前提にしないとはいっても、予測に関するものが何もないのは不便です。長期予測なら可能で、意味もあるのではないか、となりました。ただし、原子力発電の建設予定地のような特別の地域を別にすれば、1,000年先に起こる可能性のある地震を予測したところで社会の役には立ちません。時間軸としては一世代、30年くらいのスパン(期間)が適当だし、この先30年くらいの間にどのくらい被害を及ぼすような地震が起きる可能性があるかという予測なら意味がある、と考えられました。

さらに国民にとって最も気になることは建物が地震動に耐えられるかどうかですから、地面がどのように揺れるかを提示しないといけません。国民が理解しやすい震度を示すのが妥当ということで、それぞれの地域で30年以内に震度6弱の地震に見舞われる可能性がどのくらいあるかを示す日本地図を作ることになりました。それぞれの地域に揺れを及ぼす地震はいろいろあります。それらを全て合成して示すわけですから、膨大な作業が必要です。そうして出来上がった地震動予測地図は最新の知見を入れて毎年、更新されますし、関心のある地域を拡大して見ることができますから、自分たちが住む地域がどのくらいの地震動に見舞われる危険があるか、が一目で分かります。

確率論的地震動予測地図(基準日:2014年1月1日)
2014年から30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布
(平均ケース・全地震)
(地震調査研究推進本部提供)
確率論的地震動予測地図(基準日:2014年1月1日)
2014年から30年間に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率の分布
(平均ケース・全地震)
(地震調査研究推進本部提供)

―だいぶ前になりますが津波対策に熱心に取り組もうとしているある市長がシンポジウムで悩みを打ち明けていました。津波の危険度を示す防災地図を公表しようとすると地域の不動産業者から「土地・建物の値段が下がるからやめてほしい」と言われる、ということでしたが。

今、そのような話は聞きませんね。むしろ保険会社などには活用してもらっています。地震の危険度が高い地域の地震保険料と危険度が低いところの保険料の額に合理的な差をつける算出法の基礎資料になる、ということで。ただ、地震動予測地図の活用実態については、十分に把握しているわけではありません。自治体などに利用を呼びかけるなど、活用法については国民と一緒に考えるという姿勢で普及に取り組んできました。地震動予測地図を作っただけでは意味はそれほどありませんから。例えば、危険度の高い地域の学校から校舎などの耐震強化工事を優先的に実施する、といったことに活用してもらえたら、と願っています。

―2011年3月に起きた東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)では、地震動予測地図は役に立ったのでしょうか。

3.11(東北地方太平洋沖地震)の最大の教訓は津波の危険度を深く考慮していなかったことです。さらに地震自体も予測とはまるで違っていました。あれほどの巨大地震は想定していなかったのです。過去の地震を参考にして理解していたと思っていましたが、単純ではなかったということです。滅多に起きない地震についても考慮しなければ、ということを思い知らされました。2014年に更新した地震動予測地図からは、1,000年に1度くらいの頻度でしか起こらない巨大地震についても考慮しています。

ただ、3.11の後で東北地方太平洋沖地震の影響も加えた震度予測について見直しの作業をしました。ところが、結果は非常に大きくは違わなかったのです。やはり問題は津波の想定が甘かった、ということです。それまでは10メートル程度という想定が、場所によっては30メートルということでしたから、まるで違っていました。津波予測さえしっかりしていれば、あんな被害にはならなかったでしょう。

―その後、どのような対応がとられたのでしょうか。

津波の予測技術を高める必要があります。津波予測の精度を高めるには、直接観測する手段が効果的です。海底に圧力計を設置しておけば、津波が来るのが、海底ケーブルで結んだ圧力計の観測結果から分かります。海面が上昇すれば水圧が増えるわけですから。東北地方の太平洋沿岸全域の海底に圧力計を設置する作業はだいぶ進んでいます。これから巨大地震の到来が心配されている南海トラフ沿いの海底に圧力計を設置する作業も始まっています。費用は100億円くらいでしょうから、例えば東京オリンピックにかかるといわれている費用などに比べると、高すぎるということはないと思います。

津波の難しさは、大きな津波は滅多に来ないということです。津波注意報が出ても逃げようとした人が少ない、といったこともよく聞きます。「1メートルの津波が来る可能性がある」と言われても確かに逃げない人はいるでしょう。被害が出ないなら逃げなくてもよい、とも言えます。ただ、「5メートルの津波が来る」と聞いて逃げない人はいないはずです。結果的に1~2メートルだったとしても「小さくてよかった」で済めばよいのですが。要するにできるだけ正確な予測数字を出すことが大事ということです。3.11も最初から「10メートルの津波の恐れがある」という警報が出ていたら、被害は全く違っていたのではないでしょうか。

津波予測については、内閣府が最大規模の津波予測を公表しています。われわれ地震調査研究推進本部は、今後30年間で例えば1メートル以上の津波が来る確率を示した予測地図を整備したい、と考えています。さらにそれに加えて東北地方の太平洋沿岸や南海トラフ沿いのフィリピン海沿岸地域の海底に設置した観測網により正確な津波の高さをリアルタイムで推定し、警報発令につなげることができるようになれば、効果的な津波対策も可能と考えております。

(小岩井忠道)

(続く)

本藏義守 氏
本藏義守 氏

本藏義守(ほんくら よしもり) 氏のプロフィール
広島県生まれ。1969年東京大学理学部卒。74年東京大学大学院理学系研究科地球物理学専攻博士課程修了。東京大学地震研究所助手、東京工業大学理学部助教授、教授、理学部長を経て、2004年東京工業大学理事、副学長。11年同名誉教授。12年から地震調査研究推進本部地震調査委員会委員長。専門は固体地球物理学。96年には気象庁地震防災対策強化地域判定会委員を務めた。科学技術振興機構と国際協力機構(JICA)が共同で実施している地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)の研究主幹(防災分野)も。

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