インタビュー

第3回「初中等教育から地学重視を」(岡田義光 氏 / 防災科学研究所 理事長)

2011.05.06

岡田義光 氏 / 防災科学研究所 理事長

「マグニチュード9.0の衝撃」

岡田義光 氏
岡田義光 氏

東日本大震災は、福島第一原子力発電所事故の被害の深刻さに内外の目が集中している。これから原子力発電の是非を含めたエネルギー政策論議が高まるのは必至と見られる。原子力工学をはじめとする科学者、技術者は、これまで一般の国民にどれだけ正しいことを伝えてきたのか? そんな不信の声が、科学者、技術者に向けられることを心配する声も出ている。では、地震学者は今回のような地震が起きたことに対してどのように感じているのか。岡田義光・防災科学研究所理事長に聞いた。

―地質学や地球物理学を含め地震学の分野で、今回の地震が起きたことで、何か問題点は見つかりませんでしたか。例えばこの専門の研究者層が薄い、といった。

貞観地震による津波のように平安時代に起きたことが今日、明日にも再来するということはなかなか想像できませんでした。すぐには来ないだろうという思いこみのようなものがあった、という反省があります。地震やGPS(衛星利用測位システム)による地殻変動など地球物理的な観測は観測網をつくれば大量にデータが得られます。しかし、古い地震の調査は、地質や地形の専門家でないとできません。そうした古地震学や古津波学の研究者は数が少ないのです。一生懸命研究しても論文が次々に書けるわけではなく、評価されるような仕事に結びつきにくい分野となっています。過去の地震データを洗い直すという意味でも、こうした研究をきちんとやり直す必要があります。

地震学者や地球物理学者にも大きな反省があります。福島県や茨城県の沖合ではマグニテュード(M)8クラスは起きないし、これからも起きないというこれまでの単純な考えを改めないといけないわけです。太平洋プレートが年間8センチくらいのペースで大きな地震を起こさず沈み込んでいると思っていたのが、一部分はせっせとひずみを蓄えていたのです。東北大学の人たちが中心となって発展させてきたアスペリティモデルで、海で起きる地震のメカニズムはもうかなり分かってきたから、次は内陸の地震に力を入れようというムードもありましたが、どっこい、海の地震についてもまだまだわれわれの分からないことがたくさんあったということです。

何百年あるいは何千年ごとにそのひずみを一挙に放出するメカニズムはどういうものか。新たな謎を地震学者や地球物理学者たちは投げかけられました。「もう一度顔を洗って出直せ」と言われかねないぐらい根本から考え直さなければいけないのではないか、と思っております。

―アスペリティモデルのどこが不十分だったのでしょうか。あるいは全く否定されるようなことになっているのですか?

全否定されたわけではありません。アスペリティというのは突起のようなイメージです。海洋プレートと陸側プレートの接している部分は構造が一様ではなく、突起のようなものが支えて非常に強く密着しているアスペリティと呼ぶ部分と、あまり摩擦がなくて海洋プレートがずるずる潜り込んでいるようなところがあるという考え方がアスペリティモデルです。突起がパチッと外れると、周りはつられて一緒に動く。孤立的なアスペリティによって小地震が規則的に発生している場所が、岩手県釜石市の沖に見つかっています。そこではM4.8ぐらいの地震が、大体5年ごとぐらいに10回ほど繰り返されており、そろそろ起きると予測していたらその通り起きたという成功例が最近2-3回続きました。

こういう単純な場所とは別にアスペリティが密集している場所もあり、相互に絡み合うため複雑ではあるけれど、アスペリティの組み合わせでいろいろなことが説明できる、と最近は言われていました。しかし、今度のような連動型の巨大地震についてはこうした考えが単純には当てはまりそうにないということです。

西日本では歴史的に連動型地震が起きていることが分かっており、どうして起きるのかコンピュータで一応シミュレーションも行われています。東海地震が起きて南海地震が続いて起きるといったことも計算上は再現することができます。ただ、パラメーターのとり方で、実はどんな答えも出すことができます。現象は再現できたとは言うものの、本当にメカニズムの説明になっているかどうか、分からない面があります。ですから今回のM9の地震が起きたメカニズムをどのように説明できるか、大きな宿題を与えられたと思います。

―学界の中ではまた新たな研究課題ができたということでよいかもしれません。しかし、一般の人から見ると、地震学者が「分からない」では不安です。仮説であってもとにかく説明してもらいたい、という声が強いと思います。

そうですね。16年前の阪神・淡路大震災の後にまさにそうした議論が高まりました。基礎的調査を組織的にやっていなかったという反省から、海で起きる地震、陸の活断層で起きる地震のうち主要な地震を起こす場所ごとに、どのくらいの大きさの地震がどのくらいの確率で起きるか調べ上げたのです。しかし今回、それがとんでもなく不十分であったことが判明しました。各領域単独で起きる地震については過去の歴史を基に見積もりをしており、間違ってはいないのですが、日本海溝沿いで今回のように連動して起きる地震が発生することは、全く想像していなかったのです。連動型の地震については個々に起きる地震とは別の裏に潜む何かがある。それを考慮しないといけないことが分かったといえます。

50年前、福島第一原子力発電所の建設計画がもちあがったころは、プレートテクトニクス理論すら確立していなかった時代です。さらに福島県沖や茨城県沖には大地震は起きないという思い込みもありました。今回の地震により、これまでのような想定では絶対にいけないことが分かったわけですから、影響はいろいろな面に及ぶと思われます。

―話は飛びますが、先ほど古地震学や古津波学の研究者は数が少ないというお話を伺いました。これは地学という学問分野が、重工業化を重視する戦後の産業政策の中で軽視されてきた歴史が背景にないでしょうか。資源は海外から買ってくればいいということで。私のころ高校で地学を履修する生徒はごく一部でした。

私のころも既に少なかったですね。今、大学でも地球物理などに来る学生が少なくなっていると聞きます。環境分野には、皆行きたがるそうですが…。日本のような災害が多い国ではとりわけ初等、中等教育から地学を教えなければいけません。地学と言わず、例えば自然という名前でもよいから、とにかく小さいころから教えることが重要だと随分前から言われています。地震学会の中でも高校の先生を中心に地学教育を振興すべきだという活動が16年前の阪神・淡路大震災あたりから活発になっています。日本学術会議でも、地学教育をきちんとやらなければ、という動きがあります。

一方で、ゆとり教育などの導入で科目数が削減された時に真っ先に犠牲になったのが地学だったという現実があります。なんとなく必要性が薄いと思われているのでしょうか。地学と表裏一体の関係にある地理も大事だと思います。テレビ番組でマイクを向けられた大学生が、「宮崎県がどこにあるか分からない」なんて答えているのを見ると本当に嘆かわしいと思います。

地図「東日本太平洋沖における海溝型地震の発生領域分け」
(提供:岡田 義光 氏、地震調査研究推進本部による)
地図「東日本太平洋沖における海溝型地震の発生領域分け」
(提供:岡田 義光 氏、地震調査研究推進本部による)
表「東日本太平洋沖における海溝型地震の長期発生予測」
海域 予想されるマグニチュード 今後30年以内の発生確率 平均発生間隔
三陸沖北部 M8.0前後 0.5%〜10% 約97年
三陸沖中部 (過去に大地震がなく評価不能)
三陸沖南部海溝寄り M7.7前後 連動時はM8.0前後 80%〜90% 105年程度
宮城県沖 M7.5前後 99% 37年
福島県沖 M7.4前後(複数地震が続発) 7%程度以下 400年以上
茨城県沖 M6.7〜M7.2 90%程度以上 約21年
房総沖 (過去に大地震がなく評価不能)
三陸沖北部から房総沖の海溝寄り M8.2前後(津波地震) 20%程度 133年程度
M8.2前後(正断層型地震) 4%〜7% 400〜750年
(提供:岡田 義光 氏、地震調査研究推進本部による)

(続く)

岡田義光 氏
(おかだ よしみつ)

岡田義光(おかだ よしみつ) 氏のプロフィール
東京生まれ。東京都立両国高校卒。1967年東京大学理学部地球物理学科卒、69年東京大学大学院理学系研究科修士課程修了、70年東京大学地震研究所助手、80年理学博士号取得、国立防災科学技術センター第2研究部地殻力学研究室長、93年防災科学技術研究所地震予知研究センター長、96年同地震調査研究センター長、2001年同企画部長、06年から現職。専門は地球物理学(特に地震学および地殻変動論)。

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