コラム - ハイライト -

バングラデシュは日本の先進モデル

九州大学病院メディカル・インフォメーションセンター教授 中島直樹 氏

掲載日:2016年1月6日

科学技術振興機構主催「サイエンスアゴラ」セッション「日本の技術とソーシャルビジネスで社会課題に挑む」(2015年11月14日、九州大学大学院システム情報科学研究院企画)講演から

九州大学とグラミン・コミュニケーションズ(注)の共同研究契約の中で、バングラデシュの農村と都市部で1万人規模の健診-遠隔医療実験「ポータブル・ヘルス・クリニック」を行っている。情報通信技術(ICT)を活用し、途上国でも増えてきている生活習慣病を減らすのが目的だが、日本の近未来医療にも役立ついろいろなことが分かってきた。

2012年から始めたこの医療実験は、「チャリティ(慈善行為)からビジネスへ」というよりは、「ビジネスプラスサイエンスへ」を狙ったものだと考えている。やるからには科学的な成果も出していきたいということだ。少子高齢化は、日本も世界も同じように進む。同時に大きな問題になっているのが生活習慣病だ。途上国はこれまで感染症が一番の問題だった。しかし、紛争地域を除くとかなり問題は解決している。そうすると途上国においても次の課題は生活習慣病ということになる。

中島直樹 氏
中島直樹 氏

ファストフードが途上国の生活習慣病も

生活習慣病は世界的に爆発的に増えている。日本は10年くらい前までは、発症者の半分は治療を受けないままだった。今でも3分の1くらいの発症者が治療も受けず放置された状態にある。途上国になると、発症していることすら知らない患者が大部分だ。生活習慣病は、先進国が飽食の時代になったために増えたと思っている人が多いかもしれないが、そうではない。安いファストフードが出回った結果、途上国でも既に生活習慣病が爆発的に増えている。

バングラデシュの人口は約1億5,000万人だが、医師は約5万人。約30万人いる日本の6分の1しかいない。それでも失業している医師が多い。ちゃんとした医療ビジネスができていないからだ。ほとんどの農村は無医村に近い状態にある。

一方、新薬は作れないものの、ジェネリック(後発医療薬)の開発は政策的に進んでいる。私の専門である糖尿病でも、消費期限内のジェネリックが出回っている。さらに平坦な地形の国ということもあり、携帯電話網が98%の国土をカバーしているという特徴を持つ。この二つの利点を使って何かできないか。グラミン・コミュニケーションズのプロジェクトディレクターでもあるアハメッド・アシル先生が九州大学大学院システム情報科学研究院に准教授として来られたので、ぜひ医療プロジェクトをしようと提案して始めた。バングラデシュには、大きな町にしか病院がない。グラミン・グループは、村で女性の雇用をつくり出したいという活動方針を持つ。少ない医師がボランティアで村に出て行くのは無理だが、看護師が村にクリニックをつくったらどうか、というわれわれの提案と考えが一致した。

「サイエンスアゴラ」セッション(中島氏の左、マイクを持つのがアハメッド・アシル九州大学准教授).
写真.「サイエンスアゴラ」セッション(中島氏の左、マイクを持つのがアハメッド・アシル九州大学准教授)

日本では、特定健康診査いわゆるメタボ健診によって、生活習慣病に対する国民の健康リスクが把握できている。受診者を健診結果に応じて3段階か4段階に階層化し、発症している人は医療機関に回すという対応がとられている。日本に西洋医学が入ってきて150年くらいたって、やっとそうなった。バングラデシュではこの150年という時間をスキップして、日本と同じことをやろうというのが、「ポータブル・ヘルス・クリニック」だ。

健診担当者は無医村の女性たち

グラミンレディと呼ばれる村の女性が、「ポータルブルクリニック」と呼ばれるアタッシュケースに詰め込んだセンサーセットを持って村や衣料工場を回り、いろいろな検査をする。携帯電話網が発達しているから、検査データはデータセンターに簡単に送ることが可能だ。検査結果から受診者の健康状態を4段階に分け、治療が必要な階層の人たちに対してはダッカにあるコールセンターの医師が遠隔医療をする。

最初の2年間で14,700人の健診を行った。対象者は半分弱が村の住人で、半分強はダッカ近くなどの衣料工場労働者だ。村での受診者は女性が多く年齢幅も広い。工場は男性が多く、年齢も30歳くらいが多かった。こうした異なる集団を併せて解析すると、いろいろなことが分かる。年齢、性別を補正し、日本のメタボ健診結果と比較した結果、肥満度はほとんど同じ。ところが糖尿病に関しては日本の方が多い。バングラデシュでは、肥満の人でも日本より日常的に長い距離を歩いているためと考えられる。

高血圧が非常に多く、それも治療をしていない人が多いのが心配だ。一番驚いたのは、尿タンパク異常が非常に多いこと。インド国境に近い2カ所で特に異常者が多い。近くに鉱山があるので、鉱山からの水が米や野菜に影響していることが考えられる。大きな問題になる可能性もあるので、注目している。

最初の年に行った健診データと1年後のデータを比較して分かったのは、血圧、血糖値、腹囲、体重がいずれも増えていること。つまり、1歳年をとると太り、糖尿病になる可能性も高まったということだ。最初の年の健診データから受診者を四つの階層に分け、悪い方から2階層は遠隔医療を受けてもらい、3番目はパンフレットを渡して注意を呼びかけた。結局、3分の1は、何らかの医療が必要という結果だった。4番目の階層は何もしなかったのだが、この階層に対しても今後は教育の必要があるかな、と考えている。

生まれたイノベーションの逆導入も

ビジネスの観点から分かったことも紹介したい。健診にかかった費用は1人当たり300円だった。このうち一番、費用がかかるのは血糖値測定。センサーに使われているチップが高いためだ。問診と他のセンサーによる健診結果から、血糖が高いだろうと予測できる人だけを対象に血糖測定をすることで費用削減を考えた。血糖値測定をしなかったために糖尿病になる7.3%の人たちを見落とすのもやむを得ないとすると、95%の受診者の血糖値測定を省略できることが分かった。つまり血糖値が高いだろうと予測できる人だけ、つまり全体の5%に当たる人たちだけを対象に血糖値測定をすると、糖尿病を見落とす割合が7.3%あるものの、集団としてみると血糖値測定にかかる100円が5円で済む。1人当たりの健診費用300円が205円に減るということだ。

日本の技術を途上国のニーズに応じて提供し、新しいソリューション(解決法)を見いだす。それを他の国にも普及させ、さらには途上国で生まれたイノベーションを先進国に逆導入するリバースイノベーションも期待できる。

日本と同様、バングラデシュは洪水をはじめとする災害が多い国だ。「ポータブルクリニック」をいつも使っていると、災害モードにスイッチするだけで災害用の健康管理システムにもなる。さらに、日本の薬事法を全て通っている機器類だから、日本でそのまま災害用の健康管理システムになる。現在一式10万円かかっているが、もっと安くして在宅医療にも使うことも可能だ。

日本では今、若い医師は地方に行きたがらず、都会にしか住もうとしない。ところがお年寄りは限界集落にたくさん残っている。10年後20年後には日本にもバングラデシュと同じように無医村がたくさんできる。バングラデシュを日本の先進モデルとして、「ポータブル・ヘルス・クリニック」を展開していきたい。

(注)グラミン・コミュニケーションズ:グラミン・グループに所属する非営利団体。同グループはムハマド・ユヌス氏が1983年にバングラデシュで設立した無担保で少額の資金を貸し出すグラミン銀行を母体としている。ユヌス氏とグラミン銀行は2006 年にノーベル平和賞を受賞した。九州大学とグラミン・コミュニケーションズの交流協定は2007年に結ばれた。中島教授らが進める「農村部の保健医療促進(ポータブルクリニック)」をはじめ「ICTを活用した農村情報プラットフォーム開発」「農家の所得向上プロジェクト」などの技術開発プロジェクトに加え、「ソーシャルビジネス分野におけるグラミン・グループとの合弁企業の設立支援」などさまざまな活動を日本とバングラデシュで展開している。

(小岩井忠道)

中島直樹 氏

中島直樹(なかじま なおき)氏プロフィール
1987年九州大学医学部卒。米カリフォルニア大学サンディエゴ校研究員、九州大学病院第三内科助手、同医療情報部准教授、同メディカル・インフォメーションセンター准教授などを経て現職。主な研究テーマは、日本型ディジーズ・マネージメント(疾病管理)、ガイドライン診療、糖尿病、生活習慣病など。医学博士。

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