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イノベーションのナビゲーターに

科学技術振興機構理事長、前名古屋大学総長 濵口道成 氏

掲載日:2015年10月1日

科学技術振興機構理事長就任記者会見(2015年9月29日)から

未来社会創成する取り組みを

濵口道成 氏
濵口道成 氏

科学技術振興機構(JST)の役割は、イノベーションのナビゲーター(航海士)、と考えている。ピーター・ドラッカーの著書を読むと、イノベーションを起こす7つの要因が挙げられている。このうちの4つは企業の中の変化だが、そのほかに人口、知識といった社会の変化を挙げている。今の日本を見るとまさしくドラッカーの先見性を感じざるを得ない。「超高齢社会」「人口減少社会」がどんどん進行する中で、新しい産業革命ともいわれるようないろいろな変化が起きている。インダストリー4.0やIoT(モノのインターネット化)、情報科学を中心とする新しい動きだ。財政状況をはじめ、日本は厳しい状況にあるが、よく考えてみるとわれわれが知恵を絞ればこの社会を大きく変えるイノベーションを実現できる時代に入り始めているということでもある。

キーポイントを3つ挙げたい。一つは、未来社会を創成する革新的イノベーションの実現だ。やさしい言葉で言えば、次世代の若者に希望を与えるような科学技術の発展を実現していくことを、JSTが考えていかなければならない。そのためにはエビデンス(証拠)に基づいて近未来を予測した取り組みが必要だ。こうした未来社会創成型ともいうべき取り組みによって、革新的なイノベーションを創出していきたい、と考えている。

人文社会学者の協力不可欠

具体的には、IoT、ビッグデータ、AI(人工知能)など、超スマート社会実現に向けた科学技術の振興に重点を置く。さらにイノベーション創出には、(未来社会に実現させるため、現在取り組むべき目標を立て行動を起こす)バックキャスト的な研究が非常に重要になる。こうした研究に必要な分野は何かと言えば人文社会科学だ。目の前のデータをどう深化させるか、あるいは技術をどう展開させるかは、理系の人材でこなせる。しかし、世の中がどう変化するか、近未来に何が役立つかといったことになると人文社会学者の力を借りないとできない。狭い分野にたこつぼ的に閉じこもって研究を展開している理系の研究者には難しい。理工系と人文社会系の共創ということが今後、非常に重要な課題になってくる。

データを駆使して科学技術を社会に生かす基盤の整備とデータのオープン化を推進することも重要と考えている。

次の大きな課題として、研究開発人材の育成によるわが国の科学技術基盤の強化を挙げたい。ナビゲーターになれる人材をいろいろな階層で育成する必要がある。「何のために研究しているのか」「何を目指しているのか」「そのためにはどういう作業が必要か」といった考え方を研究者に浸透させ、それをサポートするためには、プログラムマネージャー(PM)、リサーチアドミニストレーター(URA)といった研究マネジメント人材など多様な人材が求められている。単なる研究者ではなく、文理領域にわたる分野を俯瞰(ふかん)的に眺め、現代の課題を抽出できる人材を育成する中で、どういうサポートができるかを考えていく。

濵口道成 氏
濵口道成 氏

女性、若者、留学生をマイノリティーにしない

高度成長期の1970年代から80年代にかけて日本は、キャッチアップ型システムを効率的に作り上げることによって、日本社会が必要とする大量の人材を短期間に育て上げ、社会に放り込んできた。しかし、今はキャッチアップすべき目的が見えにくく、わかりにくくなっている。われわれ自身が価値創造をどうやるかを考えなければならない。そこで弱点となってくるのが、日本があまりに均質的な社会であることだ。

一方、均質的な社会というのは、実はわれわれのような男性老人の見方でしかないという現実もある。実際には日本にマイノリティーの存在があり、それは女性だ。私も大学で非常に優秀な女性をたくさん見てきた。その人たちの才能を開花する環境を作り上げていない歯がゆさを経験している。さらに若者も高齢社会においてマイノリティーになりつつある。また高度の技術、学識を積み日本に留学してきた多様な文化を持つ留学生たちも今ひとつ活用し切れていない。こうした人たちの活動をどうサポートしていくかも大きな課題と考えている。

3つ目の重要な課題は、イノベーション創出エコシステムの構築と考えている。イノベーションとインベンション(発明)には大きな違いがある。研究者には「一点突破、全面的な展開を」という発想の人間が多い。しかし、イノベーションというのは、社会に実装し、商品化され、具体的な産物として目に見えるものでなければならない。

青色発光ダイオードに見られるように1980年代は、新素材の開発が幅広い影響を与える「一発逆転」的な科学技術の時代といえるのではないか。しかし、今は境界領域の中で生まれる新しいコンセプト(骨格となる発想・観点)が重要になっている。日本は、個別要素技術は強いものの、これをシステム化、統合化する部分が弱いといわれる。携帯端末もそうだが、日本の医療現場でもたくさん使われている米国製のコンピュータ補助手術システム「ダヴィンチ」も、中の部品の8~9割は日本製だそうだ。製品になると1台3億円となる。維持費も年間5,000万円かかる。イノベーションが効率的に創出され社会全体に展開していく、あるいは科学技術の成果がスムーズに社会の豊かさにつながっていく日本独自のイノベーション創出エコシステムを構築していく必要があると考えている。

社会における科学と社会のための科学

研究そのものが国境を越えたものだが、グローバル化はますます進展している。食料、環境破壊、資源枯渇、気候変動など国境を越えた課題は多い。鍵となるのは科学技術だ。こうしたグローバルな課題に対応できる組織としてJSTをさらに強化したい。

1999年の国際科学会議で採択されたブダペスト宣言には「知識のための科学」「平和のための科学」「開発のための科学」に続く4つ目に「社会における科学と社会のための科学」が盛り込まれている。最近、論文ねつ造など科学技術の信頼を著しく損ねるようなことが多発している。根幹には、研究が「社会のための科学」という視点を持たず、密室の作業になっている現実があるのではないか。研究者が社会規範をしっかりと持つことが大事であり、JSTは、研究推進における透明性と説明責任を徹底していく。

(小岩井忠道)

濵口道成氏

濵口道成(はまぐち みちなり)氏のプロフィール
1969年三重県立伊勢高校卒。50年名古屋大学医学部卒。55年同大学院医学研究科博士課程修了、名古屋大学医学部付属癌研究施設助手。同大学医学部付属病態制御研究施設教授、同大学大学院医学系研究科付属神経疾患・腫瘍分子医学研究センター教授、同大学院医学研究科長・医学部長などを経て、2009年4月から15年3月まで名古屋大学総長。15年10月1日から現職。

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